kill me baby
自分は眠っているのだろうか?
いや、眠っていない。
薄暗い宿直室の天井が見える。
そこには、ゴキブリが何匹か這いまわっている。
起きようとしたが、体が動かない。
あれ?
どうした?
誰かが宿直室のドアを開けて入ってくる音がした。
それより、俺は天井を這いまわるゴキブリが気になって仕方がなかった。
頼むから、顔に落ちてくるなんてことはやめてくれ。
入ってきたのは、梨元くんだった。
何故か、梨元くんの右目には真っ黒な穴が開いていて、そこからゴキブリが一匹這い出してきた。
俺は、簡素なベッドに仰向けで横たわり、そのゾンビの顔を見る。
「なあ、なぜ、俺を撃った?」
梨元くんが聞いてきた。
”しかたがなかった”
俺は声を発したつもりだった。
「しかたがなかった? 違うだろ? 俺を殺したかったんだろ?」
”そんな”
「そんで、美琴を俺から奪いたかった。そうだろ?」
”梨元くん。なんで……、なんで生きているの?”
「質問に答えろ。美琴が欲しかったから、俺を殺したんだろ?」
”違う! 美琴に、あんなになった梨元くんを見せたくなかった! だから俺は!”
「違うよ。そのことじゃない。その……」
ああ、やめてくれ。”そのこと”はもう、なかったことにしたいんだ。
「マサムネ!」
エコーのように反響したその声は、俺を意識の底に溜まる粘着質なタールから救い上げた。
「マサムネ!!」
俺の名を呼ぶ。
その声の主は、コトだった。
「コ……ト……。梨元は……?」
コトは、ぐっと喉を鳴らした。そして、
「寝ぼけてるのか? お前、わかるか? うなされていたぞ」
俺は天井をぼんやりと見た。
ああ、そうか。
所々にあるシミが、ゴキブリに見えなくもない。
そして、いつになく心配そうなコトの顔。
「ああ、大丈夫。おかしな夢を見た」
俺はそう言った。
「感染したのならそう言え、大丈夫。安心しろ、苦しまずに”処置”してやる。私がな……」
事務的な言い方だったが、なんだか俺は、すごく嬉しかった。
コトに殺される。
それはいい。
俺に殺されたヤクザ屋さんも、梨元くんも、俺の中に生涯枯れることのない根を張った。
ならば、コトの中にも、俺の根が残るだろう。
一生涯枯れることのない俺が。
彼女と共に生きるのだろう。
うん、悪くない。