第一章―牛の刻
目標だった周一が早速達成されない。
これで大丈夫なのかと、自分でも心配してしまいます。
それではどうぞ
さてさて、ここは山の中。一行はどうやら迷った様……。大神さんが仕事してないからね。
「さて……いつになったら山を降りれるのか……貴様、知らんか?」
「…………………………………いや、知らんな」
「嘘くさいのお」
「……………」
大神さんは悩んでいた。ここから山へ降りる道は知っている。
だが、面倒臭い。そりゃあ、あんな複雑な所へ村を作った馬鹿な先祖を恨んだ方が良いのだが。
五日。ここからなら五日で満を持して降りれる。
近道をすれば二日で降りれるが、危険だ。
しかし五日ならば食糧危機が、二日ならば大怪我、下手すりゃ死が、待っている。
さあさあどうしたものか。小娘と二人きり。男の見せ所、というモノだ。
「……ところで貴様」
「……何だ?」
小娘がふっと、急に、話しかけてきた。
「名前は何と言う?」
……知らなかったのか、と呆気に取られる。
まあ、その理由はきちんとあるのだが、それを大神さんは知る由もなく、知りたくもない。
「村人には【大神】、と呼ばれている。漢字?は【大いなる神】と書いて大神だそうだ」
自己紹介というのも生まれて初めてなので、少しは緊張したと思うが、それでもスラスラと言えた。
「大神ぃ?こんな貧弱な神がか?それは笑わせてくれるな!ハッハッハ!」
小娘は漢の様に笑った。全く、端ない。
「そうじゃ、我が貴様に名前を付けてやろう。……貴様には可愛らしい名前を付けてやろう…小太郎だ。どうだ?可愛くて良いだろう?クックック………本当愛らしくて愛おしいと思わんか?小太郎…ぷっ」
完全に犬扱いである。
「コタロー?」
「そうじゃ、貧弱な貴様にはうってつけな名前だろう?クックック…」
この小娘、先程から笑ってばかりである。
「んで、小娘。お前の名前は?」
「クックック……ん?ああ。名乗っておらんかったな。我の名前は織田信長と言う。信長様とでも呼ぶがいい」
小太郎は悩んだ。いや、正直悩まなくても良いのだが、少し見栄を張りたかった、という意味で悩んでいる。
小娘に対する呼び方で。
確か昔、村の商人に聞いたのだが、こういう娘を、時に【姫】、と呼ぶそうだ、と。
実に偏見であるが、そう呼んでやろう、そう呼ぼうと決めた。
もうどうにでもなぁれ☆という精神で行こう。
「じゃあ【姫】で」
し――――ん、と辺りが静かになった。
この様な空気に出くわした事がない小太郎でもわかる。
やっちまった。
「小太郎……貴様…我を…我を……我を【姫】、と呼んだか?」
心無しか姫の声も震えている。
さて、小太郎はどう対応するのか。こりゃ見物で。
「ああ。【姫】、と呼んだが?」
小太郎はちょっと、というか、何だか、というか、……とりあえず少し弄ってやろうという気持ちになった。
「……よ、呼び直すならい、今の内だぞ?」
本当に声が震えている。しかし、少し嬉しそうにも見える顔つきをしていた。
「……姫」
ボソッと追い打ちを掛ける様に呟く。勿論聞こえる様にだが。
「だーかーら!!姫と呼ぶな!!」
「俺もお前を何と呼ぼうが別に良いだろう。俺を小太郎と名付けるくらいなら。」
「……なるほど。それは一理ある。だがなぁ、嫌だと言っておるのに、それを強要するとは……とんだ男だ」
「嫌?お前、いつそんな事を言ったんだ?」
「うぐっ!?こ、こいつ……!我を…我を……!弄ぶとは中々良い度胸ではないかぁ………?クックック…………!!!!」
小太郎はここでまた気づいた。
やってしまった。と。
不味い、何処かへ早く逃げなくては。
そんな思考が頭の中を過るが、逃げたら姫はどうなる?
自分は下り方を知っているのに対して、こいつは知らない。
ここには熊も居る、妖かしだって居る(出会った事などないが)。
そんな場所へ男だろうが女だろうが、子供だろうが大人だろうが。置いていくわけには行かない。
兎に角こいつを宥めなくては。
…………どうやって?
何を言えば?
何をすれば?
どうしたらいい?
「ぇと…、あ…ん……?っ……」
小太郎は知らない。
謝罪と言うのを生まれて一度もした事が無い。したのを見た事はあるが、それが謝罪だと、この様な場で使う事を知らない。
小太郎はそれ程無知なのだ。
“人”は時に無知な者を嫌う。いや、苦手とする傾向にある。
どっちもどっちなのではっきり言えないが、その【人】の本能が自分を自己嫌悪へと向かわせ、そして、焦らせる。
「………」
しかし姫。いや、信長。
信長はその滑稽とも言えるサマを見ていた。
そんな事をする奴を初めて見たし、それに、小太郎が困っているというのにも勘付いていた。
さて、どこから、そしてどう教えようか。
信長が思うに別に無知は悪くない。世間一般の考えなど眼中にも無いが、そんな理由無しに少なからずは、悪くはないと思っている。
人間、いや生き物には“学ぶ”という最高の行動があるからだ。
だから信長は思うのだ。
この世を変えよう、と。
話が変な方へと向かったが、とりあえず信長は自分ができる最大限の表現で教えることにした。
「あー……小太郎、一つ教えてやろう」
「……何だ?」
「あー……そのー…だな。貴様が今困っている、悩んでいることを解消できる方法を教えてやろう、ということだ」
「……?どういうことだ?」
「……あーー……もう面倒臭!!貴様はこういう時『御免なさい』と一言言えば良いのだ!!」
「……ごめん…なさい…?」
「そうだ!その調子だ!それを言えばこういう時大抵は許して貰える」
「許してもらえる?許してとは何だ?美味しいのか?」
「……これは相当重症か…」
頭に手を当てやれやれという風にする信長。
「……?」
しかしそんな苦悩を理解できないまま突っ立つ小太郎。本当どうしたらいいのか分からない。
後に寺子屋ができるきっかけとなった(※諸説ある)。
「……兎に角、そう言っておけば良いのだ!分かったか!下僕!」
「……所で」
「ん?まだ何かあるのか?」
「下僕って何だ?」
最大の疑問に行き着いてしまった。
「え、えぇと……その…あれだ!あれ!」
「……お前、もしかして…」
「いやいやいや!そんな事は…断じて無い!この我が下僕について知らないなど!断じて!決して!無論!勿論!無い!!」
ビシィッ、と小太郎に指を指しながら言う信長。それにしても長いのである。
「……姫、お前…知らないのか」
「う"っ………だ、だって…何か下僕って言う響きが良くて…………つい……な?」
「……ハア…」
信長、言動に似合わず、歳相応である。
…何というか…子供がつい格好いいと思って、つい意味も知らずに大人の真似をするアレとそっくりだ。
所でだが、この二人は今歩みを止めている。
しかもそろそろ陽が傾いてきた。
小太郎は気づいたが、信長は気づいていない様子だ。
「……取り敢えず進むぞ」
「…やはり小太郎、貴様降り方を知っているな?」
「さあな」
「むぅ……」
少し頬を膨らませ、いじける信長。
「!」
「ん?どうした?」
「いや……少し先に人が居る」
「人……?この様な山の中にか?」
「……どうする?」
「………もしかしたら…近くに家があるかも知れん。…どちらにせよ接触してみるべきだな」
「分かった」
小太郎が言った通り、少し先に、目視は難しいが、人が居る。こんな山の中に、一人で。
しかしまあ、迷ってる(?)時だ。接触しても悪くはないだろう。
必ず後悔しないのであれば。
「おっと、待ちなそこの男!」
いきなり男が大声で小太郎に向かって叫んだ。
「ん?」
「その娘を置いて行くんだな。この人さらい!」
「人さらい?」
「ああ、そうだ。お前、人さらいだろう。そんな娘を連れて歩くなんて羨まし……最低野郎が!」
「………」
今何か変なのが聞こえた様な?嫌、実際聞こえているが。
小太郎は気にしないことにした。
「兎に角その娘を置いてどっかへ消え去れ!じゃないと……殺す」
殺すというのはこれまた物騒ではあるが、小太郎にその脅しは効かなかった。
なぜなら死んだ試しがないからだ。
まあ、それでも尚、死と言うものにはとても関する、というか近いというか……表現不足であるが……まあ、理解していただけると嬉しい。というかありがたい。
「それじゃあ……いや、殺さなくてもこの風なら……」
何だか悩んでいる風だったので、小太郎は信長に一つ相談することにした。
「おい姫、どうやったかは知らないが、村で使ったあの力?使ってみろよ」
「……無駄遣いだから断る」
「…どういうことだ?俺にバレずに殺せる位の特殊な力を使うのが勿体無いと?」
「確かにあの男は何か気持ち悪いし、うっとおしいし…まあすぐに殺したい相手ではあるが」
「ならなぜだ?」
「……我が使ったのは呪術というモノでな。我がすぐに使えるのは複数殺せるというモノなのだ。これを一人相手に使うとだな、燃費が悪い……というか無駄なのだ。複数人同時に殺せるのに、それを一人に対して使うのは愚行だろ?だから我は使わん」
「……要はスラ○ム一体に対してマヒ○ド使う様なもんか?」
「……何を言っている?」
「俺も何を言ってるか分からんが、これで理解する人間が居そうだったからな」
「……?まあ……良いが……。兎に角、アイツに呪術は使えん」
「分かった。それで?俺はどうすれば良いんでしょうかね?」
「クックック…己が優れていると思うとは…自惚れておるのお…しかし、それで良い。お前はただアイツを狩れば良い。ただそれだけだ」
「了解だ…では」
「うむ……うっ」
突如風が吹いてきた。山の中の崖道だからだろうか、とても強い。
そんな風が二人の間をすり抜けて……すり抜けて…。
そして、また、突如、二人の横に人が通った。風と共に。
そして小太郎がハッとした時には、自分の隣に信長が居なかった。代わりに、遥か、いや、目で見える範囲なのだから、遥か遠くではないか、しかし、信長は小太郎からみても遠くに居た。例の男に抱きかかえられて。
一体何が起こったのか、ただただ、考えることもできず、立ち尽くすのみであった。
そしてやっと考えるだけの余裕ができた。
「あの男は一体何者だ……?いや、人間であることに変わりは無いが…」
「……まあ、そこの貧弱な馬鹿には一生かかっても分からねえだろうな、じゃあな!!」
「あ、おい待て!!」
小太郎が二人に駆け寄ろうとした時、また風が吹いた。今度は向かい風では無いはずなのに、小太郎がよろけそうになる位、強い風が吹いた。そして小太郎が体制を持ち直した時には、
二人は既にいなくなっていた。




