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後編

 


 婚約者としてインディスに初めて会ったとき、あまりの可愛さにオルウェンは固まってしまった。


 インディスは清楚で可憐な愛らしい少女だ。


 艶々のプラチナブロンドに明るいかんらん石のような瞳、輪郭がほんわりと烟るような白く柔らかな肌は淡い光に包まれている。


 その天使が舞い降りたかのような衝撃に挨拶するのが精一杯で何を話したか覚えていない。



 きっと挙動不審になってたとオルウェンは落ち込んだ。


 両親は顔だけはイケメンだから多分大丈夫、とオルウェンを慰めたが息子の方は実の息子に顔だけとかひどいと更にへこんだ。


 父親の公爵は息子が結婚したら即引退すると公言しておりそのプレッシャーからオルウェンは領地経営などを幼い時分から必死に勉強してきた。


 必死に、ではあったが向いているようでなかなかに楽しく同世代の友人たちが遊んだり恋人を作ったりと青春を謳歌してるのを羨ましいとも思わなかった。


 華々しく着飾った貴族の令嬢たちを見てもときめくことはなく、結婚相手は親が選ぶだろうからと自ら親しくする必要も感じなかった。


 顔だけは良いので言い寄ってくる女性もちらほらはいたがなぜか苦手なタイプばかり。しかも少し関わるとオルウェンに生温かい眼差しを向けてフェードアウトしていく。


 なので女性への耐性がゼロだった。いやマイナスだ。


 そんなオルウェンに対してインディスはファッションモデル顔負けの美少女だ。

 ファッションの流行発信源でもある伯爵家の愛娘らしくとてもおしゃれで洗練されている。


 自分を着飾ることには全く無関心のオルウェンだが、家業のおかげか美しいものを見極める眼だけは確かだ。


 ただ流行に流されて盛り盛りに着飾る貴族の子女とは違い、自らの信念とポリシーを以てファッションを愉しんでいるインディスの洗練された美しさは超一流の職人に磨かれた最高品質の宝石のように輝いて見えた。


 年頃の女性の相手など全くしたことのないオルウェンには高嶺すぎる花だ。


 次期公爵といった地位や親の決めた縁談でもなければ、とても手が届きそうにない。女性に免疫のないオルウェンにはいきなりハードルが高すぎた。




 オルウェンは生まれつき見目は良く周囲から可愛い可愛いと猫可愛がりされて育ったためか外見を磨くことを怠っていた。どんな時にも小首を傾げれば可愛い!と言われたので今でもそれで済ます癖がある。


 普段勉強ばかりして室内で過ごすことが多いので服は適当、髪も邪魔じゃなければいい。宝石業が主産業なのに装飾品も両親にあてがわれたものを着飾る必要がある時だけつける、といった具合で洗練とは程遠い。


 顔が良いのと侍従の手入れと、適当とはいえ持ち物全てが超一流の品物ばかりのおかげで清潔感はあるが滲み出る引きこもり特有の陰鬱さと非リア充感は地が美しい分残念さが際立つ。


 こんなおしゃれな美少女の横に立つのにそれでは気まずい、と今さら見目に気を使うようになった。


 恋人がいたことも女性を口説いたこともなかったのでどう接するべきかもわからずこれまでスルーしてきた恋愛結婚の両親のエピソードを、本人や使用人たちに根掘り歯掘り聞き出して贈り物やデートの参考にした。


 ポイントはとにかく優しく大切に、紳士的に、と言われ徹底した。




 その甲斐あってか滞りなく結婚式を迎えることができオルウェンはほっとした。もちろん結婚してからもインディスを大切に丁重に扱った。


 仕事以外の場では甘ちゃんなオルウェンも大切な妻の前では紳士的であるよう必死に取り繕った。




 両親のいる領地の邸に遊びに行ってから妻の様子がおかしい。

 何がおかしいとは具体的には言えないが。オルウェンは違和感を抱いていた。


 以前と全く違うのは家業に関わりたいと言って仕事をするようになったことだろうか。

 やはりおしゃれな女性だから宝石に興味があったのか。


 欲しいならいくらでもプレゼントするのだが、と思ったが違うらしい。

 彼女には新しいプランがあるようだ。


 自分と違ってセンスの良いインディスに任せたほうが良さそうだと判断したオルウェンは裏方に徹した。彼女の考えを実現できるよう必要な物事を揃えて人材を確保した。


 彼女のプランは大当たりで売り上げは着実に伸びた。美しくて愛らしくて仕事もできるなんてなんて素晴らしい妻を迎えたのだろうかとオルウェンは誇らしく思った。


 いきいきと仕事をするインディスは更に美しく輝いている。


 オルウェンもこれまで以上に見た目に気を配るようにした。一緒に仕事をし、側にいる機会の増えたインディスに恥をかかせる訳にはいかない。


 そうしたらインディスから近寄ってくれるようになった。夜会などでも人目を憚らずに側にぴったりとくっついてくれる。


 オルウェンは嬉しくて嬉しくて堪らなかった。


 いつも美しく手入れをし常におしゃれでいるようになった。毎日していると習慣付いておっくうではなくなる。


 自信もついてインディスをデートに誘うことが増え、機会を見つけては贈り物をした。



 人前でもオルウェンのほうからインディスを抱き寄せたりキスしたりするようになった。自信てすごいな。


 今では女性が好きそうな情報を積極的に集めてインディスを喜ばせることがオルウェンの愉しみだ。



 社交界で自分たちがラブラブカップルということで若いご令嬢方の憧れになっていると聞いてオルウェンは驚いた。


 ぴょんぴょん跳び跳ねて万歳したいのを必死にこらえた。


 ちょっと、散々息子がヘタレだ情けないと嘆いていた両親にこの噂は届いてるだろーか?


 こんな自分と結婚してくれて自信を持たせてくれたインディスはやはり天使にちがいない。



 もっともっと大切にしなければ。


 オルウェンは幸せだった。




 ひとつ、気掛かりなことがあった。

 セネルジェ工房の若い子息とインディスがとても仲が良いのだ。


 セネルジェは天才で、ビジネスの付き合いだと頭では分かっているが彼はイケメンだ。


 金髪で背が高くモデルのような体型でインディスと並ぶとまるでファッションショーのようだ。悔しいがすごいお似合いのカップ……いや見えない!断じて見えない!


 インディスがセネルジェに服を贈っていると小耳に挟む。急にセネルジェがおしゃれになったとはオルウェンも思っていた。仕事でセネルジェを貴婦人方に会わせるときのためだろうとは察するが面白くない。




 誕生日前に何をプレゼントしようかとオルウェンが思い悩んでると珍しく妻のほうからおねだりがあった。


 やっば、嬉しい。もっとおねだりして。


 という気持ちはその品物を聞いて吹き飛んだ。だってセネルジェのジュエリーが欲しいって……。








「そのような大切な贈り物をわが工房にお任せくださりありがとうございます閣下」


 オルウェンが工房に足を運び用件を告げるとセネルジェは恭しく一礼した。ちょっと横に並んで立たないでほしいとは思っても言えない。


 辺りにいるのは徒弟たちとオルウェンの仕事の部下だけで誰も比べたりはしないのだが。


 身長は確かにセネルジェよりはずいぶんと低いが男性としては標準の範囲であるし何よりもオルウェンは顔が良い自覚があるくせに客観的な自分の美しさを全くわかっていない。





 徒弟たちは人気の工房らしく自分の仕事にコツコツと打ち込んでいて領主の方へは最初の挨拶以降見向きもしない。作業を続けるように促したのもオルウェンではあるが。



 そんな大勢の徒弟を抱える大工房の若い親方であるセネルジェはいつも優雅な物腰で、公爵であるオルウェンよりも堂々としている。


 セネルジェはオルウェンには一応猫を被っていた。


 セネルジェの方では、高位貴族であるのに傲慢な振る舞いひとつなく仕事熱心で礼儀正しいオルウェンにいつも感服していたのだが。


 それに同性であるセネルジェから見てもオルウェンは綺麗だ。セネルジェは美しいものは作るのはもちろん見るのも大好きだ。


 陶器のようなきめ細かい白い肌に艶のある黒髪のオルウェンの美しさは本人が思ってるよりもはるかに繊細で神秘的。


 大きな目に冷たそうな瞳が神経質そうにきゅるりと辺りを見回す様子も猫のようで愛らしい。


 セネルジェはいつも年若なご領主様を抱きしめてなでなでしたくなる衝動を抑えるのが大変だった。



「奥様の肌色にはこちらの明るいイエローゴールドがお似合いになります。石は、次のシーズンにイチオシのガーネットのシリーズで……そうですね、やはりこちらのデマントイドが良いでしょうね。強い輝きは奥様の美しさにぴったりです。いちばん高価というのもありますが奥様はグリーンアイズですし。可愛らしいパールラインのデザインにいたしましょうか」


 インディスの肌を見てんじゃねー!人の奥さん美しいとかいうなー!ちょっと、緑って、お前の目も緑じゃねーか!おい!


 センスの良い天才ジュエラーに任せておけば間違いはない、とは思うものの嫉妬を顔に出さないのが精一杯らしい。よろしく頼む、とだけ言い残してオルウェンは早々に工房を去った。


 特にグリーンアイズだから、というのがどうにも引っ掛かる。

 恋人の瞳の色の宝石を贈る、というのは良くあるがそれは本人の場合もあるし相手の場合もある。オルウェンは自分は普通の茶色い瞳だから女性向けのジュエリーにするには地味だと贈り物にすることは思いつきもしなかった。


 もしかして明るいゴールドというのはセネルジェの髪の色じゃないか?とか余計なことまで勘繰りだしてしまう。


 疑心暗鬼というのは良くないとは頭ではわかっても勝手にぐるぐると疑念が浮かんでくる。どーせ僕は地味な黒髪だし目も茶色だし、とこの頃はおさまっていたネガティブまで顔を出してくる始末だ。









 誕生日にセネルジェの、ネックレスと指輪とイヤリングのパリュールを贈るとインディスはとても喜んでくれた。


 誕生日会に呼ばれた両家の家族もセネルジェの作った素晴らしいジュエリーに感嘆の声を上げる。ちなみに誕生日会もインディスを喜ばせようとさまざな人に聞いて練りに練ったプランだった。


 インディスはデマントイドガーネットをそれは嬉しそうにじっくりと魅入っている。頬を染めてジュエリーを眺めつつオルウェンの方を何度かちらちらと見上げる。なんだその顔可愛い……。


「オルウェンあなた着けて差し上げないと」

 インディスに見惚れていたオルウェンは母の声に慌てた。


 やはり女性の扱いというのがまだまだ全然らしい。両親たちは明るく笑っているがオルウェンは落ち込んだ。

 せっかくヘタレは返上できたと思っていたのに……。


 慌ててはいるが馴れない手つきで指輪とネックレスを着けた。器用さに自信のあるオルウェンでもイヤリングはむずかしい。薔薇色に染まるインディスの耳とうなじが色っぽすぎて手が震える。


「オルウェン様ありがとうございます!大切にします」


 インディスの満面の笑みにクラクラしながらもなんとか紳士らしい体裁を保って優しく妻を抱きしめた。





 緑色のガーネットを贈られてからインディスはよりジュエリーの宣伝に励んでいる。


 前シーズンヒットした半貴石の新作シリーズに力を入れているということらしいがセネルジェが一緒にいることが以前よりも増えたのがオルウェンは気に入らない。



 インディスがセネルジェと仕事をする事になっている前夜などは嫉妬から妻を寝かせられない。



 侍女長には嗜められてはいるがインディスが拒否しないのをいいことに連夜求めることもある。大切に大切に抱いてはいるのだが。









「侯爵夫人はセネルジェにメロメロでしたわ」



 セネルジェと共に侯爵夫人のお茶会から戻ったはずの妻が自宅に戻ったオルウェンにそう告げる。


 途端に沸き起こる激しい嫉妬を懸命に抑えていると会話ができず、オルウェンはそんな自分の幼稚さが恥ずかしくて自室に急いで戻った。続く夕食の時もなんとか会話に返事はできるようになったが挙動不審だったかもしれない。




 妻が仕事を頑張っているというのにほんと僕はダメだな……




 心から反省しながら寝室で妻を待っているといつも通り湯浴みを終えていい香りの妻が来てガウンを脱ぐ。オルウェンにはいつもここが正念場だ。


 妻はガウンの下には侍女によって扇情的なネグリジェを着せられている。


 ここをぐっと堪えても第二波、妻はオルウェンのおでこにおやすみのキスをしてくる。妻のむせかえるような甘い香りと間近に見える白い谷間に、今夜も負けた。


 妻の腰を強引に抱き寄せて自身の膝の上に跨がせた。見上げるといつもよりもとろけるような表情をした妻が潤んだ瞳でこちらを見つめる。


 先ほどの反省はどこへやら、気持ちを抑えすぎた反動かいつもよりも激しい欲望が沸き起こる。



 こんなんじゃ妻に嫌われてしまう……独占欲の強いみっともない夫など……でも抑えられない……



 これまで抑えて優しくしてきたのに、柔らかいさくらんぼのような妻の唇を舌を、妻の顔を両手で挟んで下から、自分の欲望のままに貪り尽くした。


 困惑する妻の表情が切なく色っぽい。いつものようにマニュアル通りの手順ではもう気持ちが、身体が追い付かない。強引にネグリジェに手をかけた。



 オルウェンの頬にインディスの涙がぽろぽろと零れ落ちてくる。

 嗚咽で肩が揺れる。オルウェンは動きが止めた。


「インディス…?」

 妻の涙に濡れる頬を撫でる。また下からキスをした。今度は優しく。涙を溢すインディスを見つめながら唇と頬と目元に、謝るように柔らかい唇を優しく何度も寄せた。



 しまった。ずっとずっと優しく大切にしてきたのに……乱暴にはしていないがこれまでに比べると激しかった。




 泣くほど嫌だったのだろうか。後悔が押し寄せてくる。




「インディス…ごめん…いやだった?」


 優しい声音にほっとしたようにインディスはオルウェンの首元に顔をうずめた。腕を首にまわしてオルウェンに抱きつき、涙でうわずって声が出ない代わりに小さく首を横に振る。


「ごめん……インディス、ごめんね」

 こどものように泣きじゃくってしがみつくインディスの頭や背中を優しくゆっくりと撫でる。


 さっきまでの、どぎまぎと破裂しそうな心臓は落ち着いて、なんだか切ないような心地よいような不思議な感覚にきゅうと締め付けられる。


 インディスがこんな風にオルウェンに甘えるのは初めてだ。


 ふと我にかえったのか、恥ずかしそうにしがみついた腕を外すインディスが愛らしくてオルウェンは妻を優しく抱きしめた。


 妻が胸に頭を預けてくる。じんわりと暖かさが全身に広がる。








 インディスも同じように暖かさを感じた。こんな感覚が初めてで、なんという感情なのかしら?と思いながらインディスはそのぬくもりを堪能した。


「ごめんねインディス。なんて言ったらいいか」

 インディスの頭に頬をすりすりとのせてオルウェンが囁いた。


「あの……ね」

 聞いているわ、と言うようにうんうんと頷く。


 いつもきちんとしている妻の、そのこどものような仕草が新鮮で更に愛しさが増す。


「あぁ、むり」

 オルウェンが腕に力が込めた。インディスはぎゅうと抱きしめられる。



「インディスのことが好きすぎてどうしたらいいのかわからないんだ」


「わ、わたくしもです!オルウェン様……大好き」










本編は完結ですが余話があります。

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