瑠璃色の湖畔
青。
その色は長らく僕にとっては神秘的な色だった。正義の色でもあったし、僕達を正しく導いてくれる色でもあった。
英知の国の民ならば誰だって同じだろう。
ずっと変わらないはずだったその価値観。だが、数日前に呆気なく崩れ落ちてしまったようだ。
青。今見えている青もまた、神聖で頼もしい色のはずだった。
けれど、今は寂しげで切なくて辛い色でしかなかった。
ユグドラシルの傍で揺れているその青は、僕にとってはそんな色だった。僕にとってもそうだし、英知の民の血を一滴も引かない妹などは特にそうだった。
僕達の間に交わされる言葉はない。
喪に服すことが許された時間は明日で終わる。
それでも銀色の輝きを失った真っ青な湖を見つめる僕達がこの悪夢から覚めるのは、もう少し先の事になりそうだった。きっとガーディアンとして僕が復帰できるくらい先の事だろう。或いは、大怪我を負ったヒパティアが前のように働けるようになるくらい先か。
そう、さほど遠い未来ではない。
神殿に住まう者たちの間では、早くもこの悪夢から覚め始めている者もいる。我が父である神官長にとっては、この上なく理想的な人材だろう。
そのくらい、湖底の砂となった二人の聖女の存在は過去の人物になりつつある。
でも、それでも、僕達はまだ――この二人と深く関わり過ぎた僕達はまだ、ソフィアを、そして、カリスティ様を忘れる事は出来なかった。
「アテナ様……」
泣き出しそうな声で、僕の妹が呟く。
もうその名は禁じられていない。しかし、どれだけ湖に向かって嘆いても、届く事はないのだろう。
ユグドラシル。
僕達の後ろで雄大に枝を伸ばす彼女の根元。
何人にも壊せぬ硬い殻をもつサファイアのような卵は、まるで石ころのように無造作に置かれている。湖底の砂となったカリスティ様の魂はもう何処にも居ない。いるのだとすれば、美しき青の卵の中で眠っているのだろう。
そして、彼女は待っている。
この国の何処かで、あの一角獣の少女のように印を受けて生まれた新しい槍、自分だけの槍の訪れを待ちわびているのだろう。
新しい時代は訪れている。
ソフィアとカリスティ様の時代は過ぎ去った。
人々は既に次の時代を真面目に考え始めている。それは僕も同じ。
もしも槍と果実が皆、生まれ変わりだと言うのなら、既に生まれているだろう槍の生まれ変わりもまた、僕にとって思い入れのある存在に違いない。
だからこそ、僕は――。
「次こそは負けない」
再び現れるであろうエリスに。そして彼女の甘い囁きにすらなびいてしまうほど絶望を溜めてしまった哀れな罪人に。
何よりも、生贄のようにしか産まれてこない二人を襲おうとする絶望に。
「待っているよ、アテナ」
口にするのは理不尽にも封印され続けたその真実の名。まるで答えるかのように湖は青く輝いた。




