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エルマグニア帝国の花嫁奴隷  作者: 蔵武世 必
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第六章 花嫁奴隷 救出クエスト 三日目

 十一月一二日朝、蓄音機が奏でる優雅な音楽に起こされて一軒家のリビングに出ると、そこではすでにヘリアンソスが朝食の準備を進めていた。リックを見るや敬礼しようとしたので、リックは今回の任務が完了するまで敬礼、敬称等をいっさいやめるよう全員に頼んだ。

「ここでのわたしは行商人ロデリック・ザイーブ、だからこれからはロデリックと呼んでほしい」

 全員がこの頼みを了承した。

 朝食を取りながらリックはバルコスキに今後の対策を尋ねた。

「帝国長官ミルンヒックの線を攻める。これは良い作戦だと思います。しかしバックアッププランがない。首尾よく進まなかった場合、時間切れで失敗に終わるという可能性も否定できません」

「バルコスキの案を聞かせてくれないか」

「はい。まず第一プランとして帝国長官の実弟ハインドラー・ミルンヒックと接触する計画はこのまま進めます。かつ、それとは別に第二プランを同時進行させます」

「第二プラン?」

「ベアヴォラーグ同盟マグナー・ホルギン総裁の身辺を調査します。あの男は極度の金権主義者で脇が非常に甘い。事実、我々が得た情報のソースはベアヴォラーグ同盟内部からのものが多いのです。こちらの線はわたしが進めるので、ロデリックは他のメンバーとともにハインドラーとの接触を図ってください。なにか具体策はお持ちですか?」

「うむ、その前に疑問を解消したい」

 リックは帝国軍将兵が街中の酒場等に集団で繰り出さない理由を知りたいと思った。

「それについてはわたしが情報を持っています」

 ヘリアンソスは地味な顔立ちをしていたが、声はとても魅力的だった。

「エルマグニア南北戦争が本年六月末に事実上休戦状態に至ってからしばらくして、帝国軍内に綱紀粛正の指令が発せられたのです。理由は分かりませんが、帝国軍将兵は今後いっさい集団で街中の酒場等に繰り出さないよう強力に指導されました。あなたが感じた違和感の正体はそれだったのです」

 リックはやっと疑問の解答を得た。

「しかしそれでは将兵のストレスが発散できない。そのうちに暴動が起きるのではないか?」

 この疑問にヘリアンソスはとうとうと答えた。

「その対策として、帝国は兵舎に隣接する広大な空き地を柵で囲い、一大行楽地ネーベンバウを築きました。酒場、劇場、音楽ホール、将校専用の社交クラブ、それに娼館まで用意されています。ここまでやるとはわたしたちも想像していませんでした。なにかかれらにとって、そうしなければならない理由があったのでしょう」

 トラスニックが説明の続きを引き受けた。

「しかし潜入は不可能ではありません。セドロが作る偽造認識票があれば、当日中の出入りは可能です。日を跨ぐと兵士には点呼があるので、バレる可能性が高くなります。一方、将校には点呼がないので、その線から正体がバレることはありませんが、機密情報に触れる機会が多い将校に対しては監視の目が厳しく、将校を装って潜入することはお勧めできません」

「なるほど、よく分かった。実は帝国軍第三軍団の一般兵制服はもう調達してある。これに合わせて偽造認識票を作ってくれないか」

 リック以外のそこにいた全員が驚きの表情を見せた。

「ロデリック、潜入するのか。だが、正体がバレれば捕虜になる可能性もあるのだぞ。大公国次席代表がスパイとして捕らえられるなど、あってはならぬことだ」

 バルコスキが止めに入った。

「いや、ここで退くつもりはない。リスクを取らねば成果は得られないことだろう」


 結局、四人はリックの説得をあきらめた。強い意思の力に止めることは不可能と感じたからだ。

 十一月一二日午後、いったん宿に戻ったリックは帝国軍制服を携えて、セーフハウスに帰ってきた。

「夜になれば、多少は監視の目も緩くなります。兵士たちが暴発しないよう帝国側も気を遣っているようなので」

 ヘリアンソスのアドバイスを聞き、それからリックは仲間たちより帝国軍の特徴、慣習等を細かくレクチャーされた。不自然にならない程度に変装も施された。

 十一月一二日夜、いよいよ帝国軍兵舎に乗り込むときがきた。近くまでトラスニックに馬車で送ってもらい、戻る時間もあらかじめ打ち合わせた。それは二三時に設定された。


 リックは兵舎の前にある事務棟まで平然と歩き、偽名「ディーター・アートルム」の名で作られた偽造認識票を検問所に提示した。思ったとおり一般兵へのチェックは甘く、担当の憲兵はそれを一瞥しただけで「通れ」と顎で指示したのだった。


 さっそくリックはネーベンバウ側へ進んだ。そこはめくるめく空間だった。劇場、酒場、音楽ホールなどが松明に照らされていっそう幻想的に浮かび上がる。ホールからは歌劇と思しき華麗な旋律が流れてきた。わずか数ヶ月でこれだけの施設を構築するエルマグニア帝国の国力にリックは圧倒された。

 とりあえず手近な酒場に入ってみることにした。中に入るとそこは喧騒の嵐だった。はめを外した兵士たちがいたるところで酒をあおり、大声で歓談している。ここなら、いろいろな情報を得られるはずだ。リックは直覚的にそう感じた。

────もっとも重要なポイントはハインドラー・ミルンヒックとの接点だ。つまり帝国軍第三軍団の兵士たちをターゲットにするのが最良といえる。

 見回すと、肩の紋章から第三軍団の兵士たちがいたるところで談笑している姿が散見された。リックはカウンターでエールを注文するとジョッキを持ち、第三軍団の兵士たち一〇名ほどが歓談する丸テーブルの片隅に席を設けた。

 まずはかれらの話を聴いてみよう。下手にでしゃばるよりも会話の中にヒントを求めたほうがよい、そう思ったリックはじっと聞き耳を立てた。

 兵士たちはすでに相当酒が入っているらしく、周りの目はまるで気にならないようすだった。ひとりの兵士が立ち上がって独演を開始した。

「おれたちは圧倒的に優勢だった。なにせ三倍の兵力で攻め込んでいるんだ。南西の戦線はあと一歩で突破できるところまで前進していた。あたりは瓦礫の山、死体がそこら中に転がり、文字通り地獄の様相を呈していた。だが、おれたちは怯まなかった。ここを突破すれば勝利は間違いない。そう確信したんだ」

 ジョッキを片手に他の兵士たちは立ち上がった男の次の言葉を待っていた。

「────そこに、“あのひと”が現れたんだ。背中から連弩(クランク機構付の連発式弩弓)を取り出すと目にも留まらぬ速さで一斉掃射、たちまち二〇人の兵士がなぎ倒された。それから剣を抜き、最激戦地に突入、まるで蝶か鳥のように舞い、次々と敵を斬り伏せて、味方を救うさまはまさしく“死と再生の天使”だった。

 おれたちには後退以外選択肢がなかった。“あのひと”にかなうはずがない。一も二もなく退却したよ」

 ここで男は息を継いだ。「おおう」と歓声が沸いた。

────この兵士は何を口走っているんだ? 敵味方の主語が頻繁に入れ替わり、しかも酔っ払っているせいか、なにを言いたいのかが分からない。

 リックはあきらめて、他のテーブルに目を向けた。今度は壁際の四角いテーブルを囲む六名の兵士たちに着目した。この形のテーブルだと仲間に加わるのは難しい。やむをえず、リックは壁に寄りかかって会話を盗み聞きすることにした。

 そこでの会話は妙にしんみりしたものだった。

「おれはあれほどの一騎討ちを今後二度と目にすることはないと誓えるよ」

「ああ、確かに・・・。おれはあの闘技場にいて、直に伝説に触れたことが生涯の誇りだ」

「すごかった! もう完全に終わりだと思ったよ。あいつが汚い手を使って“あのひと”を追い詰めたんだ。それでも“あのひと”はあきらめなかった。起死回生の一手であいつを倒したんだ」

「おれは“あのひと”が勝利を収めたとき、無意識に涙を流していた。よかったと心底思ったよ」

「ところで、あの噂を知ってるか?」

「なんだ。噂って」

「帝国と大公国が和平協定を結ぶらしい」

「なんだって! それは本当か」

「まだ噂話のレベルだ。しかし何の根拠もなく和平協定なんて噂が立つと思うか。実際、六月末に事実上の休戦状態に入ってから、第二次攻勢の話はまるで出ないじゃないか」

「すると和平協定の噂は本物かもしれんな。それを切に願うよ。大公国軍のやつらは“あのひと”を姫さまと呼んでいるらしいが、和平が実現すればおれたちにとっても姫さまだ」

「なるほど、姫さまか。いい響きじゃないか。“あのひと”にぴったりだ」

 リックは一連の会話を聞き、驚愕していた。帝国軍の兵士たちが言う“あのひと”とはアーヤのことに違いない。かれらはダーグナスリイト包囲戦の話をしていたのだ。


 今日のところは十分な情報を得た。懐に忍ばせた懐中時計を見ると時刻は二三時の少し前を指している。二四時に点呼があるらしいので、その前に退出しなければならない。リックはそっと酒場を抜け出し、認識票を検問所に見せて、無事外部へ脱出した。

 合流予定地点ではトラスニックがすでに馬車を用意して待っていた。リックは無言で馬車に乗り込んだ。


 二三時半、セーフハウスに戻ったリックは先ほど得た情報をさっそく四人に話した。

「そうでしたか。謎がひとつ解けました。帝国軍がなぜ急に綱紀粛正の指令を出したのか不思議でしたが、敵軍の指揮官を賞賛する兵士たちが現れたのであわてたということでしょう」

 ヘリアンソスが最初に反応した。

「しかし妙だ。通常そういう兵士は反逆罪に問われるはずだ。なぜ放置されているのか」

 ふだんは無口なセドロが口をはさんだ。

 それに関してはリックに心当たりがあった。ダーグナスリイト包囲戦の終盤、ハインドラー・ミルンヒックが訴えた内容をリックはできるだけ正確に伝えた。

「そうか。なるほど」

 バルコスキが腕組みしながらつぶやいた。

「帝国軍の将校たちにさえアーヤ・エアリーズの支持者がいるという事実、しかもかれは帝国長官の実弟。それだけではなく、ハインドラーはほかにもたくさんいると語ったそうですね。ならば合点がいきます。帝国軍は戦争継続に不安を抱えている。無理に推進すれば内部分裂を起こす可能性さえある」

 有力な仮説だった。この仮説が正しいとすれば、フォイエル・ドラスの選択肢はひとつに絞られる。すなわち和平である。

 この状況下でフォイエル・ドラスはマグナー・ホルギンの専断を許すだろうか。否、許すはずがない。まして、帝国軍内部に支持者が相当数いると考えられるアーヤを強引に我が物とするなど、和平を崩壊させる主因になりかねない暴挙であった。

 しかし・・・・全ては状況証拠にすぎない。この仮説が外れていた場合、アーヤを救出する戦略は根底から崩れてしまう。やはり確実な証拠、証言が必要だった。

「今日はもう遅い。話し合いは明日朝にしよう」

 バルコスキの提案でいったん解散となった。

週三回の更新を行います。月、水、金の予定です。

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