■第10話:魔の胞子 ~ dangerous spores ~
牢屋から脱出し、外へ逃げようとするミトラ、ジルとジルに担がれたルクセン、トマスとトマスに抱きかかえられたレイアの5人は、階段から降りてきた何者かの前に足を止める。何者かは白装束をまとい、顔全体を覆う仮面をつけており、表情は見ることができないが仮面の横から濃い灰色の角が生えていた。
ミトラ 「アンタはさっきの偉そうな仮面のホーン族じゃない。確か、アルキスと言ったわね?よくもこんなところに閉じ込めてくれたわね!」 先頭のミトラが皆の不安を振り払うように力強く言った。
アルキス 「ここから逃げられるとでも思っているのか?ここは我々アカデメシアの本部、私の息のかかった研究員は何十人もいるのだぞ。逃げようとしても無駄だ。そこのウィング族の男を誘いこむために鍵付きの分厚い扉は開けておき、見張りは少なくしておいたがね。」 ホーン族の男は淡々と話す。
ジル 「『私の息のかかった』ですって?それじゃアンタが人さらいの親玉ってわけね?ちょうど良かったわ。アンタに話があるんだよ!」 ジルは灰色の牙を剥き出しにして目の前の男を威嚇した。
だた、ジルは力勝負なら負けない自信はあったが、男がさっきのように気を失わせる手段をもっているかもしれないと思い、むやみには近づかなかった。
トマス 「なぜだ?なぜ人さらいなんぞしてまで人間研究をするんだ?そもそもお前達アカデメシアの研究対象は主にドーリアが中心だろう。」 冷静なトマスも距離をとりながら尋ねる。
アルキス 「それは自分と自分が愛する者を守るためだ。私にとってはドーリア研究は、もはや表向きの、偽りの目的になってしまったのだ。」
トマス 「何を言っているんだ?」 トマスはアルキスの言うことが理解できなかった。
アルキス 「お前達には私の考えなどわからんさ。」
ミトラ 「わかるもんですか、このトンチキ!」 ミトラは得体の知れない相手に恐怖を感じていたものの、ある程度話が通じる人間とみるや挑発を始めた。
アルキス 「・・・まぁ聞け、黒き特質の血を引く者達よ。ガイア、そう、この世界は大きく変わってきているのだ。」
ミトラ 「ガイアが変わってきているですって?」
アルキス 「そう、十数年前まで、ガイアは正体不明の毒素、毒光に包まれていた。」
トマス 「それくらい知っているさ。」 年長のトマスが警戒しながらも答える。
アルキス 「原因は私にもわからないが、その正体不明の毒素は地上から無くなった。」
トマス 「そのようだな。それがどうした。」
アルキス 「だが、今度は人間にとって別の脅威が発生したのだ。いや、正確には昔から存在していたのかもしれない。」
トマス 「別の脅威だと?」
アルキス 「それは人間を狂わせる魔の胞子だ。」
トマス・ミトラ・ジル 「人間を狂わせる?」「魔の?」「胞子?」
アルキスはトマス、ミトラ、ジル、ルクセン、レイアの5人を見渡すと、ゆっくりと語り出した。
アルキス 「・・・3年ほど前だろうか、このブレメン自由都市にドーリア研究を行う1人の男がいた。男はアカデメシアの中でこの世界に広がる食糧難を解決しようと、愛する妻とともにドーリア研究を始めた。お前達も知っているとおり、ドーリアを人工的に増やす、つまりドーリア栽培を行うにはドーリアの種が必要だ。ドーリアの種が大地に落ちると、大地の養分を吸い、成長し、長い時間をかけて我々の貴重な食糧となる。」
ジル 「そんなことは皆知っているわ、それに、ドーリア栽培は南アッシュランドのアモリスも力を入れていると聞くわ。」 ルクセンを背負ったままジルが答える。
アルキス 「そうだ。南アッシュランドは養分が少ない砂漠地帯のようにみえるが、実はそうでもない。オアシスの近くなど、うまく場所を選べば確率は低いもののドーリアを育てられる。だが、そのように上手く育てられる土地は少ない。男とその妻は、どうにかドーリアの種を大量に手に入れ、うまく管理し、どんな土地でも育てていけるよう、ドーリア栽培の研究をしたかった。そうすればこの世界の人間が皆助かると思ったのだ。」 アルキスは一息つき、また話を続けた。
アルキス 「しかし、そもそもドーリアの種はどこから生まれ、どこへ行けば大量に手に入るのか?それを突き止めなくては、いつまでたってもドーリアを増やすことができない。そう考えた男は、あるとき一緒に研究を行っていた妻とドーリアの秘密を調べるためにドーリアの原生する南に旅へ出たのだ。」
トマス 「南に?ブレメンから南というと、『奈落』の方角か。」 トマスが尋ねた。
アルキス 「そうだ。このガイアは基本的に南から北に向かって風が吹く。長い年月をかけ、ごく小さな種が風に乗って我々の暮らすブレメンや南アッシュランドの辺りまで広まったのだとしたら、種を生み出した存在はもっと南にあると思ったのさ。しかし、今思うと何て愚か考えだったか・・・。」
トマス 「何?」 トマスが再び疑問を挟む。
アルキス 「男達は南の奈落を越えた先、ついにドーリアが原生し、種が大量に見つかる場所までたどり着いた。しかし、そこは我々人間が決して足を踏み入れてはいけなかった・・・。人間はドーリアと一定の距離を保つことで生きることが許されていたのだ。」
ミトラ 「一体どういうことよ?」
アルキス 「そこは普通の人間が足を踏み入れることのない土地。予想どおり大量の種が手に入った。男達は大量の種を持ち帰ろうと、喜々として採集用の袋に種を詰め始めた。しかし、そんなところに長居などするものではなかった。ドーリアの種の他に、もう1つ、危険なものが存在したのだ。それこそが人間に害を及ぼす魔の胞子だ。」
ミトラ 「魔の胞子って何よ?さっきから何を言っているか全然わかんないわ!このトンチキ!」
アルキス 「黙って聞くがいい。この魔の胞子をそのまま人間が吸い込むと、吸った人間は神経が麻痺し、気が狂ってしまうのだ。もちろん程度によるがね。」 アルキスは魔の胞子が入っているであろう袋を皆に見せて言った。
トマス (あの中に魔の胞子が?)
アルキス 「ちなみに私の部下がガオン族のお前を気絶させたのは魔の胞子の力さ。これを他の物質と調合し、人間の体内に取り込むと、さまざまな症状が出ることもわかっている。幻惑を見させて錯乱させたり、痛みも感じず好戦的にさせたりすることもできる。」
ジル (なるほどね・・・。) ジルは隙をみて飛びかかろうとしていたのだが、気絶させられるかもしれないとわかり、これ以上近づくのをやめておいた。
アルキス 「そしてこの魔の胞子を長時間吸い続けると、二度と正気に戻れないのだ。そう、男は愚かだった。そのことに気がついた頃には妻は手遅れになっていた。そこら中に魔の胞子が飛び交っているとは知らずに長時間魔の胞子を大量に吸い続けた妻は、幻覚を見だし、ついに錯乱状態になってしまったのだ。・・・ちなみに、その男も魔の胞子を吸い続けた後遺症で、痛みというものを感じなくなってしまった。」
ここまで説明を続けた男は最後に次のように言った。
アルキス 「そう・・・。その男とは私のことだ。私は人間が足を踏み入れてはならない土地に行き、初めて魔の胞子の恐怖を知ったのだ。」
アルキスはここまで話すと、おもむろに仮面を脱いだ。5人の前には見慣れないホーン族の顔が現れた。濃い灰色の2本の角が前に突き出し、鋭い眼光があるものの、顔色が悪く、ひどく疲れ切っているようであった。アルキスの素顔を見た一同はしばらく黙ってしまっていたが、やがてジルが口を開いた。
ジル 「・・・奥さんは死んだの?」
そう聞かれたアルキスは悲しい表情を見せたかと思うと、不敵な笑みを見せてから再び仮面をつけた。
アルキス 「妻、ゴーラはここにいる。見せてやろう。」
アルキスは白装束を脱ぐと自分の腹を見せた。アルキスの腹を見た一同は言葉を失ってしまった。




