Crosstown Traffic
炎天下の駐車場に、来客者のクラクションが鳴り響いた。
脚立に上り、バリケードの向こうにいるその人物に手旗を振っているのはコトだ。
俺は地下一階のシャッターを開けるため、非常用クランクを回す。久々の肉体労働だ。
まだシャッターが完全に開け切らないうちに、地下スロープにエンジン音が響く。
そこに滑り込んできたのは、ホンダの二百五十ccのバイクだった。
すぐにシャッターを閉める。なかなかの重労働だ。
「おつかれさまです!」
俺は、そのライダーに駆け寄った。
エンジンを切り、ヘルメットを脱いだ彼女は、その長い黒髪を振り乱した。
「よう。久しぶり!」
そう言ったのは、運び屋の黒宮さんだ。
「元気してた? コトちゃんとはどうなのよ? もうヤっちゃった?」
思春期の男子のような発言だ。
「まぁ、殺りまくってますよ。二人で……」
「そっかー。若いうちは歯止めがきかないからなぁ、まあ、いいことだ。その調子でバンバン子孫を増やすといいぞ! 人類再建のためだ」
勝手に誤解をしてくれた黒宮さんは、バイクの後部座席に付けられた赤い荷箱を開ける。
そこから取り出したのは、鶏卵の紙パックだった。
「びっくりしたか? ご注文の品だ」
「え? 本当にこれは、ビックリです。卵が手に入ったんですか?」
俺は渡されたそれをまじまじと見た。
「おうよ! 相模原で、農地を残したままシェルター化したコミュニティがあるんだが、そこが鶏を飼ってる」
それは驚きだ。そのような情報は持っていない。
「規模は?」
有益な情報になりそうなので、俺は知っておきたかった。
「老夫婦が一組と、若い男が一人。……といっても、若い男はその老夫婦の子でも孫でもないそうだ」
まぁ、それはよくあることだ。不思議はない。
この世界では家族という単位は重要ではない。重要なのは、共に生き残る為に力を合わせる同志達だ。
「お代はいかがしましょう?」
俺は卵とその情報に対する対価を聞いた。
「また好きに取ってくよ。夏服を何着か欲しい。……それと今回は、ちょっと滞在していきたいんだけど、いい?」
黒宮さんは懐っこい猫のような眼をした。
「どうぞ! いくらでも。山の奥さんと、……コトも喜びます!」
「ええ? コトちゃんが? 私がどんな土産話を披露しても、いっつもムスっとしてるけど……」
「あれはあれで楽しんでるんですよ。表情が乏しいだけです。いつだったか、お酒を飲んでる時の黒宮さんほど、楽しい人はいないって、言ってたんですよ。ここだけの話」
それは事実だった。
その時、直接伝えたら喜ぶと思うよ、とコトに言ったら、いや……いい。と、軽く返された。
「なんだか解せないけど、まあいいや……。とりあえず、シャワー借りられる?」
「それなら、また屋上のを使って下さい」
それは、山の旦那さんが作ってくれたシャワーブースのことだった。鉄柱に吊るしてあるドラム缶からシャワーノズルが伸びているという、簡単なものだが、これがなかなか優れものだ。充分な水圧があるし、天気の良い日中に使えば、割とちょうどよい心地の水温になっている。
おそらく、この世界に存在する中で、もっとも文明的なシャワーだと思われる。
「ありがたい。……だけど。覗くんじゃねーぞ!」
俺は、どう言い返せばいいのだろうかわからなくて、とりあえず苦笑いをしてみた。