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英知の槍  作者: ねこじゃ・じぇねこ
第2部
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7.誘導

 罠だった。

 そう気付いた時、僕はすぐに周囲を睨みつけた。

 真っ先に、注意を逸らしてから不意打ちして来るのだと思ったからだ。しかし、そうではなかった。周囲をどんなに警戒しても、あれほどまでに臭った鬼族の気配はまったくしない。嗅覚にも限界があった。他の人鳥よりも優れているといっても、やはり僕の取り柄は目の良さなのだろう。

 しかし、これだけは分かる。

 此処に奴はいない。僕達のような番犬ガーディアンを呼びこんだのは何故か。別に命を奪うためではなかったとすれば、その理由はただ一つ。

 道を開けるため。何の道を。決まっている。

「今すぐ、カリスティ様の所に戻ろう」

 厄介で危険な人物が紛れてしまった。

 でも、さすがにカリスティ様が奪われてしまうなんて事はないだろう。ないと信じたい。彼女ならば強力な魔術を操る賢者に守られているはず。

 それならば、僕には何が出来るか。決まっている。カリスティ様を奪おうと狙う侵入者を捕え、この手で捻り潰すことだけだ。

「行こう、カロ――」

 そう言いかけたその時だった。

 神殿の敷地内に響き渡る警報のような声。聞く者の心に不安の色をもたらすその音は、じわりじわりと人々に異常事態をしらせていた。

 神殿に仕えてある程度経っていれば、それが此処に住まう人狼か、人犬の誰かの声だとすぐに分かるだろう。それでも、この遠吠えの不穏さに慣れることが出来る者はあまりいないだろう。何故なら、彼らが吠える時は全て、警戒せよと人々に伝える時だけだからだ。

「遠吠え、何処だ?」

「スキロス……」

 カロが呟く。

 遠吠えだけで誰の声かなんて判断出来るものでもない。況してやその人の遠吠えを聞いたことがなければ尚更だろう。それでも、彼が呟いた通り、あの声はきっとスキロスのものだった。何故か。状況が状況だからだろうか。

 ともかく僕の脳裏には、嫌な予感ばかりが巡っていた。

「カロ、君は仲間を集めつつ地上を進め!」

「ニンフ様――」

「僕は上空から行く。頼む」

 もうすでに翼は広がっていた。

 人間の腕より若干の痛みを伴いつつ伸びる翼。羽毛を散乱させながら大地を蹴り飛ばして風に乗ると、あっという間に上昇した。

 上に行けば行くほど掴みにくくなる風。

 空を飛ぶのはやっぱり苦手だ。

 幼い頃から存分に訓練出来なかったせいなのか、単に遺伝によるものなのかも分からないけれど、苦手なものはいつまで経っても苦手だった。

 ――苦手ならば苦手なりに。

 障害物も邪魔する者もいない空を飛びながら、僕は先程までとは多少見え方の違う視界を頼りに空から異常を探した。見えるのは何か。人の動き。遠吠えは何処から聞こえたのだったか。その辺りを凝視し、そして見つける。

 ――スキロス。

 走る彼が見えた。

 いや、僕の知っている彼の姿ではなかった。

 黒みがかった茶髪の青年ではなく、黒みがかった茶色の猟犬だ。耳は垂れ、長い胴体をネコ科の生き物のように伸縮させながら地上を恐ろしい速さで走っている。

 それでも追いつけない。何に追いつけないのか。その標的を目にして、僕は恐れを覚えた。

 いた。本物だ。今度こそ間違いなく、本物。侵入者の情報やスキロスの遠吠えに慌てふためくガーディアンたちを余所に、その女は亡霊のように逃げ出そうとしていた。

 それも、ただの逃亡じゃない。

 抱きかかえられている者を見て、僕はもうじっとしていられなかった。

「ソフィア!」

 連れ去られそうになっている。

 槍は消え、意識もないらしい。怪我は見受けられないが当然だろう。気を失うほどの傷を負ったとしても、治ってしまうのが彼女だ。それでも、意識はまだ回復していない。このまま何処に連れ去ると言うのか。

 ――何処だって同じだ。

 槍の印を持つ者を略取するのは死罪にも相当する大罪。時には、果実を侵害するよりも罪が重くなる行為である。それを分かっているのか。きっと、分かっていてやるのだろう。どうしてソフィアを攫おうとしているのかを考えれば、簡単なことだ。

 ――奴は本気なんだ。

 本気で黄金の果実を狙っている。

 本気で果実を口にして、化け物になろうとしているのだ。

 槍さえ捕えてしまえば、あとは果実を口にした者次第。どんなに理不尽であっても、化け物には逆らえない。他の者たちはただ震えるだけ。これまでの秩序は跡かたもなく消え去ってしまうのだろう。

 ――そうはさせない。

 この国の為にも、ソフィアを助ける為にも。

 急降下し、鬼族の女を目指す。

 今度こそ間違いなく本物だ。近づけば近づくほど、禍々しさがはっきりとしてきた。僕たちを誘き出した幻術とは比べ物にもならない。甘ったるい臭い。決して悪臭というわけではないのに、不気味で異質な侵入者の臭いだった。

 声を殺して音もなく突撃する僕を、鬼族の女はふと見上げた。

 その目を見た瞬間、僕はすぐさま翼を広げ直し、身体を捩った。

 勢いと風が僕の身体を責める。空を飛ぶのはやはり難しい。制御の効かぬ状況をどうにか抗って、僕は辛うじてその一撃を避けることが出来た。

 鬼族の女が魔術を放ったのだ。

 掠ったのは翼の先だけ。それでも、焼けつくような熱さが僕を襲い、顔を歪ませた。直撃していればどうなっていたかなんて想像するまでもない。魔族にありがちな溜める行為もなければ、反動もないらしい。

 続けざまに何度も放たれ、僕はその全てをどうにか避けた。

 距離をとれば、ようやく鬼族の動きは止まり、その妙に色っぽい眼差しで僕をじっと見つめてきた。

「ああ、人鳥の女の子か。それも、よく考えられた血を受け継いでいる。御祭りで安くで喰い潰されるような人鳥とは少し違うね。血だけじゃなくて、その身体も美味しそうだ」

 虚ろな声だった。まるで夢の中にでも囚われているかのよう。

 この女、まともではないのかもしれない。

 だが、まともでなかったとしても、この神殿に仕えるどの魔術師よりも厄介な魔力を秘めているのは確かだった。

 下手をすれば、本当に喰い殺されかねない。

 だからといって、引くわけにはいかない。

「ソフィアを放せ。今していることがどれだけの罪なのか分かっているのか?」

「知っているよ。この国でもよくて終身刑。他国だと公開処刑の所もあったかな。時代が時代だと涎が出るくらい残酷で血生臭い方法で殺されるんだよね」

 まるで世間話でもするような態度だ。

 やっぱりまともじゃない。

「分かっているならその子を放せ。今なら目を瞑ってやってもいい。大人しく返すのならば、命は奪わないでやるよ」

 怪鳥より受け継ぎし血を滾らせてみるも、鬼族の女はさほど怯えない。むしろ余裕な笑みを一層深め、愛おしそうにソフィアを抱きしめて見せた。

「へえ、可愛いのに野蛮な人だね。まるで勇敢の民のよう。知性を重んじる英知の民だったら、もう少し理性的にお話しなよ」

「そのお話とやらで、お前はソフィアを諦めるというのか?」

 大槍を構えてじりじりと攻めても、鬼族は少しも動かなかった。

 答えは分かりきっていた。

「勿論、いやだよ。せっかく捕まえたんだ。私だって、生き延びたい。こうなってしまった以上、どうにか生き延びたい。その為にはこの子は邪魔なんだ。この子を永遠に隠してしまわないといけないんだよ」

「やっぱり果実が狙いか」

 カリスティ様に秘められた黄金の果実を奪い去ろうという者。ソフィアさえいなくなってしまえば、もうその悪行を止められる者はいない。

「決まっているじゃないか」

 雰囲気が一瞬だけおかしくなった。

 直感で捉えたままにその場を離れてみれば、さっきまで自分のいた場所に熱風が起こった。あの場に居れば死んでいただろう。容赦はしないようだ。当り前か。本気で果実を奪いに来たのならば、行く手を阻む者を全て殺すくらいの覚悟はあるだろう。

 しかし、黙って殺されるわけにはいかなかった。

「ソフィアを返せ!」

 人の姿をしているのか、怪鳥の姿をしているのか、どうだっていい。今の僕がどんなに醜い姿であったとしても、相手を叩きつぶせるのなら構わない。

 聖域に許されるぎりぎりまで力を解放させ、僕は侵入者へと飛び掛かった。

 ただソフィアを取り戻したい一心で。


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