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エルマグニア帝国の花嫁奴隷  作者: 蔵武世 必
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第一三章 花嫁奴隷 救出クエスト 九日目 その二

 セーフハウス内に緊張した空気が流れた。大テーブルの向こう側に座っているのはローライシュタイン大公国軍第六師団麾下、第二連隊長ドラガーニャ・ジーヴェルト、第三連隊長ラフィーヌ・オークウッドの二人に相違なかった。二人の客人を迎えて歓待というわけにいかないのは軍規のためだった。

「で、二人はなぜ正式な承認も得ずにここへ来たのかな?」

 静かな口調ではあったが、大公国ジェネラル、ザイドリック・ローライシュタインの追及は厳しかった。

「・・・・えーと、わたしたちはアーヤがベアヴォラーグ同盟総裁の許へ嫁ぐことなんて、まるで信じてないというか、なんというか────」

 “戦場の銀狼”と仇名されるドーラがこのときばかりはずいぶん小さくなっていた。あわててラフィーがフォローした。

「ジェネラル閣下がアーヤに宛てた伝言をわたしたちも読みました。そこには明確に記されていませんでしたが、わたしたちは閣下がアーヤを救うため帝都へ向かったのだと確信しました。ならば、アーヤの親友であるわたしたちも危地へ飛び込まなければならない。たとえ軍規違反だとしても」

 リックは「ふぅっ」と大きなため息をついた。

「おまえたちには何度も窮地を助けられた。今回の独断専行は不問に付そう。だが、次回からはわたし、わたしが不在であれば姉上の承認を得るのだぞ。連隊長が積極的に軍規を破ってどうする」

「はいッ!」

 二人は立ち上がって敬礼した。

「ところで、お二人はどうしてこの場所が分かったのか、わたしはそれが知りたい。セーフハウスのことはだれにも話していないはずなのに────」

 バルコスキの疑問は至って当然のことであった。簡単に場所が洩れるのであれば、諜報活動を抜本的に改める必要があるのだ。

「わたしは大公国に数名しかいないSクラス長弓兵の一人です」

 ラフィーが応じた。

「矢を射る前にわたしは標的の位置、動き、そして波動を感じ取ります。一度でも会ったことがある相手なら確実、そうでなくても座標を確認して完璧にヒットさせることができます。ジェネラル閣下が帝都へ向かったことは予想がつきました。そこまで分かっていれば、あとは難しくありません。帝都内を歩き回って閣下の波動をつかみ、ここへやってきたというわけです」

「いやはや、驚きだ。まさかそんなことができるとは・・・・」

 バルコスキは半ば呆れ顔で言葉を継いだ。

「しかし力強い味方を得ました。ジェネラル閣下、我々が直面している難題を彼女たちにも知ってもらいましょう」

 リックはうなずいた。


「なるほど、状況を把握しました」

 ドーラの声が室内に響いた。

「やっとあたしたちにも活躍の場が与えられたと喜んでいます。ねっ、ラフィー」

 ラフィーも無言で同意した。

「だが、衛兵の数はおそらく二〇名近い。どう対応するというのだ」

 バルコスキは疑いの目を向けた。長く外国で諜報活動に従事しているバルコスキはドーラとラフィーの“規格外”ともいえる強さをまったく知らなかった。

「あっははは、バルコスキのおっさん、心配しなさんな。たった二〇名であたしに対抗できるわけないから。あたしを仕留めたいなら、二桁は数を増やさないと」

「お、おっさん!? それに、二〇名を相手にするとか、大言壮語にもほどがある」

 バルコスキはしかめっ面を見せた。

「いや、ドーラの言うとおりだ。我々にも運が回ってきた」

 リックはバルコスキの肩に手を置いた。


 夕刻前、帝都ジースナッハの郊外、フューネラー社の門扉をぎりぎりで視認できる位置に馬車と幌付きの荷馬車、各一台が停車した。馬車にはリックとバルコスキ、御者にトラスニック、荷馬車にはドーラとラフィーが乗っていた。

 いよいよヘリアンソス救出およびマグナー・ホルギンの力の源泉を急襲する秘密作戦が決行されようとしていた。ドーラとラフィーは旅服から戦闘用の装備に着替えた。重装甲騎兵の鎧に身を包んだドーラにバルコスキとトラスニックは感嘆の声を上げた。

「ラフィー、見えるか。あそこの門に衛兵が四名立っている」

 リックが双眼鏡を見ながら状況を伝えた。

「はい、分かります」

 コンパウンドボウ(メカニカルアシスト機能付の複合弓)を構えて、ラフィーがコンセントレーションに入った。

「ふうっ・・・標的まで七六八メートル五〇センチ、仰角四六度、南西の風、風速一メートル・・・」

 そこまで集中力を高めたとき、突如ラフィーが射撃の姿勢を解いた。

「どうした? ラフィー」

 リックが怪訝な顔で尋ねた。

「・・・おかしい。標的から波動を感じない────」

 ラフィーは考え込んでいるようすだった。

「どういう意味だ?」

「・・・・はい。標的に人間が持つ特有の波動がないのです。これではまるで“物体”です」

「物体? すると我々の敵は石や土ということか」

「わかりません。ただ、間違いなくあれは人間ではない、ほかの何かです」

 決断のときだった。リックはそれでもやるべきだと判断した。

「ラフィー、かまわない。標的を射抜いてくれ」

「・・・わかりました」

 ラフィーは再びコンセントレーションを開始した。目が青白く燃え上がっていた。

 矢継ぎ早に四本の矢が射られた。

 双眼鏡で監視していたリックは全ての矢が命中して標的が倒れるさまを確認した。

「よしっ!」

 思わず声が出た。

 しかしそれはまもなく驚愕の台詞に置き換えられた。

「・・・こ、これは!!?」

 リックは四名の衛兵がよろよろと立ち上がった姿を目撃したのだ。

 間違いなく矢はかれらの肩口から胴体まで突き刺さっていた。その状態で立ち上がるなど本来ありえぬことであった。だが、現実は人間の常識を凌駕していた。

「なにが起きた?」

 バルコスキが心配そうに問うてきた。

「・・・・矢を受けた衛兵が・・・全員立ち上がった」

 リックにはそれだけ答えるのが精一杯だった。

「死びとの兵・・・。反魂(はんごん)の術・・・」

 ラフィーの言葉に一同は釘付けとなった。

「ラフィー、知っているのか」

「・・・はい。わたしの間接射撃の技能は人の世の外にあるもの。それと同様、反魂の術は死人を甦らせます。そして甦った兵士を死びとの兵と呼ぶのです。かれらは決して死に絶えません。なぜならすでに死んでいるからです。物理攻撃は通じず、両断されても肉塊が呼び合い、再生します。母から伝承として聞いた話ですが、実際に目の当たりにしたのは初めてでした」

 これが建物を護る衛兵たちの正体だったのだ。そして衛兵の控え室がなかった理由もあきらかとなった。不眠不休で働くものに控え室は不要だからだ。

────まずいぞ。こんなやつらが相手では対抗するすべがない。

 しかしリックには強烈な違和感が残った。

────マグナー・ホルギンのような俗物が反魂の術など使えるだろうか。そんな呪術が使えるのなら、俗世の権力に妄執する必要はないはずだが・・・。

 わき上がる疑問に支配されたリックの頭脳をドーラの一声が貫いた。

「あのさぁ、死びとの兵とか言ってるけど、ただ単に急所がないだけでしょ。あたしにとっては何の意味もないね」

「だが、死なない相手が敵ではいずれ追い詰められるのでは」

 バルコスキが不安げに反論した。

「ふふん、分かってないね。あたしは人間相手のときはいつも力を加減してるんだ。だけど今回はその必要がない。手加減なしで敵を粉砕してやる! 細切れになっても再生できるのかな。楽しみだ」

 ドーラの瞳が破壊の衝動に爛々と輝いていた。

────そうだった。こちらにも相手が想定できない武器があった。それに懸けよう!

 リックの気持ちは固まった。

「ドーラ騎兵連隊長、敵をなぎ払え! ラフィー弓兵連隊長、ドーラを支援せよ!」

 「ハイッ!」

 二人の連隊長の声がクロスした。


 幌付きの荷馬車がフューネラー社の門扉前に迫っていた。荷台ではドラガーニャ・ジーヴェルトが愛剣「アンブレイカブル(破壊不能)」を片手に武者震いしていた。

────アーヤ、もう少しだからね。待ってて。あたしが敵を粉砕して人質を助け出せば、全ての条件が整う。あと一歩なんだ。

 ドーラはエルマグニア南北戦争の和平条件に付け加えられたありえない付帯条件(アーヤの婚姻)を聞き、混乱した第六師団の将兵たちが相談に来たときのことを思い出した。

 かれらは口々に、アーヤが旅立ったらベアヴォラーグ同盟へ到着する前に奪還しようと持ちかけた。だが、ドーラもラフィーもその提案に乗らなかった。ドーラは言った。

「おまえたち、師団長からの通達を読んだだろう」

「うっ、しかし・・・」

「アーヤは確かにこう通達した。『第六師団の全将兵に告ぐ。今回の大公国の決定に際して、軽挙妄動を慎み、己の職責を真摯に果たせ』と」

 アーヤからの通達、そして二人の連隊長の厳命により第六師団の将兵たちは単独行動を差し控えたのだった。

────かれらは皆悔し涙を流していた。あたしが今日、その涙をぬぐってやる!


 荷馬車が停まった瞬間、ドーラは荷台を飛び出した。目前には死びとの兵四名が待ち構えている。矢が刺さったままだったが、かれらには何ひとつ効いていなかった。

「オオォォ────────────ッ!!」

 刃渡り二メートルの豪剣が水平に振り抜かれたと同時に、衛兵たちの上下半身が両断された。だが、それだけでは終わらなかった。上半身が宙を舞っているところで、次の斬撃が、さらにはその次の斬撃までもが繰り出されたのだ。死びとの体はバラバラになって文字通り粉砕され、血糊とともに地面に転がり落ちた。まさに“大虐殺”だった。

「ヒエ~~ッ」

 後から到着した馬車の御者トラスニックが驚嘆の声を上げた。

 ここから想定された恐怖が始まった。バラバラの死体が蠢きつつ、再生を図り出したのだ。

 しかしそれにもすぐに終止符が打たれた。ラフィーが連弩で肉片をまるでピン止めのごとく地面に打ち据えたのだ。これでは死びとの兵も再生できない。

「こりゃ、すごい!」

 馬車から降りたバルコスキは「超人」二人の偉業にただただ唖然とするばかりだった。


 ドーラがフューネラー社の門をギギッと開いた。騒ぎを聞きつけた葬儀担当の男たち数名が表に現れたが、返り血を浴びて真っ赤に染まった甲冑を着る“巨人”の登場に肝をつぶした。

「ここにいるのが全員か」

 リックが尋ねると男たちは無言で首を縦に振った。

「よし、建物の中を案内しろ。素直に言うことを聞けば命は取らない」

 男たちは一も二もなく従った。


 平屋の建物をしばらく進むと以前バルコスキが見取り図を作ったとおり、女中たちの仕事部屋が見えてきた。

「おまえたちが開けろ」

 リックの命令に男たちは何ひとつ異議を唱えなかった。ノックの後、男たち、続いて“侵入者”の一団が部屋に入った。

 そこでは一〇名ほどの女中たちが裁縫、清掃、給仕など、各々忙しそうに働いていた。リックにとってその光景は大公宮殿の一室と何も変わらない平和な日常そのものであった。だが、ここは捕らえられた女たちにとっての墓場、欲望の前線基地なのだ。

「今日を以って、おまえたちの仕事は終わりを告げる。マグナー・ホルギンの呪縛から逃れるがいい」

 リックがそう告げると、女中たちは銘々に顔を見合わせた。

 リーダー格と思しき二〇代後半ぐらいの女がリックに近づいてきた。

「あなた方がだれかはお聞きいたしません。わたしたち自身、ここで働くことに疑問を感じていたのも事実です。同じ女として、地下に監禁された彼女たちの境遇には同情を禁じえませんでした。どうかあのひとたちを解放してください」

 そう言って、リックに鍵束を渡した。

「あと一時間ほどで迎えの馬車がやってきます。急いでください。それから、気をつけて。この通路の先、地下牢の入り口付近には怪物が待ち構えていますので」

────死びとの兵たちのことだな。

 この部屋の監視をトラスニックに任せると、リックは他の三名とともに再び前進を開始した。

 数十メートル先に目的の扉、そしてそれを守っている死びとの兵一〇数名が見えてきた。

「あんな数で守れると思ってる。バカなやつらだね」

 ドーラが軽口を叩いた。

「各自油断するな。ここが最後の関門だ」

 リックが気の緩みを戒めた。


 最後の戦いが始まった。とはいえ、ドーラにとってそれは軽すぎる戦闘だった。屋内なので長剣が使いづらい環境下といえたが、壁ごと寸断するドーラに不都合はなにもなかった。ラフィーの的確な援護もあって戦いは短時間で終わりを迎えた。

「あ~あ、こんな歯ごたえのないやつらが相手じゃ欲求不満になっちゃうよ」

 ドーラが剣を収めたときだった。

 “それ”の気配に真っ先に気付いたのはラフィーであった。

「ドーラ、伏せてッ!」

 間一髪だった。

 巨大な刃物が体を折り曲げたドーラの頭上を通過した。

 そこに現れたのは身の丈三メートルに近い巨大な何かだった。二本足で立っているが、骨格がそもそも人間とは異なっていた。獅子、虎が後ろ脚で立ち上がっている、その表現がもっとも近かった。両手には幅広の剣らしき刃物、先端だけが両刃の斧の形状をしていた。

「なっ、なんだ、こいつは!」

 バルコスキが驚愕の形相を見せた。

「────おまえたちこそ、何者だ────」

 怪物が語りかけてきた。

────言葉が通じるのか。

 リックは一歩前に出て話しかけた。

「我々は地下牢に捕らえられた女たちを救いに来た。それ以外の目的はない」

「────ならば、ここで死ね。偉大なるわしのあるじは地下牢からなにかを盗み取ろうとする者すべてを殲滅せよと命じられたのだ────」

「偉大なるあるじ? それはマグナー・ホルギンのことか」

「────だれだ、それは? わしのあるじはただ一人────」

 それ以上語らず、怪物はリックに襲いかかってきた。

「あぶない! ジェネラル閣下」

 ドーラが怪物の刃物をアンブレイカブルで受け止めた。

「ここはあたしに任せてください。こいつを葬るのはあたしの役目」

「────ふん、人間ごときがこのわし、モストーロを倒せるとでも────」

 ついに超人対怪物の戦い、その火蓋が切られた。

 人間相手であれば無類無敵のドーラであったが、怪物モストーロは次元の異なる相手といえた。まず、そのリーチがまるで違う。二メートルの長剣でも相討ち覚悟でなければ打撃を与えられなかった。加えて筋力は人間の数十倍、たとえ素手でもたやすく人の首を引きちぎる力があった。重装甲騎兵の甲冑は防御力に優れているが、あくまでも対人戦闘が前提である。さらにモストーロが持つ武器は遠心力によって戦斧の打撃力を発揮、近接戦闘でも剣として使える恐るべき代物であった。

 事実、不敗のドーラが押し込まれていた。敵の攻撃をかわしながらでは、致命の一撃を繰り出せない。しかも相手は両刀使いなので、すぐに次の攻撃を被ってしまう。

 一方、ラフィーはドーラの背後で連弩の射撃機会を狙っていた。

────どうする? 目をねらうか。それとも心臓?

 的が大きいので確実に当てることができる。その点は心配なかったが、ラフィーにはモストーロの弱点がまったくつかめなかった。

────そもそも人間の基準で考えてよいものだろうか。

 死びとの兵を射るのに使ってしまったため、連弩の矢は残り少なくなっていた。

────考えろ。なにか妙案があるはず。

 同じ頃ドーラは勝利を得るため、ひとつの結論に達していた。

────やつの間合いに入って一撃を放ち、主導権を握る。それしかない!

 覚悟を決めた。

 モストーロの垂直斬撃をぎりぎりで回避して、胸元に飛び込んだ。体をひねって下方から見事モストーロの片腕を斬り落とした。ドーラは勝利の糸口をつかんだと確信した。

「────オオォォオウゥゥ・・・・やるなッ────」

 モストーロはうめき声を上げたが、すぐに落ちた片腕を拾い上げた。傷口同士を近づけると、それは驚異的な速さで癒着を始めたのだった。

「反魂の術!」

 ラフィーは思わず叫んでいた。

 桁違いの戦闘力に加えて、再生の力まである。“倒せない”、だれもがそう思った。しかしここで戦いをやめることなどできなかった。

週三回の更新を行います。月、水、金の予定です。

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