余話
「旦那様、毎晩、というのはですね。ちょっと……」
侍女長は言いにくそうにオルウェンにそう伝える。
「奥様はそんなに体力がある方ではありませんし。目の下にも少々くまができておりまして」
「えっ」
しまった。何やら間違えたらしい。オルウェンは両頬をおさえてソファで丸くなって固まった。思案している様子だ。大人の男性がするポーズではないがきゅるきゅると目が大きく中性的な顔立ちのオルウェンにはこの小動物的仕草が不思議とはまる。
「……あんな寝巻き着てくるからそういうことなのかと思って。ウソ、違うの……?」
三ヶ月前に迎えた新妻のインディスは毎夜まだ裸の方がマシ、といった扇情的なネグリジェを着て夫婦のベッドに入ってくる。
若くて愛らしいインディスに似合う可憐なデザインだが胸元をリボンで結んだだけといったシースルーのベビードール姿は白い柔肌が絶妙に透けてそういった衝動を抑えるのは困難に思えた。てゆーか無理……。
しかもいつもデザインが違っていてそそられるポイントが違うので毎夜これでもかと燃えてしまう。
「無理な日はせめて普通のパジャマを着るとかしてくれると大丈夫だと思うんだけど」
奥方というのは夜はあーいうものを着るのが慣例なのだろうか?と小首を傾げる。
僕のせいじゃないでしょーよ……。健全な男子の前にあーゆーの差し出すほうがだめでしょー。うーん、パジャマでもそれはそれで可愛くてだめかも……。
「あのネグリジェは先代からオルウェン様宛の結婚祝いの一部でして。インディス様のご実家の伯爵家傘下のランジェリー店にそれはもう大量に注文されたのです。現状を報告いたしましたら更に追加注文するともおっしゃっておりまして」
父さん、なんてことを……!
脳内花畑オヤジめー!というツッコミと言葉に出来ない感謝の念にオルウェンは混乱する。てゆーか報告すんなよー!
「だ、だったらなおさら着せるのはたまにでいいんじゃないかな?着ないといけないわけじゃないんでしょ?」
ちょっともったいないけど、とは声には出さない。
「たまに、というのは多分無理ですね。奥様には着るのが普通です当たり前です必須です、とお伝えしてますので。もしも着なくていいものだと察したらあの清楚な奥様はきっと二度と着ないと思いますよ?」
言外にそれでも良いのですか?が含まれている。
だーめーーー!
言葉が出なくて手で顔を覆ったまま頭をふるふると横に振る。
そうなのだ。インディスは清楚で可憐で、それでいてあんなネグリジェを恥ずかしそうに着ているものだからそのギャップ!いや、その恥ずかしそうな顔だけでもやばいんですけど!抑えるとか無理むりむーりー!
それにあの、アレ、ほら、天使、のような姿を二度と見れないとかも無理!
なんとか言いくるめて着せてくれてありがとう侍女長!
インディス変なうちでちょっとごめん!
そんな若い主人を生温かい目で見守りつつ侍女長は思った。
普通は毎夜とかありえないなんてこの年齢なら知ってるんですけどね。拗らせ男子に嫁いだインディス様には申し訳ないですがぼっちゃまをよろしくお願いいたします、と。