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翼の証明Ⅱ ~黄昏の星~  作者: ニンジン
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■第1話:風吹く村 ~ wings lives in Highdy ~

New Cast リヨン=ドランク:ウィング族 ミトラ=ドランク:ウィング族 トマス=ドランク:ウィング族 ルクセン=ホーク:ウィング族

ピィィィィ!青く澄みきった空を切り裂くように、美しい笛の音が丘陵の村に響き渡った。ここハイディ村は、周囲を山と谷に囲まれ、強い風が吹きつける丘陵に存在する貧しい集落の1つであった。

リヨン (お、ミトラの笛だ。もうそんな時間かぁ・・・。) リヨンは眠たい目をこすると、家の両端の柱から吊るされた寝床からふわりと舞い下りた。

リヨンの背中からは大きな灰色の翼が生えていた。

トントン。誰かがリヨンの家の戸をノックする音がした。

リヨンが戸を開けると、そこには1人の小柄な女性の姿があった。その女性の背中にも灰色の翼が生えていて、右手に木製の笛を持っていた。

女性 「リヨン、おはよう!」 灰色の翼をもつ女性は甲高い声でリヨンに挨拶をしたのだった。

リヨン 「おはよう・・・。ミトラはあいかわらず声が大きいな。いやいや元気で何よりだけどね。」 リヨンは現れた女性に向かって素直な感想を述べた。

ミトラ 「むっ。元気だけが取り柄だって言いたいのね?このトンチキ!リヨンの方こそ 『元気で何より』 なんて、ずいぶんとじじくさいわね。旦那のルクセンも最近ずっと元気が無くて、今日も頭痛が酷いって寝込んでいるし、まったく元気のない男どもなんだから。」

ミトラと呼ばれた女性は、リヨンの言葉に腹をたてて応じた。ミトラはリヨンの双子の妹であり、1か月ほど前に村の青年ルクセンと婚約して村の東側に住居を構えて一緒に暮らし始めていた。リヨン自身もハイディ村で生まれ育ち、村では彼らの食糧となるドーリアを集める係であった。

彼らは希少種族のウィング族(有翼人種)である。ウィング族は手足とは別に、背中に大きな翼をもち、体重は特別に軽く、翼を素早く羽ばたかせることで空を飛ぶこともできる。彼らはその翼を十分に活用して広範囲にドーリアを探し、また、翼が無ければ行くことのできないような崖の上にドーリアを蓄えることで他の野蛮な種族からの略奪行為から逃れているのだった。彼らの共同生活に基づく団結力は、他の種族に比べて強く、夜も交替で警備係をおくなどして外敵に備えていた。またもう1つの身体的特徴として彼らには指が4本しかなかった。ただ、基本的にドーリア栽培や料理を行わない彼らにとっては、毎日の生活のうえでは、4本指だからといって特に不便というわけではなかった。ちなみに、ミトラの持っている笛は元々ウィング族用ではないのか、5本指用に作られていたのだが、彼女は4本の指でそれを器用に奏でるのであった。ウィング族は皆、基本的に白い翼をもつが、稀にリヨンやミトラのような灰色の翼をもつ者もいた。リヨンの方はともかく、ミトラの方はその大雑把で明るい性格から、他の者と翼の色が違うことなどまるで気にしていなかった。

リヨン 「元気だけが取り柄だなんて、そんなこと言ってないさ。ん?それはどうしたんだい?」 

ミトラ 「え?」 

リヨン 「その首にかけているものだよ。」 リヨンはミトラの胸に提げている首飾りを指した。

ミトラ 「あ、これね?」 ミトラの首にかけている紐の先には1枚の大きな黒い羽根がつけられていた。 

ミトラ 「綺麗でしょう?昨日、家の裏庭でこの黒い羽根を拾ったのよ。あんまり綺麗だから首飾りにしてみたの。それなのにルクセンたら、『へぇ。』 ってたったの一言だけ、よく見もしないで言うのよ!」

リヨン 「黒い羽根って、ひょっとして東のヴェント村に住んでいた呪われたウィング族、『ノヴァ』の羽根じゃないか?すごいものを拾ったね。でも首飾りにするなんて、祟りでもあったらどうするのさ。」 

ミトラ 「まさか!黒い羽根が呪われているだなんて、そんなの迷信よ。もしそうだとしたら私達の灰色の翼だって、半分呪われているってことになるじゃないの。私はこのとおり、軽い病気にだって一度もかかかったことがないんだからね。だいいち、こんな羽根1枚にそんな力あるわけないじゃない。どっちかっていうと魔除けよ。とっても綺麗じゃない?」 そう言うとミトラは黒い羽根の首飾りを大事そうに服の内側にしまった。

彼らの言うノヴァとは、十数年前に隣村のヴェント村に住んでいたといわれる漆黒の翼をもつウィング族のことであった。この世界に存在する研究団体アカデメシアの説法によると、漆黒の翼ノヴァはどのウィング族よりも体力があり、遠くまで空を飛ぶ力があったのだが、周囲の人間に死を招く不吉な存在とされていた。現在では、その行方は誰にも知られておらず、一説ではアカデメシアによって退治されたとも言われている。しかしながら、今のハイディ村のウィング族達は実際にノヴァの姿を見たことがなく、その話には少々現実味が足りなかった。むしろ、黒い翼は単純に珍しく、若者達の間では、服や身につけるものに黒い羽根の絵を描いたりして、ちょっとした魔除けのしるしになっていた。

ミトラ 「こうやって身につけて、寝ている間に死者に魂を吸い取られないようにするのよ。」 

リヨン 「ミトラの大声を聞けば死者もビックリして退散するさ。」

リヨンは普段から思っていたことを不用意に口にしてしまったことに気がつき、慌てて口をおさえたが少々遅かったようである。

ミトラ 「な!死者も退散するほど大声ですって?失礼ね!もうドーリア集めは手伝ってあげない!」 ミトラはそう言うと、くるりと背を向けて飛び去ろうと、小柄の体には十分すぎるほどの大きな灰色の翼を広げたのだった。

リヨン 「う・・・。あ、そうそう、ミトラはまた笛の腕をあげたんだもんな!綺麗な笛の音色につられて死者も集まってきちゃうかもしれないしね。よっ、名人!」 リヨンは慌ててミトラの得意な笛の演奏に話題を切り替え、なんとか話を続けようとした。

ミトラ 「話をそらしたって駄目よ!1人でノルマ分のドーリアを集めなさい。」 腹を立てたミトラは、もはやリヨンの言葉を聞こうとしていなかった。

リヨン (あ~やっちまったよ。完全に怒ってるなぁ。1人で村のノルマ分を集められる気がしないし、なんとか機嫌を直して手伝ってもらわないと・・・。)

この時代、人間の食糧となるのは大地に原生するドーリアであったが、数年前からこの世界のドーリアは枯渇していた。人間達の中には、食糧難を避けようと栽培を試みる種族もいたのだが、それには大きな労力と長い時間がかかり、なかなか簡単なことではなかった。彼らの住む地域でも、難しいドーリア栽培に挑戦する者はおらず、彼らは原生するドーリアの採集を続けてなんとか暮らしているものの、何人もの調達係を決めて、まだ人間が立ち入っていないような遠くの地域まで探してこなければならなかった。最近では、調達係が1日中探しても全然見つけることができなくなり、いよいよハイディ村も深刻な食糧不足になりつつあった。今日は村の中でも体力のあるリヨンが最も捜索範囲の広い地域の当番であったが、リヨン1人では十分な量を集めきれないと思い、あらかじめミトラにドーリア採集の手伝いを頼んでいたのだった。

リヨンはなんとかミトラにドーリア集めを手伝ってもらおうと話題を探し、彼女の興味のありそうな最近聞いたばかりの噂を口にした。

リヨン 「あ、そうそう、知ってるかい?南の自由都市ブレメンに美しい歌声をもつ歌姫がいるんだってさ。」

ミトラ 「歌姫?へぇ、私の笛と一緒に皆に聴いてもらえたらいいのに。」 ミトラは興味がそそられたのか、広げた翼をたたんでリヨンの言葉に耳を傾けた。

リヨン 「毎晩のように歌を披露して、その歌を聴きに皆が集まるんだって。そこでミトラの笛を聴いてもらえれば、きっと皆聴き惚れるに違いないね。たちまち有名になるよ!ひょっとしたらドーリアだって分けてくれるかもよ?」

ミトラ 「ふんふん。それもそうね・・・。」

リヨン 「そうそうそう!」

ミトラ 「・・・ふふ。そうと決まったらもっと練習しなくっちゃね。」 ミトラは非常に単純な性格であった。

リヨン (ふぅ・・・。どうにか機嫌は直ってきたな。あとはどうやって手伝いをさせるかだ・・・。)

幼いときから彼女の性格をよく知るリヨンや、2人の兄であるトマスは、こうやっていつもミトラの機嫌をとりながらなんとか丸めこむのであった。

しかし、その作戦はいつもふまくいくとは限らず-。

ミトラ 「ふふん。よし、決めたわ!」 ミトラは何かを決意したかのように急に叫んだ。

リヨン 「へ?決めたって何を?」 

ミトラ 「何って、行くのよ。」 

リヨン 「行くってどこにさ?」 

ミトラ 「自由都市ブレメンに決まってるじゃないのよ。私の話、聞いてたの?」 

リヨン 「あ、そうだね。いつか行けたらいいね・・・。(げぇ、や、やばい。)」 リヨンは焦りだした。 

ミトラ 「なーに寝ぼけたこと言っているのよ。『翼は大きく広げよ』(善は急げ)だわ。とっとと支度しなきゃ。」

リヨン (あちゃー。恐れていたことが・・・。これは僕の『ミトラ取り扱い失敗歴史』の3位には入るな。ミトラってば、今から行く気かい。ミトラが思いたったら止めるのは簡単じゃないけど、これは何とか止めないと・・・。) リヨンはどうにかミトラが思い留まるよう説得を試みた。 

リヨン 「で、でもさ、今、村の外はガオン族(有牙人種)とリース族(有尾人種)みたいに、少ないドーリアをめぐって種族同士の争いが激しくて、自由都市の方だって、ずいぶんと危険らしいじゃないか。」

ミトラ 「そうみたいね。女子供が迂闊に村の外に出ていったら危ないって言われているし、基本的に村の外、特に南の方に行くのはトマス兄さんにも止められているのよね。つまり、護衛がいないとね。」 

リヨン 「護衛ってまさか・・・。」 

ミトラ 「私の婚約者、ルクセンに決まっているでしょう?他に誰がいるってのよ?」 

リヨン (ああ・・・、失敗歴史の1位に決まりましたね。こりゃもう僕には止められない。ルクセンさんに怒られるなぁ・・・。いや、そもそもこんな短絡的な人間と婚約したルクセンさんが悪いんだ。うん、そうだそうだ。はぁ・・・。)

リヨンはルクセンに少し同情しつつも、ドーリア集めを結局1人でやり遂げなければならないことに、小さなため息をついたのだった。 

ミトラ 「ようし、さっそくルクセンを説得して明日には出発よ!」 ミトラはそう言うと、背中の大きな灰色の翼を広げてルクセンがいる東の自宅まで颯爽と飛び立って行ったのだった。

ミトラにとって説得とは名ばかりで、ルクセンが折れるまでしつこく駄々をこねるだけであった。リヨンはこれからルクセンに起こる災難を想像すると、自分の罪に苛まれるのだった。 

リヨン 「ああ、腹減ったな・・・。」 


その頃、ハイディ村の東側では2人のウィング族の男性が家の前で話をしていた。1人は白い翼、もう1人は灰色の翼であった。

ルクセン 「お、おはようトマスさん。うう・・・頭が痛い。」 

トマス 「ルクセン、見舞いにきたぞ。今朝ミトラに聞いたが、最近ずっと頭が痛いんだって?風の悪鬼に冒されたのか?ウィング族のくせに情けないな。」

白い翼がミトラの婚約者のルクセン、灰色の翼がリヨンとミトラの兄のトマスである。この村ではトマスとリヨンとミトラの3人だけが灰色の翼で、普通は白色であった。

ルクセン 「トマスさん、俺も疲れがたまっているのか、食欲が無くて、ここのところ満足に食事もできていないんだ。それに頭が割れるように痛くてさ、ときどき変な幻覚まで見るんだ。」 ルクセンは元気なく答えた。

トマス 「食欲はともかく、幻覚だって?そいつは酷い。この村には風の悪鬼ですら治療できる者がいないし、寝ているしかないかもな。」

ルクセン 「そうなんだけど、困っているのはミトラの大声さ。心配してくれるのはいいんだけど、ずうっと喋り続けられて頭に響くんだ。底なしの元気だよ・・・。たいして食べてもいないのに、あいつの体力はいったいどうなっているんだよ?」

トマス 「それを言われると兄として辛いものがあるな。俺もリヨンも昔から体力に自信はあるが、あいつもまた、風の悪鬼と無縁の女だ。だがルクセン、覚えておくがいい。家庭とは辛抱なのだ。」

そう言うトマスも村の女性と結婚して3年になる。話を聞く限りでは、最近はだいぶ嫁の尻に敷かれているようだ。

ルクセン 「トマスさんは達観しているな、ううう・・・イタタタ!」

トマス 「まぁな。それにしても大丈夫か?」

ルクセン 「な、なんとかね・・・。それにミトラは最近、笛の練習に夢中なんだ。下手ではないが毎晩ピーヒャラピーヒャラって、お喋りと笛の音でダブルパンチだよ。」

トマス 「それは本当に災難だな・・・。おや?ミトラが戻ってきたぞ。確か、今日はリヨンの手伝いをするとかって言っていたんだが、ひょっとするとリヨンのやつ、ミトラを怒らせたかな。」 トマスは遠くから飛んでこちらに向かってくるミトラを見つけて顔をしかめた。

ルクセン 「な、なんてことを!せっかく村の警備も非番だってのに、ゆっくり休む暇もない・・・。」 ルクセンは肩を落とし、助けを乞うようにトマスの方を見た。

トマス 「ルクセン、悪いがミトラを任せたぞ。」 そう言うとトマスは薄い灰色の翼を広げ逃げるようにさっさと飛び立って行った。

トマスは村では一番早く飛べることで有名で、あっという間にその後ろ姿は小さくなってゆく。 

ルクセン 「ト、トマスさん、なんて薄情な・・・。」 ルクセンはまた頭を抱えたのだった。

まもなくミトラが戻ってくると、ルクセンに向かって真っ先に口を開いた。

ミトラ 「トマス兄さんの背中が見えたけど、あんなに慌ててどうかしたの?」

ルクセン 「体力温存てとこだろうな・・・。」

ミトラ 「どういうこと??まぁいいわ。それよりルクセン、ちょっと聞いてよ!ブレメンにね・・・」 ミトラがルクセン向かって話を始めようとしたときだった。

ルクセン 「うう・・・。」 ルクセンの身に異変が起きた。

ルクセン 「あれ、ミトラ?空が急に黒くなってないか?まるであたり一帯、夜の闇に包まれたみたいじゃないか。雨でも降るのかな?」

ミトラ 「何を寝ぼけたことを言っているのよ。こんなに天気がいいじゃない?風の悪鬼にやられてついに頭がおかしくなっちゃったわけ?」

ルクセン 「天気が良いだって?」

ミトラ 「そうよルクセン?」

ルクセン 「暗い・・・。駄目だ、ちょっと休もう・・・。すまないが寝床まで連れていってくれないか?」

ミトラ 「ええ!?大丈夫なの?」

ルクセン 「ああ・・・。」

さすがにミトラは喋るのをやめ、いつもと違う様子のルクセンの体調を気にかけながら家の中へ連れていった。

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