第9話「欠陥部隊と欠陥姫」
貴族の階級とか正直、にわかなのでもしご指摘があれば教えてください
マルコ・ディスタールは恐怖していた。自らがいる現状に。十体ものオーガの群れに、今すぐに意識を失えればどれだけ楽だろうと感じていた。しかしそれができないのは、目の前にいる自分が生涯使仕えると誓った女性が逃げずに立ち向かっているからである。
23歳という若さにもかかわらず、彼が恐怖に負けないのは、その女性がいまだ17歳という自分よりも若いということにも起因する。しかし現状を打開する案を思案するほどの冷静さは保てなかった。
「マルコ!!ここは私が殿を務める!お前は負傷した者を連れ父上にこの事態を報告しろ!」
目の前の女騎士が叫んだ言葉に、一瞬オーガへの恐怖も忘れ驚愕する。自分よりも若く、しかも自分よりも地位の高い女性の言った言葉がマルコには理解できなかった。
「しかし部隊長を置いてなど行けません!殿ならば私が引き受けます!」
数秒固まりはしたが、それでも何とか言葉にする。数秒の逡巡ですんだのは、彼の経験の深さか、それとも彼女への忠誠心か。それはマルコ自身にもわからなかった。しかし本来自分が率先して言わなければならないことを目の前の女性に言われてしまったことが、恐怖に支配されたその身にも後悔を感じさせる。
「だが、私以外に奴らに対抗できるか!?」
女騎士の言葉に、マルコは押し黙る。そう、目の前の女性しか今の状況でオーガと戦える者はいない。マルコもそれを理解していた。しかし自分がついていくと誓った相手を死地に置き去りにすることもできるわけがなく、答えを出せぬまま下を向く。
「考える暇があるなら行動しろ!お前は負傷した者たちの生存を第一に考えろ!退却が済み次第私も撤退する!」
女騎士の言葉を聞きながら確かにそれが一番いい方法だとマルコも理解する。魔法の使えない自分たちと違い、欠陥姫と呼ばれながらも彼女は加速魔法が使える。ならば自分たちさえいなければ彼女の生存率は大幅に上がる。
「わ、わかりました!ご武運をお祈りしています!」
そう言いマルコは負傷兵を連れ、その死地を脱した。
城郭都市レムナント。それがマルコが騎士として仕えるエレナ・フォン・リーグル、ひいてはその父親であるバレス・フォン・リーグル伯爵が治める伯爵領である。負傷者たちを城壁の中へと運び、伯爵家へと伝達を送る。しばらくすると、追加の騎士が手配され、自分や軽症の部隊員を含めた100人前後の人数になった。
―――なぜ最初からこの騎士たちを出してくれなかったのだ!?
心の中で悪態をつくが、それを言葉にすることは許されない。マルコも名字を持つ貴族の出ではあったが生来の魔力の低さから欠陥品と呼ばれ、さげすまれてきた。
―――まあ、あったとしてもしょせんは男爵家か・・・。
マルコが所属する部隊は、名ばかりの警備部隊で、魔力の低い者が集められたいわば欠陥部隊なのだ。
「エレナ様・・・・。」
城門が開き再びあの森を目指す。
マルコ・ディスタールは驚愕していた。イーウェンの森の入り口で、木にもたれ気を失っている自分の上司を発見したからだ。駆け寄りその姿を確認したとき、その体にはけがの跡がなかった。鎧を脱がしたわけではないが、別れ際流れていた血もすでになく、顔についた擦り傷なども消えている。
「いったい・・・」
どういうことなのだろうか?当然の疑問に答えられるものはだれもいなかった。
「部隊長起きてください!部隊長!」
体をゆすり、声をかける。
「う・・・・うぅん・・・・、こ、ここは?」
まるで自室で起きたかのように目をこすり身体を起こす上司の姿にマルコは一応の安堵を得た。
「ここはイーウェンの森の入り口ですよ?隊長は自らここへ戻ってこられたのでは?」
自分が今いる場所を認識できていないような上司に、場所を教える。しかしすぐにエレナの様子は激変した。
「そんな・・・!?オーガたちは?」
先ほどまでの状況を把握できていない不安な表情ではなく、その顔は恐怖に染まっていく。上司の質問に対しマルコは先ほど報告があった森の中の様子について説明した。
「この少し先で細切れにされていたそうですよ?さすがは我らが警備部隊長エレナ・フォン・リーグル様です!!」
マルコ自身、あの状況で逃げるしかないと思っていた。しかしその報告を聞いたとき心が躍った。あの状況でオーガを十体も倒すとは!!やはりこの人についてきて正解だったと。
「いや・・・、私は・・・」
しかし、肝心のエレナは、マルコが指さす森の奥を見つめたまま、うまく言葉を紡げずにいた。
現場検証が終わってすぐ、追加で補充された騎士の一人がエレナのもとへと報告に来ていた。
「エレナ様、ご無事で何よりでございます。」
忠誠心のかけらもない言葉にエレナは眉をひそめたが言葉にはせず頷くことで報告を促した。
「報告させていただきます。オーガの死骸は計十体。エレナ様の部下の証言と一致しました。それから、何体かのオーガの首に魔道具らしきものを確認しました。」
「魔道具?」
「はい。どのような効果があるかは不明ですが、回収されますか?」
「当たり前だろう?今回戦ったオーガは普通とは違った。もしその魔道具が関係しているのなら調べねばならん!」
「はっ!了解いたしました。」
返事をし、騎士は森の中へと戻っていく。
「隊長、我々は先に戻るように言われましたが、隊長はどうされますか?」
「そうだな・・・。ここは彼らに任せて我らは帰らせてもらおう。」
マルコの質問に答えると、エレナは馬のもとへと歩き出した。
「もうすぐ城門につきますが、お体は大丈夫ですか?」
心配するマルコの声に頷いて答えたエレナは、先ほどの光景について考えていた。
―――オーガを倒した者は何者なのだろうか。辛うじて覚えている男の顔と声。そして姿なき女性の声。あの者たちはいったい・・・。それに私のけがはなぜ癒えているのか。あれだけの傷だ。最上級のポーションや回復魔法でなければこの短時間で癒えることなどありえない。
「マルコ、本当に周囲に誰もいなかったのか?」
「はい。エレナ様に言われ周囲を確認しましたが人影はありませんでした。妙な姿をした鳥くらいでしたね、見たものと言えば。」
「鳥などどうでもいい。」
その鳥こそが、自分を救った男なのであることをエレナが知るはずもなかった。
城門付近に着いたとき、エレナは近くの林の中に金色の光を見た。
「マルコあれはなんだ?」
「光でしょうか?しかしあの林には何もないはずですが。」
不審に思い部下に聞いてみてもその詳細は分からない。
「ふむ。不審者がいるのかもしれん。城門をくぐる前に調査するぞ。」
「了解しました!」
その後、林の中に一人の男を確認したエレナとその部下たちは、周囲を包囲するように展開していった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。