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エルマグニア帝国の花嫁奴隷  作者: 蔵武世 必
1/18

第一章 売り渡される花嫁

あなたのために死んでくれるヒロインはいるか?

https://ncode.syosetu.com/n5060dp/

第二部


キャラクター紹介:

ローライシュタイン大公国

大公 エリーゼ・ローライシュタイン 24歳

軍司令官ジェネラル ザイドリック・ローライシュタイン 21歳

第六師団長 アーヤ・エアリーズ 18歳

第六師団麾下 第二連隊長 ドラガーニャ・ジーヴェルト(通称ドーラ) 19歳

第六師団麾下 第三連隊長 ラフィーヌ・オークウッド(通称ラフィー) 18歳


エルマグニア帝国

元首(指導者) フォイエル・ドラス 49歳

帝国長官 レムハイル・ミルンヒック 38歳

帝国軍参謀総長 ハルツ・フェルドナー 54歳

帝国軍騎兵連隊長 ハインドラー・ミルンヒック 23歳


ベアヴォラーグ同盟

総裁 マグナー・ホルギン 45歳


既知事項としての時間表現について

 本作品においては現実世界と同様の一月~一二月、二四時間制を採用しています。これはたとえば「一五月」「三〇時」などの概念を作っても、読者に実感がわかず、無意味な混乱を招くだけだと判断したからです。


軍組織について

 この世界における国家の平均的な軍組織は国軍の麾下に軍団、以下順に師団、連隊、大隊、中隊、小隊という組織で構成されており、それぞれが凡そ三個編成で上位組織に属している。独立して行動できる最小単位は師団であり、定員は約一万名。また、将校とは小隊長から軍団長まで、および司令部の参謀を指し、指揮官として一般の兵士とは区別された存在になっている。

 大陸暦九三八年十一月一六日午前、ローライシュタイン大公国軍兵舎入口より道路上に停められた純白の八頭立て八輪馬車(通称88)まで幅二メートルに渡り、厚いシルクの布が敷かれた。それはベアヴォラーグ同盟マグナー・ホルギン総裁が花嫁に一片の汚れさえも与えてはならぬという気遣いの証であった。

 兵舎の扉が開き、そこに真っ白なウェディングドレスをまとったあかがね色の髪の少女、大公国軍第六師団長アーヤ・エアリーズが現れたとき、兵舎の外で固唾を飲んで見守っていた兵士たちから「おおうっ」というどよめきが発せられた。だが、そこにはひとつとして祝福の色がなかった。

「姫さま──────ッ!! 行かないでください!」

「なぜだ・・・・どうしてこんなことに!!」

「これは悪夢だ。我々は悪い夢を見ているだけなんだ!」

 アーヤを慕う兵士たちは次々に悲痛な叫びを上げた。


 一方、当事者であるアーヤ・エアリーズも、微塵もこの船出を喜んでいなかった。泣きはらし、真っ赤になった彼女の瞳が全てを物語っていた。

 それでもアーヤはためらうことなくシルクの道を馬車に向かって歩き出した。その距離おおよそ百メートル。道路側ではローライシュタイン大公国の市民たちが総出で十重二十重に兵舎の周囲を取り囲んでいた。群衆の絶叫が混ぜ合わされて轟音のような響きとなり、周辺の空気をビリビリと震わせた。かれらはこのありえない婚姻に対して、口々に非難の声を上げた。

「アーヤはこの国の宝物だ。それをみすみす帝国側に差し出すというのか!」

「これが人身御供以外の何だと言うのか。我々はアーヤを犠牲にして生き延びるつもりはない!」

「こんなことが和平条件に含まれるなど前代未聞だ。マグナー・ホルギンは恥を知れ!」

 騒然とした空気が流れる中、一人の老人が絶望のまなざしで絞り出すように語った。

「・・・なんと美しく、そしてはかなげな姿か。アーヤはこの国を救ったにもかかわらず、この国は恩を仇で返すようにアーヤを彼の国へ売り渡した・・・。もうおしまいじゃ、この国も、大公家も・・・」


 兵士、市民、双方の強烈な怒号が飛び交うところ、アーヤは悲しみの表情をたたえながらも気丈に歩を進めた。

 アーヤがまとうウェディングドレスは特別にあつらえたもので、彼女の大きな胸をことさら強調するように胸元と背中が大胆にカットされた扇情的なデザインが施されていた。マグナー・ホルギンの好みに他ならなかった。

 アーヤの後方をベアヴォラーグ同盟より派遣された四名の女官が随行した。彼女らは当日早朝に大公国首都シュタインズベルクへ到着してから、即アーヤの身の回りに付き添い、花嫁が旅立つ準備を開始したのであった。四名の女官のリーダー格であるフローリスはこの歓迎されざる旅路に複雑な思いを抱いた。

────これは結婚なんかじゃない。略奪だ。アーヤさんの悲嘆は察して余りある。それでも・・・・わたしは命ぜられた女官の仕事を全うしなければならない・・・。


────なぜこんな状況に至ったのだろう。

 アーヤは自問した。この数週間の出来事はアーヤの一八年の生涯において最大級の衝撃をもって伝わってきた。


 大陸暦九三八年十一月七日午後、ローライシュタイン大公の居城イーグルライズに召喚されたアーヤはそこでエルマグニア帝国と大公国との和平交渉における重要局面に臨席したのだった。

 ローライシュタイン大公国は元々エルマグニア連邦を構成する五カ国の一つだったが、新しく連邦元首に選出されたフォイエル・ドラスが帝国樹立を宣言したことから内紛が始まり、それは徐々にエスカレートして最後には内戦に発展した。

 帝国軍の総攻撃を両国間の戦略的要衝ダーグナスリイトで迎え撃った大公国軍第六師団は二週間にも及ぶ包囲戦に耐えて、ついに帝国軍を退けたのだった。これが契機となり、両国間に和平の機運が生まれた。


 会議室のテーブルにつくのはエリーゼ・ローライシュタイン大公、その実弟ザイドリック・ローライシュタイン軍司令官、そして対面側には今回の交渉でエルマグニア帝国の交渉代表を務めるベアヴォラーグ同盟マグナー・ホルギン総裁が薄笑いを浮かべながら座っていた。

 贅沢三昧に過ごしているためか、ブクブクに太ったその体は帝国軍の将軍用制服をまとっていたが、標準仕様を無視して純金のモールが全体に取り付けられているため、もはや制服というより成金の私服と化していた。

 アーヤが会議室に入ってくるや、ホルギンは飛び上がらんばかりに立ち上がり、ずかずかと近寄ってきた。一七八センチの体を少しかがめて脂ぎったテカテカの顔を近づけると値踏みするかのごとく、アーヤの瞳、鼻筋、唇、その他の部位を順に何度も往復して眺めた。決して短い時間ではなかった。まるで品物のように扱われて、アーヤは屈辱のあまりギュッとこぶしを握った。

 “獲物”の震えるさまに興奮したのか、ホルギンはますます図に乗り、アーヤの髪の匂いをクンクン嗅ぐと涎を垂らさんばかりに口元をほころばせた。それから今度は大きくふくらんだ胸に興味を移し、平服を透視する勢いでジロジロと凝視した。

 これには堪らず、アーヤは胸元を両腕で覆い、体を傾けて、この異様な品定めを避けようと試みた。

 ここでホルギンは納得したのか、感嘆のことばを漏らした。

「すばらしい! いまや帝国において伝説と化した“ダーグナスリイトの戦姫”、わしは直に出会うまで筋骨逞しい男顔負けの女戦士を予想していたのだが、実物はなんと可憐なことか。

 実のところ、ここに来るまで帝国内で噂になるほどの騎士だとは想像していなかった。噂には尾ひれがつくもの。“ダーグナスリイトの戦姫”という仇名とて、戦場で相まみえた兵士が見た幻影から生じたものかもしれぬ。兵士たちの中には彼女を雲衝く女傑などと言う者もいた。だが、結果的にわしの調査が正しかったというわけだ」

 一息ついたのち、ホルギンは暗記した内容をそらんじた。

「アーヤ・エアリーズ、一八歳、女、あかがね色の髪、碧眼、身長一六四センチ、体重五四キロ、シュタインズベルク士官学校を首席で卒業、現在ローライシュタイン大公国第六師団長」

 まるで軍の記録表を見てきたかのごとき正確さだった。

 一連の動作を見守っていたザイドリックだったが、度が過ぎると感じたのだろう、ここで制止の声を発した。

「マグナー・ホルギン総裁閣下、あなたがアーヤ・エアリーズを呼んでもらいたいと言うので、我々はその願いを聞き届けました。ですが、あなたがアーヤを凝視することと和平交渉に何の関連があるのでしょうか。我々は実のある交渉を行いたい。師団長は退席させますが、それでよろしいでしょうか?」

「ああ~ん?」

 とたんにホルギンは不機嫌な表情を見せた。

「ザイドリックくん、君はなにか大きな勘違いをしてないか。わしは願ったのではない。命令したのだよ。アーヤ・エアリーズ第六師団長をこの場に連れてこいと────」

 ザイドリックの額に冷たい汗が流れた。

────この男はなにをねらっているのか。

 ホルギンは続けた。

「今回のエルマグニア南北戦争を和平協定締結によって終わらせるためには帝国元首フォイエル・ドラスに対して影響力を行使できるこのわしの尽力が不可欠だ。それはすでに語ったとおりだな。ドラス元首が直筆で署名した和平条件提案書も見せた。そこにはベアヴォラーグ同盟マグナー・ホルギン総裁を帝国側の交渉代表に任命すると記されておる。すなわち、貴殿らにはわしが指し示す条件を拒否する権利などないのだ」

 尊大な口調で語りつつ、ホルギンはアーヤの周囲を一周し、その柳腰、ふくよかな臀部に視線を動かして下卑た笑みを浮かべた。

 背後からそっとアーヤに近づき、その耳元でささやいた。

「おまえは処女か?」

 そのあまりにも非常識極まる質問にアーヤは仰天し、振り返ってキッと相手を見据えた。

 だが、ホルギンは動じない。優越感に浸りながら、答えを待っているようすだった。

 ここでアーヤは会議室までの案内役を務めた初老の大公国執事長アルベルト・シベリウスから手渡されたメモ書きの内容を思い出した。ザイドリックの字だった。

「現在、帝国側の交渉代表マグナー・ホルギン総裁と交渉中。総裁の要望でアーヤに臨席してもらうことになった。総裁の意向にはできうる限り応えてもらいたい」

 ザイドリックから指示を与えられたのは確かだが、それはこんな質問にまで答える義務を課せられるのだろうか。まったく想定していなかった事態に直面し、アーヤは逡巡したが、まもなく奥歯をかみしめながら「・・・・はい」と答えた。

 その答えを待っていたのか、ホルギンは歯をむき出しにして笑い、満足げに何度もうなずいた。

「よろしい。要件は満たされた。では、最終的な交渉条件を示そう。ローライシュタイン大公国は提案書に記された四条件を受諾し、同時に仲介役を務めるわしの条件も受け容れる。その条件とはここにいるアーヤ・エアリーズをわしの花嫁として送り出すということだ」

 エリーゼ、ザイドリック、アーヤ、三名が同時に驚愕の表情を見せた。とくにアーヤの驚きは驚天動地ともいうべきものであった。

────国家間の和平交渉になぜわたしの身が・・・。

 狼狽しながらアーヤはすがるような目でザイドリックとエリーゼの側を見た。さすがにこの条件付けはザイドリックの許容範囲を超えていた。

「総裁閣下、言わせていただきます。ドラス元首の提案書にそのような条項はありません。あなたの個人的な願望と国家間の交渉事を混同しないでいただきたい」

「んっ? きみは自分の立場を分かっているのかね。ローライシュタイン大公国のような小国がエルマグニア帝国と対等の交渉をできるとでも? 帝国内最大の国家であるベアヴォラーグ同盟の総裁たるこのわしが仲介するから、交渉可能なのだ。いやなら、交渉を取りやめればいい。フフフ・・・・数ヵ月後には捕虜となった女騎士を苦もなくモノにできる」

「もしもそうなったのなら、わたしは死を選びます。決してあなたの言いなりにはなりません」

 アーヤが口をはさんだ。

 ザイドリックが視点を変えて反論した。

「総裁閣下、たしかあなたは既婚者のはず。元首選挙会議であなたに帯同した女騎士サイファーナ・シュマイゼンは“妻”と語っていました」

 奇妙な沈黙があった。ザイドリックは怪訝に感じた。

「・・・・う、うるさい! 妻を何人持とうと貴殿が口をさしはさむ問題ではない!」

 ホルギンは目を見開き、大声で反駁した。荒い息をついていた。

「・・・わしを怒らせれば、損をするのは貴殿らだぞ。国を治める身であれば、よく考えることだ」

「リック、自重して────」

 エリーゼが立ち上がりかけたザイドリックをいさめた。

 突然降りかかった身の不幸に戦慄したアーヤだったが、こればかりは異議を唱えないわけにはいかなかった。

「和平交渉の条件にわたしの去就が付け加えられるなど納得できません」

「ふふん、世の中には理不尽なことなどいくらでもある」

 少しだけ落ち着いたホルギンは当然といわんばかりに続けた。

「わしがそれを望む。十分すぎる説明ではないか。噂に名高い“ダーグナスリイトの戦姫”、一八歳の乙女、それに・・・体も魅力的だ。ならばこそ、帝国第二の実力者であるこのわしにふさわしいというもの」

 権力を笠に着た醜悪な男の口ぶりにアーヤは心底嫌悪感を覚えた。こんな男の思い通りになるなど考えたくもなかった。

 「ホルギン総裁閣下、ご提案をお聞きいたしました。検討に時間を要するので、即答はご容赦ください」

 大公エリーゼの声だった。この場で議論を続けても堂々巡りになることは明白であり、一旦議論を打ち切ったのは賢明な選択だったのかもしれない。

「うむ、いいだろう。では明日のこの時間に再訪することとしよう。よき返事を聞かせてもらえると期待している」

 ホルギンは舐め回すかのごとくアーヤの肢体を視姦し、それからいきなりお尻をわしづかみにした。

「ヒァッ!」

 思わずアーヤは悲鳴を発した。

「クククク・・・ 嬌声も魅力的だな。この先が楽しみだ」

 下品極まる態度でそう告げると、悠然と会議室を後にした。呆然と見送ったエリーゼ、ザイドリック、アーヤには重い宿題が残された。

挿絵(By みてみん)

週三回の更新を行います。月、水、金の予定です。

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