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前編

 

「インディス様、誕生日はどうお過ごしだったんですか?」


「ぜひお伺いしたいですわ。きっとラブラブだったのでしょう?いつものように。ふふ」


 お茶会で若い貴婦人方が頬を染めながらキラキラおめめでそう尋ねてくる。


「誕生日ですか。そうですわね…」


 インディスは扇子を口元にあて、右上の天井を見上げつつ誕生日のエピソードを頭の中で整理する。


「朝は花束を持って来てくださったわ。薔薇が100本くらいありましたわね」


「まぁ!朝から素敵!それでそれで?」


「それからアンリュインの森を散策して湖畔でお昼をいただきましたわ。邸に帰るとわたくしとオルウェン様の家族が集まっていて誕生日会をしてくださったのよ。飾り付けもとても素敵で。わたくしの実家の料理人も来ていて久々に故郷の料理や幼い頃から好きだったスイーツを作ってくれて嬉しかったですわ」


 インディスが微笑みながらそう語るとご令嬢や奥様方がうっとりと羨ましそうに頷いている。


「まぁ!ほんとうにインディス様は公爵に大切にされてらっしゃるのねぇ。贈り物はどうでしたの?」


「デマントイドガーネットのパリュールを頂きましたの。イヤリングとネックレスと指輪のセットですわ。今日は指輪だけつけてますけど」

 インディスはにっこり婉然と微笑む。


「まぁ!ガーネットですの?とても煌めきが綺麗な緑色ですのね!初めて拝見しますわ。デザインも素敵!セネルジェの新作ですね?インディス様」


「そうですわ。いつものようにセネルジェが作ってくれたものなの。まだ店頭には出てなくて注文はできませんけど」


 パリュールとは一揃いのジュエリーのこと。その一つの指輪がよく見えるように甲側を向けて白くほっそりとした手をテーブルの上に差し出すと全員が興味津々だ。


 クラスタータイプの指輪は中央にひときわ大きな、強い輝きの明るい新緑色の石が付いていてその周りを小さなハーフパールが囲っている。ハーフパールはぱっと見さりげないがカットにもセッティングにも一流の技が必要だ。


「ガーネットは柔らかくてカットが難しいのでこのように大きなカット石は珍しいのだそう。セネルジェの工房だからできるサイズなのですって。デマントイドだけでなく艶めく黄色のトパゾナイト、深紅のパイロープガーネットやピンクのアルマンディンも同じガーネットのシリーズで発売されるそうよ」


 わざと、指輪だけしてきたのだ。全部見せてしまうよりも更に貴婦人方の興味を惹き付けることができる。


「インディス様、この新作はいつから販売されるものですか?」


「予約はできるかしら?わたくしはピンクがいいわ!イヤリングはどんなデザインかしら?あぁ楽しみ!」



 インディスの嫁いだ公爵家では領内でもともと良質の金が産出されていた。そこから発達した宝飾品の加工技術の高度さに目をつけた先代が世界中の宝石を集めジュエリー工房を支援した。

 公爵家の支援で新進のジュエラーたちが才能を伸ばしたちどころに公爵領の宝石店は有名ブランドへと成長を遂げた。セネルジェもそのうちのひとつでインディスのお気に入りだ。


 軽く着けやすい金細工の一流の技術と美しいデザインの宝飾品は、ガーネットのような半貴石であっても非常に高価だがそれでも飛ぶように売れる。


 若く美しい公爵夫人インディスは社交界のファッションリーダーでジュエリーブランドの歩く広告塔だ。











 インディスが公爵家に嫁いで二年目になる。


 公爵である三つ年上のオルウェンとは16才のときに婚約し翌年結婚。仲睦まじい夫婦として社交界では有名だ。




 朝、オルウェンのいなくなったベッドの中でまだ残ってる夫の温もりを愉しみつつぼーっとしていると侍女が朝食を運んでくる。


 奥方はベッドで朝食を頂くものだ、と分かってはいるものの今朝のようにシーツがありえないほど乱れているときは正直恥ずかしくてたまらない。娘時代はお母様だけずるい、と思ったりもしたけれど今はダイニングに逃げたいのだから不思議なものだ。


「奥様、湯浴みをいたしましょう」


「……わかったわ」


 ベッドから出るとそのまま湯殿に連行される。ガウンの下は裸なのでするんと脱がされてお湯に沈められた。

 侍女はエスパーなのかそういう朝にはすでにお湯が用意されている。朝食は軽くしか食べないからシーツを見てから用意したのでは間に合わない。どういうことなのか、こわくて訊けないけれどもしかして声が大きいのかしら?とインディスは更に恥ずかしくなる。


「今日はグレーマン侯爵夫人にお茶がてらセネルジェを紹介する予定ですわね。新作のパイロープガーネットを着けて行くから……あの薄い、ブルーセレストのドレスがいいわ」

 ガーネットの赤が淡いブルーのドレスに映えるはず、とイメージして侍女に告げたが用意してくれたのは淡いブルーでも黄みのあるアクアマリン色のドレスだった。襟のつまったデザインのドレスだ。


「……奥様、本日はこちらでお願いします」


 うんうん、こんなことも初めてではないからね。察して鏡を見ると首から鎖骨辺りにしっかりと夫の印がいくつかついている。

 胸元にはいつもついている。が、首にはなさらないのに!寝入ったあとにされたんだわ。どうしたのかしら?インディスの顔は真っ赤に火照ってしまったが侍女が即座に冷やしたタオルを渡してくれた。

 仕方ない、今日はトパゾナイトのご紹介に変更だわ。黄色の石ならアクアマリンのドレスに合うもの…。







「いってらっしゃいませオルウェン様」


 オルウェンはインディスを軽く抱きしめて頬にキスして柔らかいブロンドの髪を撫でる。


「下ろしているの、珍しいね。その髪型とても似合ってるよインディス。ではいってきます」

 耳元でそう囁いてオルウェンは颯爽と馬車へと向かった。

 残された公爵夫人は腰砕け寸前である。夫に触れられて昨夜を思い出してしまった。


 だーれーのせいかしらー!首のアレを隠すためだとわかってゆってるのかしら?と恨みがましく夫の後ろ姿を見つめる。


 ゆるーく癖のある黒髪は艶々で短め。まるっとしてる頭の形が綺麗だ。華奢な細身で、身長はインディスよりも頭半分高いくらいだが肩幅があるおかげで適度に男らしくスタイルがよく見える。飄々としているが優雅な足取りだ。


 馬車に乗りこむと窓から頭を斜めに傾げてこちらに手を小さく振っている。うんかわいい。



 夫のオルウェンはいわゆるイケメンと世間で言われてはいるが、綺麗というかかわいらしいタイプ、とインディスは思っていた。


 肌が白くて目がきゅるりと大きく漆黒の睫毛は長い。目の大きさに対して小さめで光が透けるような茶色の瞳が少し冷たい印象だ。

 唇はぷっくり、鼻すじの中央が少し骨ばっているが女性的ともいえる容貌のなかでそこだけがちょっぴり男らしさを主張している。


 初めて婚約者として出会ったときは顔立ちは綺麗なものの少し暗そうな、なんだか垢抜けないな、と思ったと記憶している。


 それがなぜかここ最近は見違えるほど麗しく、夜会などでは貴婦人方が瞳を潤ませて頬を染めているのをよく目にする。中性的な顔立ちのせいか年上の男性たちにも妙に可愛がられていてインディスがたまに変な心配をしてしまうくらいだ。


 イケメン自覚はあるのかわからないが自分の顔が可愛いとか綺麗だというのは元々理解しているようで身内の前では仕草や動きがキュートになる。

 幼い頃もかなりの美少年だったはずで、おそらくとても可愛がられたままキャラ変できずにいるのだろう。ぶりっこというか年齢が年齢だし挙動不審な感じさえするがそこも含めて可愛いらしいとインディスは思う。いや、一周まわって思えてきた。


 間近にいる使用人には残念なイケメンと思われているようだ。たまにしか会わない貴婦人方と違って使用人の女性たちがオルウェンを見る眼差しは少し生温かい。

 華の盛りの若妻とはいえ社交で人前に出ねばならない、胸の開いたドレスを着る機会の多い貴族の奥方の首元に思いっきりキスマークをつけるところとか、そーゆーところですわね、と思っているが。


 オルウェンのせいで最近は胸元の開いてないドレスを着ていたがそれが流行ってくれているようで助かる。




「インディス様もそろそろお出かけになりませんと。セネルジェが迎えに来ておりますよ」

 執事のカルロの声に顔を上げるとこちらに向かってくる馬車がある。



「おっくっさっまー!本日もご機嫌麗しく~!」


「ごきげんようセネルジェ」


 セネルジェの馬車に乗り込む。もちろん侍女も一人連れて来ているのでふたりきりではない。


「セネルジェ、くれぐれも侯爵夫人にお会いするときは」


「わかってますって奥様!だーいじょうぶぅ!」


「はぁ…軽いわねぇ」


「グレーマン侯爵夫人の下調べは万全よ。安心して任せてね奥様」


 バチンとウインクしてサムズアップするセネルジェを、大丈夫とわかってはいても不安顔で見返す。


 セネルジェは明るいゴールドブロンドにエメラルドアイズの、それこそ彼がジュエリーそのもののような美形の宝石商だ。多くの徒弟を抱える大工房を構える一流の宝石細工職人でもある。宝石の目利きからデザイン、販売までを担う天才ジュエラーだ。


 その彼の生み出すジュエリーは次々と新しいテーマを提案する斬新かつ繊細なもので公爵領に工房を構えるジュエラーのなかでもインディスのいち推しだ。


「今季のテーマ、ガーネットシリーズのカンティーユラインが侯爵夫人のど真ん中のはずよ。石はパイロープ、薔薇を思わせるレトロなローズカットの深紅の石に蔦を模した細かくて軽いチェーンは明るいグリーンゴールド、よく見ると緑みがわかるデリケートな色でしょう?夫人はこれ見よがしな宝石ばばーん!よりも繊細な金細工の、見るひとが見ればわかる高度な技術のものがお好きみたいよ。きっとカステラーザ工房のエトロア様式の粒金細工もお好きなはずだから奥様のほうから紹介してね?粒金は私には出来ないわぁ。侯爵の礼装の騎士服が臙脂色だから色石は赤みのものをお選びになるはず、てちょっと、奥様あなた黄色付けてきたの??」


「わたくしもパイロープ推しで来ようとしたんだけど、ちょっと色々ね…」


「うーん、もうしっかりしてよー。でもその黄色のガーネットとアクアマリンのドレスは若々しくて奥様にぴったりだわ。ご年配の方々は若いお嬢さんがそういうもの着けてるのを見るのが好きなのよ。襟の詰まったドレスの清楚さも、ね。きっと清楚さとは真逆の理由チョイスなんでしょうけども~」

 ふふんとセネルジェは鼻で笑った。お見通しされてるが開き直って顔は表情筋を笑顔で硬くキープ。


 セネルジェの、長い豪奢なゴールドブロンドの髪を後ろでゆるく束ねたアンニュイな髪型が端正な美貌を更に引き立てている。

 セネルジェの美青年ぶりも貴婦人方には評判だ。宝飾品をセネルジェ自身に選んで欲しいという依頼があとをたたない。


 彼も工房で腕をふるう職人であり多忙だ。なかなか時間は取れない。どうしても惹き付けておきたい顧客だけをインディスがこっそりと紹介することにしている。このシステムも特別扱いを好む貴族には評判で高価な貴石のジュエリーの場合は特に有効だ。


「ガーネットでかるーくジャブ、で、そうね半年後くらいにルビーの新作を披露するわ。閣下が買い付けてくださってるんでしょう?」


「えぇ、見事なビマウス産ルビーが手に入ると言っていたわ。来月の試作のスケジュールには間に合うはずよ」








「まぁ噂通り素敵な殿方ね!」

 グレーマン侯爵夫人は出迎えるなりセネルジェを見て感嘆の声を上げた。


「はじめましてグレーマン侯爵夫人。宝石商のセネルジェでございます。本日はこのような機会を設けてくださりありがとうございます」


 落ち着いた低い美声でセネルジェが優雅に挨拶するとグレーマン侯爵夫人だけでなく無表情がポリシーのはずの侍女たちまでもが頬を染める。


 貴婦人向けの接客用セネルジェだ。見事な美貌の紳士。いつもその変身ぶりには感心する。見た目はそのままなのだが。

 美形なだけでなく背が高く足が長い。インディスがコーディネートしているので服装の貴婦人受けも万全だ。


 そつのない会話で侯爵夫人の気を惹く。今日はあくまでもセネルジェ自身の紹介だ。


 侯爵夫人は実物のジュエリーを見て、少ない量の金で繊細かつ豪華な装飾のカンティーユの技術の高さに唸っていた。これでこのお値段はありえないわ、と驚いている。噂通りの審美眼。セネルジェの言った通り高度な技術が好みのようだ。

 でも新作の発売日はまだで注文はできないし初見では侯爵夫人といえど買わせない。こういう焦らしは大切だ。


 侯爵夫人の宝石好きエピソードを上手に聞き出しながらガーネットのカット石の見本のケースをそっと開いて輝きを見せる。夫人に似合う貴金属の色味を見るために試作を肌に当てたりもしていた。元の見立て通りグリーンゴールドが一番夫人の肌色に映える。セネルジェのこういうところはほんとうに凄いと思う。


 セネルジェに触れらるたびに50代の侯爵夫人は乙女のようにきゃっと声を上げていた。


「セネルジェさんはほんとうに素敵ね。あと数年若かったらきっと恋してましたわ」

 両手で頬を抑えたぶりっこポーズの侯爵夫人にそう言われても優しい眼差しは全く崩れない。

 きっと心の中では数年じゃなくて数十年でしょ!とか突っ込んでいそうだが軽くてオネエな中身は微塵も見せないのだ。


「恋といえば、インディス様も公爵に大変大切にされてるそうですね。いつもお噂を楽しみにしてますの。オルウェン様は美男子でらっしゃるしうらやましいですわ」


「まぁそのような噂がありますの?恥ずかしいですわ」


「あらあら有名ですわインディス様。オルウェン様のご両親も恋愛結婚なのですわよね。若い時分にはおふたりのラブロマンスにもたくさんのご婦人方が胸をときめかせたものだわ。今でも仲睦まじくてらっしゃるんでしょう?」


「えぇ、それはもう。とても仲が良くてらっしゃるのでわたくしもそうなれたら、と憧れますわ」









 早々に引退して領地で優雅に暮らしている前公爵夫妻、オルウェンの両親はラブラブで仲良しだ。


 侯爵夫人はご両親も、と言っていたがインディスとオルウェンは互いの両親が決めた家同士のための婚姻で恋愛結婚ではない。


 インディスの実家の伯爵領では絹織物が盛んでこちらも若いファッションデザイナーを支援している。ファッションと宝石という切っても切れない関係でお互いを盛り立てようという縁談だった。


 16才の時にオルウェンに初めて会った。

 家のための縁談にしては幸運にもオルウェンは年が近く見目も良い。それまで恋をしたことがなかったインディスはときめいた。


 婚約してからの流れも自然で素晴らしい贈り物やカードはセンスが良く、デートも楽しかった。インディスにとっては恋愛結婚といっても過言ではないほど幸せな結婚の運びだった。


 式をあげて一緒に暮らすようになってからもそれは変わらずオルウェンは夫としてとても優しかった。大切にしてくれているのもわかる。


 でもインディスには何か心に引っ掛かるものがあった。



 公爵領に遊びに行った時に突然その理由に気がついた。


 オルウェンの両親は常にお互いに自然と寄り添って周囲に向き合っていた。


 ふたり対社会、なのだ。ふたりはひとつとしてきちんと世間と向き合っている。それは夫婦らしいことでありインディスの両親もそうである。


 しかしそれでいてふたりきりの時や気の置けない仲の友人や家族の前では気兼ねなくイチャイチャとしていた。夫婦というよりは恋人同士の、お互いしか見えないといった様子で。「愛してる」と触れあうふたりのことは周囲も息子のオルウェンも空気のように受け入れていた。



 それがインディスにはショックだった。

 オルウェンのことが好きでオルウェンの優しさに寄りかかって恙無く暮らしてはいるが所詮ふたりは家同士の結婚なのだ、という事実。


 オルウェンの両親の仲の良さを見ていると夫は優しいのだが妻のインディスとの間にはしっかりと一線を引いていることがわかった。


 インディスの両親も家同士の結婚で、仲は良かったのだがそれと同じだ。そんな両親を見て育ったので違和感の理由がそれまでわからなかったのだ。


 インディスはオルウェンの方だけを向いていた。社交界にはふたりで参加するが夫婦だから当然のことでふたりで社会に向き合うといった心構えは微塵もなかった。


 そしてオルウェンは逆で社会の方を重視していたように思えた。


 インディスに優しいのも夫としての義務だからだと。

 インディスは一方的に恋心を抱き愛し合っていると勘違いしていたのだと理解した。


 それでも、恋愛結婚ではなくともオルウェン様とふたりで社会に向き合って生きることはできるわ。わたくしの両親のように。そのためにわたくしには何ができるかしら。


 それからのインディスは、まずは家同士の結婚の理由である利益面で成果を上げるという課題に向き合うことにした。


 伯爵家で培ったファッションセンスを武器に公爵領の宝石業界に積極的に関わった。

 まずは仰々しい高額で豪華な目立つ宝飾品や芸術品ではなくドレスとのトータルコーディネートを楽しむための、ファッションに馴染むデザインの新規のジュエリーブランド部門を各工房に立ち上げさせ、また意図的に流行を発信した。


 前公爵が宝石業に携わった理由は夫人が宝石好きという理由もあったらしい。そしてふたりのラブラブぶりがジュエリーの宣伝に何役も買っていた。


 インディスはそこを踏襲した。ファッションセンスの良い美しいインディスが着けているだけでも十分宝石の宣伝にはなったのだが。

 オルウェンとは仲良し夫婦と周囲には映っていたので夜会などでは新作のジュエリーを纏ってこれまで以上に夫と仲良く寄り添ってみせた。


 最初は困惑していたオルウェンも意図を察すると両親以上にラブラブな様子とラブラブエピソードを振り撒いてくれるようになり先代の時以上に宝石業での収益が伸びた。


 更にインディスは半貴石を取り入れたジュエリーを提案した。

 若い新進ジュエラーのセネルジェたちと作り上げた色とりどりの比較的安価なジュエリーは若い貴婦人や裕福な中産階級にも購入しやすいこともあり大ヒット。ラブラブな公爵夫妻にあやかってか未婚のご令嬢方が次々と熱心な顧客となってくれた。






「おかえりなさいませオルウェン様」


「ただいまインディス」

 いつものように互いに軽く頬にキスをして帰宅した夫を出迎えた。


「グレーマン侯爵夫人のところはどうだったの?」


「侯爵夫人はセネルジェにメロメロでしたわ。ジュエリーも気に入って新作のシリーズは一揃い買う、と意気込んでらしてて」


 ふうん、といってオルウェンはインディスを冷ややかに見える瞳で一瞥すると執事のカルロを従えてスタスタと自室に向かっていった。


 あら、ちょっと不機嫌そうね。何かあったのかしら珍しいわ。


 小首を傾げて自身も自室に戻る。インディスもディナーのために着替えをすましてサロンに向かった。













 湯浴みをして寝室に行くとオルウェンは読んでいた本から顔を上げて小首を傾げて微笑む。可愛い。ディナーの時もだいぶ持ち直してはいたが今は全く不機嫌さはないようでインディスは安心した。


 いつものオルウェン様だわ。


 ガウンを脱いでベッドに入りオルウェンの前髪にそっとキスをする。おやすみなさいのキスだ。


 横になろうとするとオルウェンの手が腰にまわってきてぐいっと力強く膝の上に座らされた。え?こんな体勢は初めて…腰に手が当たるだけでも疼くのに身体が密着して理性が一瞬で吹っ飛ぶ。


 下にあるオルウェンの顔を見ると眉尻が下がっている。上目遣いで、切ない表情で見つめてくるのでインディスは文字通り胸がきゅんとした。やはりいつもと様子が違う…けど…上目遣いとか可愛い…オルウェン様むり……可愛いすぎ…


 オルウェンは明かりを消してインディスの両頬を手で優しく挟むと唇を重ねてきた。


 え?今晩も?


 態度にはおくびも出さずにインディスは困惑した。

 妻の義務かつオルウェンのことが大好きなので気持ちとしては嬉しい、いや、でも、ね、昨晩もあんなに、あれほど、ほら……


 オルウェンは下から突き上げるように何度もキスをしてくる。こんなに激しいキスは初めてだ。気持ちよすぎてインディスは思考を手放した。もう無理……

 身体の方も力が抜けてずるりと滑り落ちオルウェンの胸に顔をうずめる。


 オルウェンはこれまでも、少なくとも週に三度ほどは妻に夜の義務を求めてきた。たまに連日ということもある。でも今晩はこれで三夜連続なのだ。まあ新婚の頃は三ヶ月くらいは毎日のように求められていたものだが。


 昨夜も優しく丁寧にではあるが何度も求められた。


 オルウェンはベッドの上でもとても優しい。


 いつもならベッドに仰向けになっているインディスに優しくキスを落としながら唇と器用な美しい手とでそれは優しく時間をかけて大切そうに慈しんでくれる。


 インディスに負担がかからないよう優しく抱いてくれていたのでドキドキはしつつもある意味安心して身を任せていた。


 今夜、こんな風に強引に腰を抱き寄せられたのは初めてで、自分が上になってキスをするのも初めてだった。


 すでに意識はギリギリだし胸の鼓動は激しいし身体の芯がおかしいくらいに熱くてガクガクと震える。


 このまま胸に顔をうずめていたかったがインディスはまたオルウェンの膝の上に座り直させられた。オルウェンが膝を立てていなければ座っていることも出来ないくらい動揺している。


 オルウェンがネグリジェを強引に脱がす。

 透けているベビードールのネグリジェの下は何も付けていないのでそもそも裸同然なのだがいつもはリボンを優しくほどいてくれるのに、とインディスは強引なオルウェンにどぎまぎしつつも不安で胸がはち切れそうだった。


 オルウェン様の機嫌が悪いのはもしかしてわたくしのせいなのかしら?わたくしとうとう嫌われてしまったの?



機嫌が悪いどころか怒っているように見える。
















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