メソポタミアロンリー
どうしても抜けられないスクラップ地帯があったので、少しだけ青梅街道から外れて住宅街の迂回路を取った時だった。
ひっそりとした雰囲気のコンビニをみつけた。
寄ってみようと言い出したのはロニーだった。
おそらくビールがあるかもしれないと考えたのだろう。
だが、俺もコトも反対はしなかった。
クラクションを鳴らし、前を走るバイクの黒宮さんに伝える。
「おいおい、こりゃあ……」
ロニーは入り口のドアを見て呟いた。
「どうやら、誰かいるみたいだな」
黒宮さんが答えた。
入口を含む、ガラス張りであったはずのすべてが、三重にも四重にもフェンスで塞がれている。見れば所々溶接で補強した部分もあるの。そう、どうやらここは、コミュニティのようだ。
「こんな小さな店で?」
コトは呟いた。
「まあ、ちょっと挨拶だけでもしてみよう。もしかしたら、何か取引きできるかもしれないし」
俺はそう言って、
「すみませーん! こんにちはぁー! どなたかいらっしゃいますかー?」
店の中に向かって叫んでみた。
すると、折り重なるフェンスの向こう、店内の奥の方から小さな影がゆらゆらとこちらへ向かってくるのが見えた。
感染者?
俺は思わず一歩後ずさる。
「盗賊じゃなさそうだねぇ」
しゃげれた声でそう言いながらフェンスの向こうにあらわれたのは、老婆だった。
「あ、あの……、こちらは商売はしていますか?」
俺は慌ててとりあえずそんなことを聞いた。
「品数は少ないが、一応、営業中だよ。ここはご覧の通り進入禁止さ……。裏に回ると梯子がある。それで二階から入りな」
俺たちは言われた通り、二階の倉庫兼寝室の窓から入り、階段を降りて店内に入った。
「はじめまして。我々は鳥越ホームズ小平店の者です。お台場の配給に向かう途中です」
俺は自分たちの所属をあかした。
「どうも、はじめまして。あたしゃこの店の……、スマイル・ストア堀之内三丁目店のオーナーだよ。お客なんて久しぶりだねぇ。まあ好きに見てってよ。大したものは残ってないけど……」
老婆は、歳の割にしゃきっとした腰を丁寧に折りお辞儀をした。
「では、遠慮なく」
俺もロニーも、なんとなくせまい店内を歩きだした。
陳列棚の商品は特に必要のないものばかり並んでいた。
何年も前の雑誌や漫画。
軍手や靴下。
ここではやはり、こんなものだろう。
「お! おい! 婆さん! なんだこりゃ?! これも売り物か?!」
ロニーが突然大声を上げたので、俺はそちらへ駆け寄る。
本来、冷蔵が必要なデザート類が並んでいるであろうはずの棚には、一本のギターが横たわっていた。
「ロニー? これは?」
「見りゃわかるだろ?! フェンダーのストラト。しかも、本物の七十年代製だ」
「ああ。そりゃ、あたしの倅んだよ。だらしなくバケモンになっちまったから、あたしが脳天叩き割ってやった。欲しけりゃ、売ってやるよ」
「お婆さん、ここに他の住人は?」
コトが質問をした。
「ご覧の通り、あたしだけだよ。まあ、老い先短いババア一人にはちょうどいい城だよ」
腰を叩きながらなんともなさげに言った。
「婆さん! これを売ってくれ! なにが欲しい? 何と交換ならいい?」
勝手に興奮したロニーが、勝手に商談に入った。
我々の貴重な資材のうち、いったい何と交換する気なのだろうか?
「……そんなら、”筒”を一丁」
「は? ツツ?」
ロニーが目を丸くした。
対して、コトはすっと目を細めた。
そして、
「自己紹介が遅れました。私は、陸上自衛隊、月村美琴一尉であります。政府崩壊後は、人類再建派に所属しています」
コトは背筋を伸ばし敬礼をした。
「厚生労働省地方厚生局、新型寄生生物対策室、緒形トヨ。今は、……ごらんのとおり、ただのババァだよ」
皆、息をのんだ。
これは驚いた。
この、自称”ただのババァ”は、1.11と呼ばれる、首都放棄の混乱の最中、自衛隊や警察官と共に前線で戦い生き残った、まさに歴戦の勇士ではないか。
「マサムネ……。車から私のAKを取ってきてくれないか」
どうやら、筒というのはライフルのことだったようだ。
頷き、俺は通用口に向かった。
「助かるよ。お嬢さんの格好を見てね、もしやと思ったんだが。……これで、もしもの時に難儀な思いをせずに済むね」
お婆さんのそんな声が背中で聞こえた。
ああ、もしかしたら、もしもの時のための、というのは自決に使うということだろうか。
ロニーは意気揚々とギターを車に積み込み、俺は緒形さんに、AK-47と予備の弾。それと一緒に野菜を少しお裾分けした。本当はもっと貰って頂きたかったのだが、食いきれないよ。と、頑なに受け取ろうとはしなかった。
コトは緒形さんに、うちのコミュニティで一緒に暮らしましょう。と、提案をしたのだが、考えておくよ。とだけ緒形さんは言った。
緒形さんは、店にあったほぼすべての煙草を俺たちにくれた。その対価はどうすればいいかを尋ねたが、それも含めて、”筒”一丁で充分なのだという。
再び走り出した車の中で、コトはポツリと、
「長生きしてほしいな」
と、言った。
「ああ」
俺もそう思った。