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エルマグニア帝国の花嫁奴隷  作者: 蔵武世 必
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第四章 花嫁奴隷 救出クエスト 一日目

 大陸暦九三八年十一月一六日、ローライシュタイン大公国軍第六師団長アーヤ・エアリーズを乗せたベアヴォラーグ同盟の大型馬車は周囲を取り囲む市民たちの罵声を浴びながら、一路自国へと引き返す旅路に出た。

 アーヤは車窓から母国の風景を眺めていた。これが見納めになる可能性は大だった。自然と涙がこぼれ落ちた。

「アーヤさん、気を落とさないでください。これから向かう先にもいいところはありますから。ベアヴォラーグ同盟の女官であるわたしが言っても説得力はありませんが・・・」

 同乗する女官のフローリスが心配して声をかけた。

「ううん、いいの。フローリス、ありがとう」

 アーヤは丁寧に応じた。

────リック様、今どこにおられるのですか。

 アーヤの心は十一月八日に愛馬ティタンに乗って単身旅立ったザイドリックに向けられていた。


 十一月一〇日、リックはエルマグニア帝国の首都ジースナッハに入っていた。通常、三日の行程をティタンに乗ることで一日半に短縮することができたが、それでも残された時間は決して長くないと自覚していた。

────マグナー・ホルギンは十一月一六日付でアーヤを迎える馬車を送ると言った。そこから三日の行程でベアヴォラーグ同盟に戻ることだろう。つまり十一月一九日がタイムリミット、アーヤを救い出せる期限ということだ。

────今日を入れてあと一〇日しかない。なにができる? 考えろ、ザイドリック!

 帝都へ潜入するにあたって、リックは周到に準備を重ねた。ローライシュタイン大公国の次席代表である自分が正面切って入れば混乱が起きることは自明の理だった。ゆえに行商人「ロデリック・ザイーブ」という架空の人物を作り出し、交易用の通行証も用意した。

────まずはあの男に会わなければならない。

 リックが頼るのはローライシュタイン大公国の諜報部隊長オルゲン・バルコスキであった。先代の大公ゴットフリート(エリーゼ、リックの父親)の時代から大公国に仕えるバルコスキは変幻自在の男と言われ、いったん変装して民衆の中に溶け込めば、親兄弟ですら見分けがつかないといわれるほど己の存在を消すことに長けていた。しかも、複数の言語を使いこなし、あらゆる諜報活動に通じたまさしくローライシュタイン大公国の影の功労者であった。

 リックが入手した帝国内で編成されているという精鋭四個師団の情報もバルコスキがもたらしたものであり、これがあったからリックはホルギンとの交渉時に冷静で正しい判断ができたともいえる。

 だが現在の問題はバルコスキに連絡する手段がないということだった。諜報活動は敵国の重要機密に触れることから生命の危険に晒されることが多く、連絡手段を絶って深く潜入することこそ成功の要諦といえた。しかしその一方で、味方側がコンタクトを取りたくても連絡するすべがないという長所短所が表裏一体の状態を作り出していた。

────バルコスキは頼りになるが、いつ接触できるか分からないのでは話にならない。

 リックはバルコスキを探しつつ、自分でも動いてみようと考えた。

────まずは現在の状況を整理するところからはじめよう。和平協定の四条件およびホルギンを交渉代表に据えたことはフォイエル・ドラス直筆の署名があることから間違いない。問題はホルギンが付け加えた付帯条件の正当性だ。こんな恥知らずの条件をドラスがあらかじめ承認するとは思えないし、ホルギンも事前相談などはしないだろう。

 だとすれば付帯条件はホルギンの完全な独断になる。フォイエル・ドラスに会う手段を模索すべきか?

 ・・・・・

 いや、それはできない。ドラスは我が父ゴットフリートを暗殺した首謀者だ。やつへの怒りは今なお燃え盛っている。今回はアーヤの救出を最優先してドラスには迫らないが、いつの日か必ずあいつに復讐を果たす・・・。

 今は違う手段を選択しよう。だれと会うのが効果的だろうか。リックはさまざまな可能性を考えたが、最終的にレムハイル・ミルンヒック帝国長官が有力だと判断した。

 ミルンヒックにしても、父を殺した共犯のひとりに違いないが、首謀者ではない。アーヤの生命が懸かっているのだ。妥協せざるをえない。

 ミルンヒックを選ぶ理由、それは国家の実務を全て掌握する帝国長官ならば、和平協定案を事前に確認するはずだからだ。加えて、規定路線が不測の事態によって崩れることも立場上懸念するに違いない。しかし、ミルンヒックとの接点がない。

────いや・・・・接点はある!

 リックはダーグナスリイト攻防戦の最後の局面で出会った帝国軍騎兵連隊長ハインドラー・ミルンヒックのことを思い出した。

 帝国長官の実弟である彼は大公国軍に加わり、アーヤの配下になりたいと訴えていた。ならば、ハインドラーと会い、帝国長官との面会を設定してもらうことは不可能ではない。

 リックの胸に希望がわいてきた。

 だが、ハインドラーとて帝国軍騎兵連隊長だ。行商人ふぜいが会える相手ではない。

 思案した結果、リックはまず帝国軍の兵士になりすますことが重要だと判断した。一般人には秘密をもらさない軍人も同僚であれば口が軽くなる。そう思ったのだ。


 十一月一〇日午前、リックは市場に出た。帝都ジースナッハはそれ自体が巨大な都市国家であり、アレイアウス大陸のほぼ中央に位置するところから、一大交易地としても栄えていた。洗練された目抜き通りがある一方で、一歩路地裏に入るとそこは猥雑な露店が連なる非合法地帯であった。

 軍の制服や認識票が普通の店で売っているはずはない。そういうものがほしければ、地下ルートを通じて調達するしかないのだ。以前バルコスキが語っていた言葉をリックは思い出した。

 怪しげな露店、とくに衣料品を取り扱っている店を何軒か調べたが、帝国軍の制服を扱っている店はなかった。考えてみればこれは当然で、もし軒先に吊るした帝国軍の制服が憲兵に見つかりでもすれば、重罪で投獄されることは確実であった。そんな危険を冒してまで制服を売る店はない。それが結論だった。

 午後遅くまで粘ったリックだったが、成果は得られなかった。

────だめか・・・・

 気落ちして、ある露店の前にたたずんでいたところ、リックは店の奥に「帝国軍第三軍団」を示す部隊章を発見した。第三軍団はダーグナスリイトで大公国軍第六師団と死闘を繰り広げた部隊である。それは無造作に柱のフックに引っ掛けられていた。

 リックが店に入り、部隊章をジロジロ眺めていると、店主が怪訝な顔で声をかけてきた。

「ああん、それは売りもんじゃねえ。おれの記念品だから非売品だ」

 三〇歳前後の無精ひげをはやした男だった。日中から酒を飲んでいるのか、その息はアルコール臭かった。

「これはたいへん失礼しました。ところで、あなたは帝国軍第三軍団に所属しているのでしょうか」

 リックは男の気分を害さぬようできるだけ丁寧に訊いた。

「昔の話だ。もう忘れちまった────」

 男は気だるげなようすで応じたが、その瞳にはなにか未練があるように感じられた。

────可能性は・・・・ある。気を惹いてみよう。

 リックは続けた。

「わたしも第三軍団に所属していました。ダーグナスリイト包囲戦に参加したのち、正規の手続きに則って除隊し、今は行商人を勤めております。ロデリック・ザイーブと申します」

 男の見る目が変わった。

「なにぃ! おまえもあの戦いに参加していたのか。ならばおれたちゃ同僚だ。さあ、座ってくれ」

 男は粗末な木製の丸椅子を用意した。

「それでロデリック、おまえはどこの師団に所属していた?」

 いきなり答えられない質問がきた。

 アーヤから受け取った戦闘報告書には第三軍団の戦術、部隊配置、戦闘の推移などは記されていたが、具体的な戦闘序列は示されていなかった。これは帝国軍内部にいた者しかわからない情報であった。

────まずいな。

 リックはしばし考えた後、こう答えた。

「わたしは後方の補給部隊所属だったので、第三軍団直属となります」

「ん、補給部隊? そうか・・・」

 男が急速に興味を失いつつある状況に危機感を覚えて、リックは話題を変えた。

「しかしわたしは包囲戦終盤までいたので、伝説のデュエル(一騎討ち)も目撃しております」

 アーヤと帝国軍ヴァイクス将軍とのデュエルは大公国軍第六師団の命運を懸けた闘いだった。ゆえに将兵からは多数のレポートが上がっており、その一部始終は迫真の臨場感を以ってリックに伝わっていた。

 今こそ、それを活かすときだ。リックはそう確信した。

「な、なんだとぉ!!!」

 男は絶叫した。

「おれは懲罰房に入れられていたから、見れなかったんだ。おい、その話をもっと詳しく聞かせてくれ」

 リックがデュエルの一部始終を伝えると、男は目を輝かせて聞いた。

「そうか、そうだったのか。同僚たちも懲罰房行きのおれには冷たくてな、だれも話しかけてこねえ。自暴自棄になって暴れた結果が不名誉除隊だ。まったく、ざまぁねえぜ」

 男は少しの間愚痴を漏らしていたが、やがてリックの側を向きなおした。

「おれの名はフリッツ。ここでケチな露天商を続けているが、なにかほしいものがあったら言ってくれ。元同僚のよしみで調達してやる」

 やっと細い道が開けた気がした。リックは恐る恐る聞いてみた。

「実は除隊後、第三軍団に所属していた思い出の品がなにもないと気付きました。制服も部隊章も返却してしまったので。 ・・・・そこで、もしフリッツさんが第三軍団の制服をお持ちであれば、売っていただけないかと────」

「制服? ヘンなものをほしがるな。部隊章なら記念になるが、制服はサイズが合わなければ着れまい」

 フリッツはリックの顔をジロリと凝視した。

「だが、おまえとおれはほとんど同じ体格のようだ。いいだろう。売ってやる。ただし、おれの思い出の品だからな、安くはないぜ」

「もちろんです」

 リックは値を吹っかけてきたフリッツの要求に満額で回答した。半分ぐらいまで値切られると踏んでいたフリッツは呆気に取られていたが、リックにとってここでの出費は想定の範囲内といえた。



 十一月一〇日夜、さっそくリックは帝国軍第三軍団の制服を着て、レストラン、酒場等を巡回した。軍人がいればそこに近づき、情報を得る。これが基本だった。

 だが、その日はなにも得るものがなかった。そもそもレストラン、酒場に軍人の姿がほとんどないのだ。もちろん偶には見つかるが、それは必ず一人だった。一人で食事を取っている軍人に話しかけるのはリスクが高い。相手側も警戒するだろうし、こちらが偽兵士だとなにかのはずみにバレれば、元も子もなくなってしまうのだ。

 なぜ集団で飲んでいる兵士の姿がないのか。奇妙な胸騒ぎだけを覚えて、リックのクエスト第一日目は終了した。

週三回の更新を行います。月、水、金の予定です。

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