ドーン・オブ・ザ・デッド
この世界は、今や、ゾンビだらけになった。
そう、ゾンビ。
あの、映画やゲームでお馴染みの、あのゾンビだ。
信じられないことだが……。
しかし、死者が蘇るとか、そういうオカルトじみた現象ではない。ちゃんと、現代の医学だか科学で解明できた、れっきとした感染症だったのだ。
この感染症が最初に確認されたのは、日本だった。
東京在住の、二十代の無職の女性。
ネットカフェに寝泊まりし、その日暮らしの為の日当は、大手企業のサラリーマンより割のいいものだったらしい。
そう。彼女は”ワリキリ”と言われる、ネット上で客を探す売春を生業にしていたらしい。
それが、感染者を爆発的に増やす要因だった。
”ニホン・プレハスナ・センチュウ”。学者がつけた名だ。
それは、細菌と昆虫のちょうど中間のサイズだったらしい。
一説には細菌、一説には寄生虫。
そんなわけで、研究者達は日夜討論を繰り返した。それはいい見世物にもなった。その模様は四六時中テレビやネットで垂れ流された。
とにかく、この微生物は、人間の体に寄生すると、まっしぐらに脳へ向かう。そして、宿主である人物の精神にコンタクトをとる。
その際に使われるのが、快感物質と言われる、ドーパミンだとか、βエンドルフィンとかいうものだ。俺は理系ではないので、詳しくは知らないが。
そして、その快感物質との引き換えに、宿主は寄生虫の意のままに操られる。
感染初期の人間が、誰もいない所で、あたかも誰かと会話をしているような独り言をつぶやいているのを目撃したのなら、それは隔離対象者だ。そうメディアが報じたのが、四年前の話。
ああ、そうか。そういえば。もう四年も経っていたのか。……世界が終ってから。
まぁ、それはいい。
とにかく、感染初期の症状は、誰かと会話をしているような独り言。次は、高熱にうなされ床に臥せる。
末期は……、
自分の意志とは関係なく、人を喰らう。
それも、科学だか医学だかが解明してくれた。
人の脳を我が物とした微生物は、次に神経系を喰らい、新たな神経に似た触手を体中に張り巡らす。
すると、心臓が止まらぬ限り、新たな宿主を探そうとする、立派なゾンビの誕生となる。
そして、この微生物の成長のメカニズムは茸にも似ているということから、若干、畑違いな学者まで討論に加わり、件の討論中継は喧々諤々となったのはいうまでもない。
普段は芸能人のスキャンダルや財政界の癒着にメスを入れるような雑誌や新聞まで、”ゾンビ・ウィルス”についての特集をし続けた。
何をかいわんや……。ウイルスではなく、微生物だというのに。
おそらく、”ゾンビ・微生物”よりも、”ゾンビ・ウイルス”の方が語感がよかったというだけだろうが、
しかし、この新種の微生物の誕生には、何らかのウイルスの作用があったという説が有力なため、解釈を拡大すればゾンビ・ウイルスで間違いはないらしい。
最終的には、”この生物は宇宙から飛来した!”と、言い出す怪しげな学者まであらわれ、連メディアはそれはそれはお祭り騒ぎだった。
最初の感染者が確認されてから、約一年で、感染者は爆発的に増えた。テレビも雑誌もネットも、”日本滅亡の序曲”、”某国の陰謀”、”ゾンビから身を守るすべ”。だの、まあ無責任な情報を流し続けた。
今となっては、そんな三文記事を書く人間たちも生き残ってはいないだろう。
閣僚たちに至ってははもっとお粗末だった。感染者に対する人道的配慮と、超法規的処置との板挟みになっているうちに、割とあっけなく政府が崩壊した。超法規的処置というのは、つまりは感染者は殺してしまえ、ということだ。
そうこうしているうちに、とっくにその微生物は海を渡っていた。不思議なことではない、飛行機もあれば船もある。
その後の一年は割とあっという間だった。
俺たちは思い知らされた。人間の文化文明というものが如何に脆弱であったかを……。
ソレは、科学や医学といった、人類がその歴史の中で獲得し、全幅の信頼を預けていた武器でさえも太刀打ちできない敵だったのだ。
そうして、世界は終わった。
文化文明を捨て、生き残った者たちは石器時代のような生活に戻っていった。
我々もそうだ。
こうして、巨大なショッピング・モールに立てこもり、堅牢なバリケードを施した箱舟で生活をしている。
そういえば、大昔の映画で、この状況とまったく同じ設定のゾンビ映画があったと思う。
まあ、信じられない話だが。俺たちはこうして、古い映画の中のような生活を続け、もう三年近くなる。
と、そんな絶望しかないような世界だが。
実は、俺は割とこの世界を気に入っている。
もちろん、そんなことは決して誰にも言えないが……。