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しがみつく藁

朝。雀が騒がしく鳴く声で少女は目を覚ました。昨日化物と大立ち回りを演じた淵子である。

キョロキョロと辺りを見渡す。そこは狭い部屋だった。服や漫画が乱雑に散らばっており悪臭とまではいかないが変な臭いもする。そんな中見つけた。憧れのヒーロー(仮)を。


「あの、起きて!起きてください!」


肩を揺さぶると男は億劫そうな声を上げてゆっくりと目を開けた。


「…ん?あー起きたんだ…おはよう。」

「おはようございます…じゃなくて!ここはどこですか?私昨日あなたに助けてもらって…それでえーと…」

「気絶して俺にしがみついてた。救急車のサイレンを聞いて安心したんでしょ?あの子が助かるからって。それで気が抜けてパタリだ。」

「あ…その…すいませんご迷惑かけちゃって…。」

「いや別に。むしろあれだけ頑張ったんだから仕方ないよ。一般人にしてはかなり頑張った方だと思うよ本当に。お疲れ様。」

「あ…はい、そう…ですね…あの、そういえばここはどこなんでしょうか?」

「俺の家。ほっぽっとくわけにもいかないから連れ帰ってきた。えーっと今は…もう12時か。アンタは…名前なんだっけ?」

「淵子です。呂子世ろすよ 淵子ぶちこ。」

「年は?」

「17。」

「だったら高校生か。今日は平日だ、学校あるだろ?早く帰ってシャワーでも浴びて学校行きな。…まあ怪人に襲われたんだから休んでも大目に見てくれそうだが。」

「そう、ですね…あの…。」

「ああ、ここから学校までの道分かる?分かるか今の時代なんでもスマホでピピッと検索できるもんね。でも念の為タクシー使ったほうが…」

「あの…すいません、その…。」

「タクシー代ある?そこまで高くないだろうし貸すよ?」

「あの!すいません!」

「ん?」

「私を…ここに住まわせてもらえませんか!?」

「はあ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げる。それほどまでに唐突でおかしな提案だったから。


「ああ、すいません!いきなりこんなこと言っても意味分かんないですよね!なんでこんなこと言い出したのかって言うと…昨日のアナタの活躍を見て憧れのヒーローかと思ったって言いましたよね?

アナタである可能性は結構あるとは思いますが…まだ正直確信がないんです。アナタもよく覚えてないみたいですし。

ですから私思ったんです!今確信が取れないなら取れるまで観察しようって。アナタの一挙手一投足を常に見て過ごせば私も何か新しく思い出すことがあるかもしれません。」

「そのための手段が同棲…?ずいぶんと思い切った結論になったもんだなあ。」

「うっ…確かにかなり強引だとは私も思いましたけど…。

でもやっぱりこれが一番効率的な手段だと思うんです!」

「…で?仮に俺がその愛しのヒーロー様だったとして、君はどうするの?」

「どうするのとは?」

「いやさ、ずいぶん熱心にその人を探してるみたいだけどそれは何の為なのかと思ってね。」

「それは…えっと…。」


淵子はしばし考え込む。そういえば自分はなぜあの人を追っている?何をしたいから追っている?最近追うことにばかり夢中になりすぎてなぜ追うのかを深く考えることが無かった。これでは手段と目的が逆。本末転倒ではないか。

思い出してみろ。自分がなぜあの人を追おうと思ったのか?自分を突き動かす源流はなんだったか?自らに問いかける。


「私は…あの人にお礼が言いたい。あの時助けてくれてありがとうって。そのおかげで私はこうして生きていられてますって。目を見て、感謝がしたいんです。」

「感謝のための人探しか…。いいね、実に律儀だ。頑張りな。」

「はい!ですからそのためにもアナタの家に住ませてください!もちろん家賃は払いますし食費なんかも自分で払いますから!」

「いやそれとこれとは話が別…。女子高生と同棲とか俺が社会的に捕まるし…。」

「ええー!?頑張りなって言ってくれたじゃないですか!?」

「別に同棲以外にも出来ることはいっぱいあるって。なんなら俺の知り合いの探偵ヒーローを紹介してやってもいい。家賃払えるってことはバイトとかでわりと金稼いでるんでしょ?」

「それはそうですけど!でもやっぱり私は今掴みかけたこの藁を離したくはないんです!遠くの浮き輪より近くの藁なんです!お願いです!もし勘違いだと分かったらすぐに出ていきますから!他人に勘ぐられないように細心の注意も払いますし!」

「いや…それにそもそも俺はそのヒーローなんかじゃないって…」

「それを確かめるためにここに住まわせてほしいんです!」

「そんなこと言われても…」


結局その日は何度か堂々巡りを繰り返した後力ずくで帰ってもらった。自分としてはこれでもう済んだ話だと思っていた。しかし彼女はそうは考えていなかったようで…次の日の帰宅後。


「なんで家の中にいるの!?俺鍵かけ忘れてた!?」

「いえ、ピッキングして開けました!」

「犯罪じゃねーか!何やってんだお前!」

「私と一緒に住んだ場合のメリットを知ってもらうためにまずは部屋の掃除から始めてみました!私結構家事得意なんですよ!」


部屋を見渡すと確かに出かける前とはぜんぜん違う素晴らしい綺麗な状態になっていた。部屋中に散らばっていた服は洗濯されてゴミは捨てられて漫画はバッチリ本棚へ。まるで自分の部屋ではないかのようだ。しかしそんなことは問題ではない。


「はあ!?人の家に乗り込んでその上勝手に室内漁ったのか!?お前ホント何して」「例の黒い虫が巣を作ってましたから根こそぎ片付けておきました!ああ心配しないでください!奴らもう息の根止めた状態で外のゴミ箱の中です!」


しばしの沈黙。


「…え?あいつらいたの?」

「はい!」

「どんぐらい?」

「えーっと…大体10匹ぐらい…?」

「それ全部始末してくれたの?」

「はい!やっぱり害虫と共存はできませんからね!きっちり追い詰めて始末しました!」

「あ、そう…。」


なんというか、怒る気が失せた。個人的に虫は大の苦手なのだ。能力として使う分にはまだいいが管理下に置けない状態で好き勝手動きまわる奴らを見ると怖気が走る。それを退治してくれのだ、不法侵入ぐらい許してもバチは当たらないはず。


「とりあえず今日はもう帰って…俺これから寝なきゃいけないし…。」

「分かりました!それじゃあまた今度!」

「もういいよ来なくて…。」


次の日の朝。


「おはようございます!お味噌汁冷めちゃうから早く食べちゃってください!」

「なんで当たり前のような顔して台所使ってるの…。」

「メリットアピールです!ほらほらまあまあ一口どうぞ!私の作るお味噌汁は美味しいって後輩からも好評なんですよ!」

「ええ…。じゃあこれ飲んだらもう帰ってね…あれ、凄い旨い。」

「でしょう!?私の居候を許せばこれがしばらくの間毎日飲めるんですよ!これはもうOKを出すしかないですね!」

「いやそれとこれとは話が別。自分の分食べたらさっさと学校行きなさい。」

「ちえー!つれないですね!」


次の日の朝。


「おはようございます!今日は焼き魚ですよ!簡単なようで焼き加減一つで全然違う仕上がりになる奥深いメニューなんです!」

「あっ、そう…。食べたら学校行きなさい。ああそうだ、外出るときについでにゴミ出しといてくんない?」

「了解です!こんな家庭的な用事まで頼まれるなんてこれはもう同居を許されたも同然ですね!」

「…まあとにかくお願い。場所はアパート出てすぐ横だから分かると思う。」

「はーい!」


一週間後。


「おはようございます!朝ごはん出来てますよ!」

「おはよう…今日は何?」

「目玉焼きにベーコンです!カリッと焼けていい感じですよー!」

「…それは楽しみ。」

「はい!それじゃあ食べたかったらさっさと顔を洗ってきてください!目やにだらけの人に美味しいご飯は食べさせませんよ!」

「りょーかい…。」


なんというか、慣れた。言っても言っても来続けるし止める意思も無いしで諦めた。それに悪いことばかりでもない。毎日美味しい食事が用意されているのはありがたいし、掃除や洗濯のような面倒くさい家事をやってくれるのも助かる。

この子が納得出来ないというのなら気の済むまでやらせてやればいいんじゃないか。最終的にはそんな結論に達した。ジロジロ顔を見られるのが気になるぐらいしかデメリットもない。

さすがに同棲はさせていないが今ではこの家にほぼずっといる。朝食を作りに来て洗濯を済ませ学校に出かけると放課後この家に寄って宿題をしたりゲームをしたり気ままに過ごして夜の10時には帰っていく。

そんな奇妙な同居人モドキが一人増えた物語。

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