ALL ALONG THE WATCHTOWER
朝焼けを見るのは好きだ。
それに気づいたのは、ここ何年かだ。厳密には、世界が終ってここでの生活がはじまってからだ。
日が沈んでいる間はゾンビの活性が高い。しかし、朝日が顔を出す頃になると、暗がりを求めて、ヤツらはどこかへ去ってゆく。
時々、昨日のように日がある中をうろうろと動き回る”ノラ”もいるが、大して脅威にはならない。
面倒なのは、群棲だ。
ついさっきまで、この店は群棲に取り囲まれていたのだが、あまり攻撃的ではない群棲だったようで、突破を試みてくることはなかった。
夜勤の役割は、ヤツらの見張りだ。必要な事態が起きれば、皆に知らせ、攻撃準備に入る。まあ、滅多にあることではないのだが……。
それでも、油断をすれば、コミュニティは壊滅する。いつぞやの外出の際に、油断をしてしまったであろう、全滅したコミュニティをいくつか見たことがある。
その一つは、ここから程近い、元は小学校であった場所だった。背の小さなヤツらを殺しまくったわけだが、あれはまあ、気分のよいものではなかった。
日が昇りきったので、俺は見張塔の梯子を下りた。それは屋上に建てられていて、もちろん山の旦那さんが作ったものだ。鉄骨を組んで、スライダーという梯子を固定させた、火乃見櫓のようなものだ。
あの人に作れないものはあるのだろうか?
梯子から降りると、塗装の剥げたベンチに座る、優美な後ろ姿を見つけた。
俺は、彼女に近づく。
「何してるんですか?」
「……うん? 景色を眺めてる……」
上気した顔で、黒宮さんが答えた。片手には赤ワインのボトルを持っている。
「ずっと飲んでたんですか?」
「ああ、まぁな。……お前が飲めないのは可哀想だと思って。夜勤終るの、待っててやったんだよ」
ヒック、と言いながら。黒宮さんは振り返った。朝焼けがうつる瞳は、やはり猫のようだった。
「……じゃあ、しかたありませんね。お付き合いして、さしあげます」
「ああ? バカ! そういう時は、ありがとうございます、だろ?」
何も答えず、俺は黒宮さんからマグカップを受け取り、ワインを注いでもらった。
特に何も言わず、雑に乾杯をする。彼女はボトルから直接飲んでいるようだ。
俺は、黒宮さんの隣に座った。
二人で、荒廃した街を眺める。
霞がかる、遠くの山影を写す空が朱色に焼けてゆくのがよく見えた。
ああ。こんな酒も悪くない。
「おい。お前さ……」唐突に、黒宮さんが言った。「私に嘘ついたろ?」
なんのことだろう?
それを聞く前に、
「お前! コトちゃんとそういう関係になったって私に言ったよな?!」
そういえば、黒宮さんの勝手な勘違いを放置したままだった。
「言ってませんよ」
「いいや言った! ヤリまくってるって!」
「ゾンビどもを、殺りまくってると……」
一拍あけて、
「はああああ?」
黒宮さんが盛大に素っ頓狂な声を上げた。
「お前、わざと私が勘違いするような言い方をしただろ?! コトちゃんに変な顔されちゃったじゃねーか!」
「それはすみません。まあ、気にしないで下さい……。大丈夫だと思いますよ。たぶん」
ああ、それはまずってしまった。後でどう言い訳をしようか。
「ふん! ……でも、まあ。今夜はコトちゃんも楽しそうだったし、まあ、いいか……」
「もしかして、あいつに結構飲ませました?」
「うん、まあ、せっかく珍しい梅酒が手に入ったから。コトちゃん、梅酒なら好きだって言ってたし」
「で、もしかして。”人類再建の同志よ!”って抱きつかれたりしました?」
「あら? なんで知ってるの?」
ふー。と俺は思わずため息をついた。
「コトの”絡み酒”といえば、ここの名物ですよ。まあでも、黒宮さんとは相性よさそうですね」
「酒癖が悪い同士、って意味か?!」
酔ってる割には皮肉がちゃんと通じてしまった。
「まあ、でも。黒宮さんには感謝してます。……ここに来た頃は、あいつ、なんだかずっと張りつめていて……、いや、思い詰めている、と言ったほうが正しいのかな」
「私も、二人に感謝してるわよ! 私を助けてくれて。あの時……悪者の巣窟にたった二人で踏み込んできて……、まるでヒーローみたいだった」
「そんな……、ヒーローなんて」
「おっ! 照れてるな? なにさ、カワイイとこあんじゃなーい?」
いきなり、隣に座る黒宮さんが、俺の首に腕を回してきた。そして乱暴に俺の頭を抱きかかえる。
「何するんですか?! ちょっと黒宮さん!」
こめかみ辺りに、豊満な膨らみの感触が……。理性と、黒宮さんの腕力とが拮抗する最中、一応抵抗をする。
「もし、コトちゃんとうまくいかなかったら、私でもいいんだからね……」
秘密を打ち明けるような小さな声だった。
「さて! ひと眠りするかな!」
黒宮さんは、何事もなかったかのように立ち上がり、大きな伸びをした。
紺色の空に向かい大きく、大きく腕を伸ばして。
俺は、慣れないワインのせいか、顔が熱くてしかたがなかった。