第10話「職務質問と壁外の再会」
書きたいことがいろいろあるのに話が全然進んでいかない・・・。
誠がその気配に気づいたのは、偶然といっていいだろう。ステータスという点において化け物並みのスペックを有する誠であったが、その中身はただの高校生に他ならない。いかに強化された五感でも人の気配を察知するような達人のような存在ではないのだから。故に正確には気配というよりは音といったほうがいいだろう。城壁を飛翔のブーツで飛び越えるという考えを却下された後も、最終手段としてその行為を行うために周囲に一瞬気を配った。ただそれだけの五感強化にその音は引っかかった。
―――――ズズッ
砂利のこすれる音を後ろに聞いた誠は、とっさに全知の書の中から出した簒奪の鎌を装備する。
「誰だ!?」
誠の叫びに合わせて、木々の後ろから鎧をまとった騎士たちが剣を手に姿を現す。
「貴様こそ何者だ!?ここで何をしている!?」
剣を構えた騎士たちの中から一人の青年が叫びながら前に出る。しかし「待て!」と、その騎士を抑えるようにもう一人が前に出てきた・
「私は、レムナント壁外警備部隊副隊長マルコ・ディスタールという。いきなり剣を向けたことは謝罪するが
、我々の任務は城壁外の警備だ。不審者がいた場合取り締まらなければならない。そこで、君の素性とここにいた理由を聞かせてもらえないか?」
マルコは周囲の騎士たちに剣を下ろさせた。それを見た誠も鎌を下ろし、敵対の意思がないことを示す。
「俺の名前は黒鉄 誠。見ての通りの旅人さ。ただここに来る途中路銀を落としてしまってどうしようかと思案していたんだ。ここはどうか知らないが、入るのにお金が必要なことがあってね。」
「クロガネ?聞いたことがない妙な名前だね。路銀を落とすとは災難だったが、こんなところにいれば怪しまれるだろう?見たところ荷物も持ってないようだし、正直言って君の言うことをうのみにはできないな。」
とっさに考えたにしてはいい案だと思ったが、さすがに簡単に騙されてはくれないらしい。と、誠は焦りを感じる。ここでこの騎士たちを倒してしまうのは簡単だろう。しかしそのあとは?そんなことをしてしまったらこの都市にも入れなくなるしお尋ね者確定になってしまう。
「そうか、信じてもらえないのは残念だけど、だったら俺をどうする?」
「そうだね、君も中に入りたいようだし、どうかな。詰所まで一緒に来てもらって問題がなければそのまま中に入れる。でももし何か後ろ暗いことがあるならその場で逮捕させてもらうってうのは。」
正直誠は即座に断りたかった。どう考えても異世界云々の話を信じてもらえるとは思わなかったし、もし信じてもらえるとしても、あののぞき魔の話だとこの世界にいる異世界の人間はみんな勇者らしいし、そんなのに巻き込まれたら自由を満喫するための自分の異世界ライフが早くもご臨終してしまうと考えたからだ。
「断ったら?」
「この場で拘束させてもらうよ。」
そう言うとマルコは剣を抜き放った。
「さあどうする?」
マルコは少しずつ誠との距離を縮めていく。誠も再び鎌を構えなおすが、その心は既に逃亡の文字で埋まっていた。
「それじゃあ、逃げさせてもらう!!」
言い放った直後、誠はその圧倒的な膂力でもって包囲のスキを突き走り抜ける。ほとんどの者が反応できなかったが、辛うじて目で追えたマルコは誠が走り去った方向を見て「しまった!!」と叫ぶ。なにしろその方向の先には・・・・。
「きゃぁ!!」
マルコの叫びが終わるのと同時に誠の走り去った先から女性の悲鳴が林に響いた。
結論から言うと、誠は馬とぶつかった。正確には騎士を乗せた馬、騎馬と衝突した。レベル1ですら驚愕したその膂力はやはりというか誠の予想をはるかに超えていた。誠に関していえば強化された肉体のおかげで傷一つないがさすがに衝撃でしりもちをつく。誠が地面に手をつくのと同時に女性の悲鳴があたりに響く。
「きゃぁ!!」
その悲鳴に急いで顔を上げ確認する。馬の影に騎士の格好をした金髪の少女が自分と同じようにしりもちをついていた。
「あれ?」
「え?」
誠はその少女に見覚えがあった。というよりついさっきまで介抱していた女性だった。オーガに囲まれ絶体絶命のピンチに遭遇?し、助け出した少女である。少女のほうはうろ覚えなのか誠の顔をまじまじとのぞいている。
―――あれ?もしかして覚えていない?
「もしかして、君も警備部隊とかいうのの仲間か?」
「え?ええ。隊長をしているわ。」
誠の質問に反射的に答える少女。しかしその答えで再び誠は逃亡姿勢に入る。
「ま、まって!!」
呼び止められ、振り返ってしまった誠は自分のその判断を後悔した。
「隊長!!そいつ不審者です!!止めてください!!」
林の中から再び騎士たちが誠を捕まえようと迫ってくる。誠は舌打ちをし、鎌を構える。
「しゃーないな!相手をしてやるよ!!」
今度は円を描くように展開した騎士たち。中心には誠と少女。すでに立ち上がり不審者という部下の言葉を聞いた彼女もまた剣を抜いていた。しかし一番近く、誠が警戒した少女は斬りかかってくることはなかった。
「もしかして、森で助けてくれた人?」
「あ、思い出した?気を失っていたと思ったけど。」
最悪飛んで逃げればいいと思っていた誠には最初から殺気などというものはなかったが、自分たちの上司の質問と気の抜けた誠の返しに全員が?マークを頭上に浮かべる。
「隊長、この男を知っているんですか?」
部下たちを代表してマルコがエレナに問いかける。先ほどまでの混乱したエレナはマルコに対し自らを助けた男の話をしておらず、その状況をマルコ自身理解できていなかった。
「オーガたちを倒してくれた人・・・、だと思うわ。」
エレナの発した言葉に部下たちは息をのむ。それもそのはず、自分たちが逃げるしかできなかったあの巨人たちを目の前にいる少年とでもいうべき存在が倒したというのだから。全員の視線が再び誠に注がれる。
「この男がですか!?」
驚愕に目を見開くマルコは、信じられないとでも言いたげに叫ぶ。
「ああ。辛うじてだが思い出せる。その声、そしてその鎌。間違いないと思う。」
ほぼ意識が消えかけていた状況を思い出し、しかし鮮明に残る男の声と目の前にいる誠の声が同一であるとエレナは感じていた。しかしその姿は不明瞭であり、身の丈ほどの鎌のシルエットを思い出せても断定はできずあやふやな回答になってしまっていた。
「クロガネといったか?今の話は本当かい?」
いまだ半信半疑のマルコではあったが、確かに鎌を武器にする人間はこの地では珍しく、なにより、先ほど見せた圧倒的膂力が自分たちの隊長が加速魔法を使っても到達できない速度を出し、しかも魔力によるものではないと理解できてしまっていた。それ故にこのクロガネと名乗る少年がオーガを倒しても不思議ではないと半ば納得してしまっていた。
「あ?ああ。あんたらの悲鳴が聞こえたからな。放っておくのもどうかと思って助けに行ったんだが、そこの女騎士さんを森の外に置いたところで荷物をなくしたことに気づいてな。それで探しに行ったんだが見つからず、今に至っているわけだ。」
騎士たちの自分を見る目が少し変化した気がした誠はこれ幸いとばかりに嘘を混ぜた話をマルコに話した。
「そうか。確かにあんな化け物と戦ったら荷物どころか命もなくしかねないからな。」
納得してくれたのか、マルコは構えを解き、周りの騎士たちもそれに習う。
「恩人に対し無礼な態度をとってすまなかった。お詫びと言っては何だが城門を通る際は私たちが付き添おう。」
頭を下げるマルコに誠は「納得してくれたか。」と安堵の息をつき再び鎌を下ろした。
「そうしてもらえると助かる。いいことはするもんだな!」
そう言うと、マルコも顔を上げ笑みを浮かべる。そして周期の部下たちに撤収の指示を出すと、林の外につなぎとめていた馬たちのもとへ向かった。
「ここから西へ少し進んだところに城門があるから、そこまで来てくれ。隊長は急ぎ報告にもいかなければならないしね。部下たちを城門で待たせておくよ。」
「ああ。助かる。すぐに向かうよ。」
馬上からの説明に頷き答えると、マルコは部下たちを先導し走り去っていった。そのすぐ後ろで、こちらを見つめるエレナの視線にどのような意味があるかは、誠にはわからなかった。
【ようやく行きましたか。しゃべらないというのも中々大変ですね。】
マルコたちを見送ってすぐ腕に巻き付いた本からリリスの声が響く。
「そういえばお前全然しゃべらなかったけど、どうしたんだ?」
【誠様はお馬鹿様でもあったのですね。いきなり姿のない声が聞こえたら不審に思われるでしょう?それに調べたいこともありましたし。】
「ぐっ!・・・。悪かったな。それで?調べたいことっていうのは?」
【先ほどの女騎士様や部下の方々のことですよ。あの方々の記録がちゃんとされるかどうかです。】
「それで?全知の書に記録はされたのか?」
【はい。彼らの記録はつつがなく行われました。】
「へぇ。よかったじゃないか。元に戻ったってことだろ?」
【・・・いえ。彼らの記載は在りますが、以前この都市の記載は存在しません】
「ん?じゃあやっぱりこの都市に何かあるのか?」
【そうなりますね。その謎を解くためにも誠様!早く城門まで行きましょう。ダッシュですよダッシュ。】
「いや、俺がダッシュしたら追い抜いちまうだろうが・・・。」
結局抱いたなぞは解けず、リリスにせかされるまま誠は城門へと歩みを始めた。
ここまで読んでくださりありがとうございます。