MEAN OLD WORLD
気が付くと、コトが俺の眉間に銃を突き付けていた。
ああ。ついにその時がきてしまったのか。
コトは何か言ったが、俺は聞き取れなかった。
引き金を引く音がした。
しかし、俺は死ななかった。
いや、引き金を引く音ではない。これは……、
ああ、これは。
パチン!
目を覚ますと、不機嫌そうなコトの目が俺を見下ろしていた。
「三回だ」
「え?」
「起きるまでに、私は三回も指を鳴らした。訓練が足りないな」
「無茶言うなよ。コトのような訓練を受けてきたわけじゃないんだから……」
「ヤられた後に同じ言い訳をするんだな。そん時は私がヤってやる」
「あれ? コト、なんか、怒ってる?」
「別に!」
コトはくるりと身を翻し、ツカツカとコンバットブーツの踵を鳴らし去っていった。
ロニーの正午の放送がはじまった。
「グッドイブニーング! エブリワン! さあ、突然だが、ビッグ・ニュースが飛び込んできた。では、聞いてくれ。今から、リアルタイムの放送に繋ぐぜ!」
それはFM放送だった。不定期に放送されるそれは、市谷にある防衛省に立て籠もった生存者達が行っているらしい。
それによると、ある一派がアメリカからの大量のガソリンと軽油の運搬に成功し、明日の正午に都内で配給を行うという内容だった。
緊急ミーティングが開かれた。
もちろん、地下一階、生鮮食品レジ前に置かれたダイニングテーブルでだ。
なぜこの場所にダイニングテーブルが置かれているかというと、このコミュニティの設立当時、食事は商品棚に並んでいるものを好き勝手に取ってきて食べていた。
なので、食事の場所は自然と地下一階だったのだ。商品棚がずいぶん寂しくなってからも、皆が集まる時はここという慣習は、その頃の名残りだ。
今回は、滞在中の黒宮さんも参加した。
「で、配給の場所は? 遠いんか?」山の旦那が聞いてきた。
どうやら、屋上の菜園で農作業に没頭していたようで、ロニーの放送を聞いていなかったらしい。
「お台場だそうです」
俺は答えた。
「お台場? なんだって”新世界派”の連中の巣窟で?」山の旦那は目を見開いた。
コトは腕を組んで、険しい表情で何か考え込んでいた。
「なんかあんだろ? 政治的っつうの? なんか、そういう企みがあるんじゃねーの?」
ロニーは行儀悪く組んだ両足をテーブルに乗せて言った。
「バーカ! 語彙力なさすぎだわ」
黒宮さんがロニーに言った。
「うっせ! そんなもんだろ? 世の中……」
確かに、世の中、残念なことに、……ロニーの言う通り、そんなもんだ。
バカでもわかる。
人類再建派が、新世界派の本拠地で配給を行う。
これはどうにもキナ臭い。
新世界派というのは、人類再建派と勢力を二分する一大派閥だ。
それは、研究者、医師、医療従事者……つまりは医学界の人間が中心となり設立された一派だった。
彼らは、もっぱら、ゾンビの研究をしている。
目指すは感染者の完治……と、最初は思われてはいたが、どうやらそうではないらしい。
彼らは、新種の寄生型微生物、”ニホン・プレハスナ・センチュウ”が、宿主を乗っ取る時に作り出す、模擬神経ともいえる触手に注目した。それは、人間が生まれながらに持っている神経より、ずっと伝達効率の高いモノだった。
つまりは、それを研究解明し、”ニホン・プレハスナ・センチュウ”の能力の一部を取り込むことができれば、人類は生物としての新たなステージに登れるというのだ。
かつて、単細胞生物しか地球上に存在していなかった頃、ミトコンドリアという他の生物と、繁殖という利害を一致させ、細胞内に取り込んだその歴史を、また再現しようとしているとか……。正直、よくわからんが。
とにかく、ゾンビは徹底的に駆逐する。という信念を持っている人類再建派との折は悪い。言うなれば、犬猿の仲だ。
それなのに今回の件。どうにも迂闊には動けない。
しかし、
「俺が行きます」
そう言った。
「行く必要があるのか?」コトが聞いてきた。
「地下のタンクに蓄えは充分ある。だけど、次の配給がいつになるかわからない状況で、なるべくなら、多くあった方がいい」
「ふむ。懸命だと思う。しかし、リスクも高い。なにせ、移動距離が長すぎる」山の旦那が低い声で言った。
「黒宮さん。お台場へは?」こういう時、頼りになるのは彼女だ。
「何度か……。だけど、中央道を使ってだ。あそこはバイクなら通れるが、車では無理だ」
それは聞いたことがあった。
乗り捨てられ、渋滞をおこしたままの廃車がずらっと並んでいるのだと。
「じゃあ、下道か」タイタンが言った。そして、「ちょっと、発電機使うよ」
発電機を作動させ、タイタンはノートパソコンを繋いだ。自作のアプリを立ち上げると、強い雨が降りしきるようなテンポで、キーを叩きだした。
「ふん。青梅街道から環七へ、そこから大井町まで南下して、海底トンネルを使って城南島経由で行けるよ」
「ああ、確かにそうだ。そのルートなら軽自動車なら通れる、かもしれない」黒宮さんが目を見開いた。
「かもしれない……じゃなくて、確実だよ」タイタンはちょっと不機嫌そうに言った。
「どうやったんですか?」俺は念のため聞いてみた。
「君の愛車、その車幅が通り抜けられるルートを検索しただけだよ。こんなこともあろうかと、衛星画像をダウンロードして、君の愛車が通れるルートを判定するアプリを作っておいたんだ。簡単なことだよ」
「さすが、天才は違う!」俺は思わず叫んだ。
タイタンは何も言わず、まんざらでもない笑みを浮かべていた。
「私も行こう。再建派の人間もかなり集まりそうだ。情報交換しておきたい」
コトが強い意志を感じさせる言葉を放った。
「おーっし、そんじゃ、俺もいくわぁ」
そう言ったのは意外なことに、ロニーだった。
「最近退屈だしよ。もしかしたら、ビールも手に入るかもしれねーしな」
これで、遠征のメンバーは決まった。
俺の愛車に三人が乗り込み。黒宮さんはバイクで。
向かうはお台場。新世界派の本拠地だ。