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MODERN TIMES

 朝、園芸用品売り場でコトと出くわした。

 水道で顔を洗おうとした時だった。

 俺は鳥越ホームズ小平店という広大な敷地を堪能するために、気まぐれに毎晩寝る場所を変えている。昨夜は一階のアウトドア用品のテントの中で寝袋に包まったので、近い水道がここだったのだ。

 コトは、迷彩柄のカーゴパンツにいつものコンバットブーツ。そして、黒いタンクトップにタクティカルベストを装備していたので、自衛隊というよりも、外国の傭兵のようだと思った。

 「おはよう」と、お互いに簡単に挨拶をして、一緒に地下一階のテーブルに向かった。

 山の奥さんは遠征に向かう四人のために、いつもより少しだけ豪華な朝食を用意してくれた。

 麦も雑穀も混じっていない白いご飯と、けんちん汁、サバの缶詰と、自家製マヨネーズを使って作ったポテトサラダだった。

 山の旦那は、屋上の菜園で採れた野菜を梱包している。

 配給の場所というのは、多くの人々が集まるので、自然発生的にちょっとしたマーケットが開かれる。

 余らせている物を、それを必要としている誰かの手に渡す。その誰かが余らせている物を、対価として受け取る。

 山の夫妻が育てた野菜も、何かの対価となるだろう。

 俺は工具売り場から、実用的と思える物をいくつか拝借した。実用とは、武器にも成り得る、という意味だ。この世界で最も価値があるのはこういうものだ。だからこそ我々のコミュニティは恵まれている。


 住宅街をクネクネと抜け、やっとのことで青梅街道に出た。

 久々のドライブだが、俺の愛車、日産のクリッパーは快調だ。

 愛車といっても、俺が金を払って買ったものではない。俺が働いていた会社から借りている車だが、おそらく返すことはないと思われるので、もう俺のものだ。

 順調に前を走る黒宮さんの背中を追い続ける。ガソリンの節約のためにエアコンは使わない。

 助手席のコトはダッシュボードに左足を乗せ、開け放たれた窓から流れ込む初夏の空気に髪を揺らしている。


 運転は俺の数少ないスキルの一つだ。

 俺は、この世界がこうなる前、ルート配送のドライバーをしていた。

 職歴二年、と、俺の人生でアルバイトも含めた最長職務経歴を更新中だったのに。割と上司や同僚とも上手くやれていたのに、どうしてか世界がダメになっちまった。

 まあ。だがダメな俺だからこそ、こんな風にダメになっちまった世界とも折り合いがとれているのかもしれない。

 そうならなければ、俺はコトと再会していなかっただろう。

 一緒に生活をするなんてことはまずなかっただろう。

 こうして、一緒にドライブに出かけることなんてなかっただろう。

 余計なのが後ろに乗っているが……。

 俺は、チラリと後ろの席を見た。


 「ロニー、大丈夫か?」


 一応気遣っておこう。 


 「快適ではないけど、まあ大丈夫だぜ」

 

 ロニーはドラム缶や野菜が詰まった段ボールの隙間に、埋め込まれるようにして座っていた。

 

 「結構。帰りは少し荷物が減るはずだし、もしかしたらビールが手に入るかもしれない。辛抱してくれ」

 「わーってるよ!」


 俺は、ポケットから煙草とライターを取り出し、火をつけた。すると、

 

 「私にもくれ」

 

 コトが手を伸ばす。

 

 「安物でよければ……」


 俺は、パッケージがくしゃくしゃになったエコーをコトに差し出した。


 「爺ちゃんが吸ってたやつだ」

 コトがポツリと言った。


 「煙草吸ってたんだ?」

 「昔の人だから、喫煙は当たり前だったろう」

 「違う、爺さんじゃなくて、お前だよ」

 「ああ……」


 コトは火をつけると、ふーっと外の風に煙を吹き流した。

 その姿は、恐ろしくサマになっていて、映画のワンシーンのように魅力的だった。


 「イラクで覚えた、……極秘派遣の時だ」

 「へぇ、自衛隊って、そんなこともやってたんだぁ」

 別段、興味のある話ではないが、そう返した。まあ、女性との会話に必要な最低限のマナーかと思う。

 

 「一般人は知らない。報道もされなかったはずだからな。……とにかく、あれは酷かった。我々のキャンプにナパームを満載したトラックが突っ込んできたんだ。それでフランス人一人と、米兵が二人、自衛隊員が三人死んだ」


 俺は、車内に流れ込む風の中に、何かが焼けるような臭いを嗅いだ気がした。

 コトは話を続ける、


 「私がドライバーを撃ち殺した。近接して、ドア抜き用のスラッグ弾を正面から三発。同僚がドアを開けたら、四等分になった小さな身体が転がり落ちてきた。……そのドライバーは少年兵だった」


 なんだか珍しく饒舌だなぁと思った。とにかく、俺は黙って聞くことにした。


 「そこにいる全員、ヘドを吐きたい気分で立ち尽くしていると、間髪入れず、波状攻撃だ。そっからは訳も分からず撃ちまくるだけ。何人殺ったかも、何人やられたかもわからない有様……。気が付くとそこは血の海。私たちの中で生き残ったのは、四十人中、たった五人だった。……救援部隊のジープの中で、三日前に会ったばかりのアメリカ兵にラッキーストライクを差し出されて言われたんだ。”これはジェームスの形見だ、あんたに惚れてたようだ”って。その後、一応、ジェームスって奴の遺体と対面させて貰ったが。よくわからなかった……。顔がなかったからな」

 

 ”人生はクローズアップでみれば悲劇だが、ロングショットでみれば喜劇だ”。そう言ったのは、チャールズ・チャップリンだ。

 ああ、確かにそうなのだなぁ。

 ジェームスというアメリカ兵の人生をロングショットでみれば、命を賭して惚れた女に煙草を教えた。というだけなわけだ。

 すまないが、ジェームス。俺の目にはあんたの人生をロングショットでしか見ることができないんだ。

 一つ言わせて欲しい。ありがとうジェームス。君の些末な人生のおかげで彼女と俺はこうして会話を楽しめている。

 できることなら俺の人生をロングショットで見せてあげたいが、それはできない。何故なら君は死んで、俺はまだ生きているからね。

 俺はコトの人生をなるべくクローズアップで、できるだけ長く、自分のモノにしたいんだよ。

 多分、君も共感できるよね? 

 だから、


 「そうか。じゃあ、この一服に、ジェームスの冥福を祈って」


 そんなことを、思わず言ってしまった。もしかしたらコトは怒るだろうか。


 「私の爺ちゃんにも……」


 コトはそう言って、大きなため息のような煙を吹き出した。

 そして、すべての喜劇役者へ……。俺は祈った。

 しかし、すべての喜劇にも、寓話にも、大切なことが一つある。


 「面白い話だった。……んで、その話の教訓はなんだ?」

 「そうだな。なんにもならないよなぁ……、だからどうしたって話だ。教訓もなければ、伏線もない。オチもなければ、結末さえない」


 俺は、フィルターが焼け始めたエコーを窓の外に捨てた。


 「まあ、結末だけはいつか、”お菓子のオマケ”みたいについてくるさ。今は、まだないだけだよ」

 「今はまだない?」

 「だって、コトはまだ、死んでないじゃないか」

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