第12話「獣の耳と欠落情報」
止まり木の宿。外見からしてもまさに異世界の宿屋というべき建物だった。元居た世界で誠がはまっていたRPGにも似た建物が出てくる。そしてその中身も誠の想像通りの物だった。
「いらっしゃいませ!ご宿泊ですか?」
元気の良いその声に誠は一瞬驚いたが、声をかけてきた少女にそれ以上の驚きを覚えた。
「あの~。お客様ですよね?」
答えない誠に対して少女は不安そうに尋ねる。声をかけてきた時には揺れていた尻尾も今は力なく垂れていた。
「あ、ああ。」
ようやくそれだけ口にした誠だったが、いまだに信じられないものを見たといわんばかりに少女を凝視する。何せその少女の頭には獣の物と言っていい耳が生えており、その腰からは同じく獣の尻尾が生えていたのだ。
「そうですか!よかった~。あ、改めていらっしゃいませ!こちらで受付をしますので一緒に来てください!」
そう言うと、おそらく獣人であろうその少女は奥へと歩き出す。
「おいリリス。あれっていわゆる獣人ってやつか?」
【そうですね。見たところ狐の獣人でしょうか。】
小声でリリスに確認をし、誠は「ああ、やっぱり異世界なんだな」と若干ほほを緩めながらそう思う。
「お母さん!!お客さんだよ~。」
受付まで行くとその奥の通路に向かって少女が呼びかける。そして呼ばれて出てきたその女性もまた獣耳と尻尾を生やしていた。
「ミリー、そんなに大きな声を出したらお客さんにしつれいでしょう。」
「え~だって~。」
「だってじゃありません。ああ、お待たせしました。止まり木の宿へようこそ。何泊のご利用でしょうか。」
「えっと、三泊かな。マルコが部屋をとってくれているはずなんだが。」
「ああ!警備部隊のお客さんでしたか。お話は伺っていますよ。えーと、クロガネさんでよろしかったですか?」
「ああ、間違いない。」
「確かに三日分の料金をいただいています。延長される場合の料金のご案内は必要でしょうか。」
「そうだな、聞かせてくれ。」
「はい。まず一泊分の通常料金が銅貨三枚になっておりまして、最長で一か月が延長限界となります。それ以上の延長をされる場合は一度部屋を出てもらい新しく部屋を取り直してもらうことになります。」
「なるほど、わかった。それから冒険者ギルドの場所を教えてほしいんだが。」
「ギルドでしたらこの店をでて、左に進むと大きな建物がありますので。」
「そうかありがとう。」
「いえ、ではお部屋にご案内します。」
部屋へと案内された誠はまずベットへと寝転がった。
【ギルドへは行かなくてよろしいんですか?】
「ああ。まずは現状整理をしておかないと次の情報を得た時にはパンクしそうだ。」
【ミジンコ並みの脳細胞ですもんね。】
「誰がミジンコだ誰が!・・・それより、どういうことだ五百年って。」
【そうですね。私も驚きましたが、かの魔王が観察者様によって倒されてからすでにそれだけの時間がたっていたということなんでしょう。」
「なんでしょうってお前なぁ。締め出されてから何年たったかとか覚えてなかったのかよ。」
【そういわれましても我々神具に時間の概念はありませんからね。】
「じゃあ、お前が言っていた村がなくてこの都市があったのも、ただ時間が経過していただけなんだな?」
【そうなりますね。】
「神教国のほうはどうなんだ?詳しい年代は言ってなかったけど何百年も前なら全知の書に記載されてるんじゃないのか?」
【残念ですが。私や観察者様が去ってからできた国ですね。】
「その国の聖女っていうのがあがめている神は、ちゃんといるのか?観察眼が使えなかったときに神様がどうのと言っていただろう?」
【それについては誠様。この建物を観てみてください。】
「建物を?」
急なリリスの提案に、誠は従い観察眼を発動させる。
「―――――え?」
そこに映し出されたのは、この建物の歴史だった。いつ建てられ、誰が泊まり、そして旅立っていったか。
「み、観えるぞ?」
驚く誠にリリスは「はぁ」とため息をつく。
【やはり試していなかったのですね。】
「どういうことだリリス?」
【どうやら都市内部では普通に誠様の観察眼も私の情報収集能力も使えるようです。】
「でも外ではだめだっただろう?」
【思い出して下さい。林の木々の情報は観れたでしょう?それにあのエレナさんとマルコさんの情報も得られました。つまり・・・】
「問題はあの城壁にあったっていうことか。」
【その通りです。いくらレベルが低いとはいえ、観察者の眼と神具を邪魔するあの城壁には何かありますね。】
「何かって?」
【さあ?これもまた前例がないですからね。地道に調べるほかありません。】
「そっか。ああ、あと気になっていたんだが」
【何でしょう?】
「魔王になった勇者は誰かに裏切られたのか?」
【それはお答えできません。】
「なんで?」
【お忘れですか?レベル制限のことを。】
「ああ、そういえばあったな。」
【早くも認知症ですか。今日のことですよ?】
「うるさいな。いろいろあって忘れてたんだよ。」
ふてくされたように顔を背け誠は眼を閉じた。
【ギルドはどうなさるんですか?】
「ギルドは明日行くよ。さすがに疲れた。今日はもう寝る」
【まだ昼過ぎですが・・・。仕方ありませんね。お休みなさいませ誠様。】
【先ほどはああいいましたが、さすがに魔王の資料が少なすぎやしませんか?】
誠が寝静まるとリリスは一人全知の書の中へと潜っていった。
―――先ほどは誠様にレベル制限だといいましたが、とっさに情報が出てこなかったのも事実。無いならともかく、在る情報が出てこないというのは少し不思議です。
魔王の情報を求め、情報の渦の中を進むリリス。しかし明らかにその情報だけが欠落している。
【もしかして、観察者様が何かしたのでしょうか。】
今はまだ観せられないとはいえ、主が求める情報を捨て置くことはリリスにはできなかった。
―――あれは!?
全知の書の最奥にその情報の痕跡を見つけ出したリリスはその場へと向かう。これで主の求める情報が手に入る!そう思った時だった。
―――私の宝物に触れるな!!
強烈な思念によってリリスの思考は乱され始める。
【な!!これ・・は、い・・・ったい・・・?】
理解のできない現象の中、自身が表層へと引き戻されていくのを感じもがく。しかし引っ張り上げられる力に逆らうことはできず、最奥を見つめることしかできなかった。その視線の端に映ったものが鎖だったのかはリリスにはわからなかった。
「ふう。まさか自分の意志でここまで来るとはね。でもあのお方の情報は私の宝物。たとえあなたにも、渡してはあげないわ。いずれ私自身がお渡しするのだから。
そう言うと鎖につながれた少女は、本の形をとったその情報体を愛し気に抱きしめるのだった。
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