NOWHERE MAN
運び屋の黒宮さん。女性にして身長百七十七センチ。ロングの黒髪と、抜群なプロポーションの持ち主。
彼女は、以前、バイク便のライダーだった。いや、今もそうか……。
黒宮さんは、各地をバイクで走り回り、物資を運び、情報を売り買いし、生計を立てている。
売り買いと言っても。この世界に通貨はほとんど意味を成さなくなった。大抵は物々交換だ。
一部、地下のシェルターに潜った富裕層は円やドル、金にプラチナを後生大事に保管しているらしいが、人類再建がいつになるやもわからないこの状況で、まあ酔狂なことだと思う。
黒宮さんは、特定のコミュニティには所属しておらず、その日その日を、辿り着いたコミュニティやシェルターで寝泊まりしているらしい。
ただ、その能力と美貌のためか、彼女を我が物としようとする不届き者も、若干存在する。
一度、コトと俺で、そんな不届き者がリーダーを務めるコミュニティを壊滅させたことがある。
それは、廃工場を拠点にした、十人規模の小さなコミュニティだったが、そのクズ野郎が支配するそこは、まさに徒党だった。奪い、犯し、殺す。
残念なことだが、そういう畜生も、この世界には存在している。
だが、それは一部の例外であって、それ以外の大多数の人々は、意外なほどに社会的、倫理的、公序良俗という概念を捨てずに、調整調和を重んじ、この週末世界を平和に暮らしているのだから、不思議なものだ。
人間の、社会的生物としての本能は甘く見れない。
そう。人類は適応しようとしているのだ。その社会性という武器を持って、この絶望しかない世界に。
たった、二千年そこらの文明が獲得した科学や医学より、比にならないほどの武器を、人間は根源的に持っていたのだ。
それを忘れてしまった連中は、ただの単細胞生物に成り下がる。侵略と強奪という、極めて原始的な生存戦略に身を任せる。
まあ、それはそれでよいではないか。
俺や、ここにいる皆に迷惑をかけなければ、好き勝手に生きて欲しいものだ。なんたって、この世界はどこまでも自由なのだから。
そう、俺に迷惑さえかけなければ……。
俺は、黒宮さんが所望したユニクロのティーシャツ四着と、ジーンズ二着、それとオークリーのサングラスを在庫から消すと、地下警備宿直室に向かった。
今夜は夜勤のため、少し眠っておきたかった。
夕方から、黒宮さんを交えて、皆で酒盛りをするらしい。参加できないのは少し寂しいが、決まりなので仕方がない。それに、黒宮さんは何日か滞在すると言ってたし、まあまず間違いなく何日かは晩酌に付き合わされるだろう。