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異世界の観察者  作者: 931N
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第8話「城郭都市と情報の差異」

 「これはどういうことだ?」


 その光景を見て誠が発したのはその一言だった。小さな村があるとリリスに聞き、地上から認識されない程度の高度を保ち街道を進んでいた誠の前に広がっていたのは、町と呼ぶにも不適格な広さを持った都市と呼ぶべきもので、直径5kmはあろうかというその広さ、その周囲を巨大な壁に覆われているその都市はまさに城郭都市と言ってよいほどのものだった。

 

 「もしかして村を見過ごしたか?」

 

 現状周囲を見回しても、村と呼ぶべきものは発見できず、誠の眼には巨大な都市しか映らない。

 

 「なぁリリス。あの都市について情報は引き出せるか?」

 

 観察者の神具にして、アカシックレコードの片割れ。この世界における自分のナビゲーターに対し誠は目の前の都市について情報を求める。しかし、肝心のリリスは街道の途中から沈黙を通していた。その場は特に用事も無く誠は気にも留めていなかったが、この光景を前にリリスに頼らずにはいられなかった。


 「リリス?聞こえないのか?」


 自分の腕に巻き付いた鎖の先にある縮小した全知の書は微動だにせず、誠は首をかしげる。つい先ほどまで軽口を叩き合っていた相手の急な沈黙に少しばかりの不安も感じていた。


 「どうしたんだ?急にしゃべらなくなりやがって。」


 急に黙った相棒を心配しながらもいつまでも浮いているわけにもいかないなと、誠は都市の近くにある林に降りることにした。


―――まあ、俺の観察眼でも情報は取れるだろうし、何とかなるだろう。


 不安を払拭しながらも木々の合間を縫って着地する。あっちにいた時なら不安に押しつぶされていたかもしれないが、新しくステータスに加わった精神力のおかげで平静を保つことができていた。


 「さてと、ここから見えるのは城壁だけか。まあとりあえず観てみよう。」


 そういうと誠は自身の眼に意識を集中させていく。少しずつ眼が熱を持ち始め、金色に輝き始める。観察眼が発動したことを実感し、目線を20mはあるかという城壁へと移し情報を得ようとする。


―――生き物じゃなくても歴史がありそうだし何かしら映るだろう。

 

 期待し、城壁を眺めていく誠に、しかし情報は一切入ってこなかった。


 「え?なんでだ?レベル2じゃあ生き物以外は観れないのか?」


 周囲を取り囲む木々を観てみると、それぞれの歴史を読み取ることができる。ほぼ通行人の歴史といってよいものだが。


 「まいったな。とりあえず中に入ってみるしかないんだろうが、こういう時の定番って入るのに金が必要だったりするんだよな。この世界の金なんて持っていないし、不審者扱いされでもしたらどうするか。こういう時にナビしてくれなきゃ困るんだけどな。」


 右腕に巻き付いた全知の書に眼をやりため息をつく。しかし誠はそこで鎖につながれた全知の書がわずかばかり動いたのを感じた。


 「おい。」

 【・・・】


 返事はない。しかしなぜだろうか。誠はすでにリリスにこちらの声が届いているのを察することができていた。


 「おい駄本。実はな、俺童貞なんだわ。」

 【何をいまさらなことをおっしゃっているんですか?そのようなことステータスを読み取ったときに、いえ読み取らずとも全身を覆う童貞臭ですぐに理解できます。それより駄本とは何ですか。この身は神より賜った神具であり観察者様の良き相棒たる全知の書ですよ?それを駄本などと。新米様とはいえ観察者であられる誠様はもう少し私の重要性に気づくべきです。だいたい・・・・・ハッ!】

 「長々と説明ありがとよ。それでだ駄本。ハッ!じゃないんだよ。なに今まで無視してくれてんだ?」

 【いえ・・・、別に無視をしていたわけでは・・・】

 「完全に無視してただろうが!!」

 【ち、違うんです。すこし情報を詰めていたのですが、意識をこちらに戻すことができず。しかも戻ってきてみれば誠様が慌てているではありませんか。これは少し様子を見て私の重要性をわからせたほうが良いのでは?と思っていただけで・・・】

 「ほう?つまり俺が慌てているのを見て楽しんでいたと、そういうことか。」

 【・・・・・・・、てへっ】

 「てへっ、じゃねえ!!可愛くねぇんだよ!!それよりこれはどういうことだ!?村があるんじゃなかったのかよ!でかすぎるだろうが!!」


 目の前にそびえる城壁を指さし誠は怒鳴り散らした。精神が強化されたとはいえもともとは平和な国の高校生であるところの誠に緊急時の冗談はあまり通用しなかった。


 【それは今からご説明差し上げますが、まず私を振り回すのをやめていただきたく・・・、おえぇ】

 「そうか。理解したならそれでいい。」


 鷹揚に答える誠の眼は、笑ってはいなかった。さすがにこれ以上ふざけるわけにもいかないと、リリスは説明を始めた。


 【まずこの都市ですが、申し訳ありませんがお答えできるものが全知の書内には存在しませんでした。レベル制限でもなく、ただこの都市そのものの記録は存在しません。それと、先刻お伝えした村も記録にある場所になく、おそらくは観察者様がこの地の観察の任を解かれてからできたものではないかと。】

 「任を解かれた後?そういえば聞いていなかったが、あののぞき魔がこの世界から外されてどのくらいたっているんだ?少なくとも数年でこんなでかいものができるわけもないだろう?この城壁もそれなりの年期を感じるし。」

 【そうですね、全知の書に残されている最後の記載は、創世記1500年ほどのものかと。】

 「創世記?」

 【はい。この世界の神が地上に生命を宿されてから始まる年号です。つまり人が誕生してから1500年間はの記述は残っているということです。】

 「そうか。それで今は何年なんだ?」

 【それは私にもわかりかねます。今のところ年代を示すものを確認できていませんから。こんなことならさっきの女騎士の方から情報を引き出せばよかったですね。】

 「さっきも言ったがプライバシーにもかかわるだろう?それと聞きたいんだが、生き物以外に観察眼は通用しないのか?」

 【いえそのようなことはありません。生物のように観さえすればレベル限界までの情報が引き出せます。しかしなぜでしょうか。先ほどから何度も試しているのですが、この都市が全知の書にも記載されません。】

 「記載されない?」

 【はい。普通ならこうして観察者様が観た以上、情報が入手できなくともここに在る事実は記載されるはずなのですが。その気配が全くありません。】

 「そういうことがあるのか?」

 【普通ならあり得ません。全知の書に記載されないということはその世界と全知の書が合っていないということになりますから。】

 「あっていない?」

 【全知の書と世界はセットなのですよ。一つの世界に一つの書。それが決まりです。ですから書に記載されないということはこの世界と私のつながりが断たれたとしか】

 「あののぞき魔がこの世界を追い出されたんだからそうなるんじゃないのか?」

 【それはあり得ません。誠様もご存じでしょうが、私はもともと神具、神の持ち物です。創世の時に生み出されますので、観察者様がいないからと機能しないわけがありません。】

 「じゃあ、ここは≪ユグドラシル≫じゃないとか?」

 【それもあり得ません。確かにこの都市についてはわかりませんでしたが周囲の大地は私に記載されているものと大差ありませんから。】

 「んじゃ、ほかの可能性は?」

 【そうですね、例えばこの世界そのものが変質して私の記録が働かないとか。あとは神が変わったか、でしょうか。】

 「変質?神様が変わるなんてことがあるのか?」

 【普通ならあり得ませんが。ですが現状あり得ないことが起きていますからね。】



 そう言うリリスの声は、相変わらず抑揚のないままだが若干の焦りを感じ取れる。


 「まあ、正直そのあたりは俺にはわからないからな。その話はまた今度にしよう。しかしそうなると俺がこの都市に入っても何の情報も得られないことになるのか。どうする?ほかの人がいるところを探すか?」

 【いえ、この都市に入ってみましょう。もし記録ができないのがこの都市だけなら何かしらの要因があるはずですし、これだけ大きな都市なら収集できる情報も多いはずです。たとえ全知の書に情報が入らなくても人づてにこの世界の情報を集めることはできるでしょうから。】

 「そうだな。しかし入り口探すのも一苦労なでかさだな。あとは金がかからなければいいんだが。」

 【そうですね。私が知っている通貨なら再現は可能ですが、代わっていたとしたら使えないですし。もし通貨も記録できなければ再現もできません。】

 


 まいったな、とため息をつく誠は再び城壁を見上げる。


 「なぁ、このまま飛翔のブーツで中に入ったらバレるかな?」

 【バレるでしょうね。これだけの城壁見張りがいないはずありませんし。今は林の中なので木々がカモフラージュになっているようですが。】

 「そうかいい考えだと思ったんだがな。」


 再びため息をつく誠。しかしその時、周囲に展開する人影に気づくことはできなかった。


ここまでお読みくださりありがとうございます。

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