もっとお近づきになりましょう的なお話
【田崎光の場合】
あの日以来、椿はあの作ったみたいな笑顔やぶりっ子もやめて、普通に接してくれるようになった。
椿の婚約者があまりにも酷いという噂を自分自身が許せなくて、俺は逆に根暗キャラを元に戻した。と言っても髪型だけだが、それでも女どもの態度が一変した。
そして、俺と椿の関係も変わった。
「椿、ご飯行こうよ。」
俺が教室へと迎えに行くと椿は慌てて用意をして、教室の外まで出てきてくれる。そして、手を繋いでいつも通り俺の部室へと行く。
「あの、田崎くん。迎えに来なくても大丈夫だよ。私が行くし。」
「椿、俺に嫌われてあのことバラされたくないなら光って呼ぶように言っただろ?
迎えは俺の方が早く授業が終わっただけだよ。」
俺は椿がオタクだとバラされるのを恐れていることを利用していた。
椿と親しくしてから気付いたが、実はあまり人とのコミュニケーションが得意ではない上に、駆け引きがものすごく下手だった。その証拠に、俺がかなり強引に「こうだよね」と誘導するととりあえず頷いてしまう癖があった。
これだけの美人なのに何処か劣等感のようなものを常に持っていて、少し褒めただけで照れながら嬉しそうにするし、少し冷たくすると不安そうな目を向けてくる。
彼女が俺を好きで近づいてくれたのではなく、婚約を解消するために俺と仲良くなろうとしてくれたのだとすぐに気付いたが、それでも、自分の今の状況を利用して椿を捕まえておきたかった。
彼女にすがりつかれてなんでもすると言われたとき、なぜ俺が前世ストーカーの女性に対して嫌悪感を抱いたのかがやっと分かった。
同族嫌悪というやつだ。
「そうだ、椿。明日は1時くらいにいくから。」
「うん。」
【藤宮椿の場合】
あの日から田崎くんはなぜか人が変わったように私への態度が一変した。
私と同じく田崎くんも猫を被っていたようだが、困ったことにそれは私とは全く別の方向でだった。
田崎くんと婚約していることに対して、何で?と言う友達が多かったのに、なぜか田崎くんが髪型を変えた途端、本当に婚約してるのか、破断になる予定はないのか、本当に好き合っているのかを聞かれることが多くなった。
今まではいつも私が無理やり話をして場を繋いでいたのだが、今では田崎くんが話してくれることの方が多い。
そして、なぜかお昼は田崎くんが私を迎えに来てくれるようになってしまった。
自分がするには問題なかったが、なぜか田崎くんに迎えに来られると羞恥プレイ的な恥ずかしさを感じる。そして、なぜか手を繋がれることで、ますます羞恥心で前世のように引きこもりたくなる。さらに「椿」と名前で呼ばれるのも、「光」と名前で呼ばなければならないのも、なんだかくすぐったい気持ちになる。
せめてもの救いは、昼ごはんの間は部室で過ごすため、誰にも見られることはないことだ。
でも、なぜかここ数日、今までは向かい合わせで距離があったのに、横に座られ、膝が当たるような距離でご飯を食べなければならなかった。
そして、気のせいかもしれないが、なんだかスキンシップが多い気がしている。
「そうだ、椿。明日は1時くらいにいくから。」
「うん。」
どうやら本当に田崎くんは私の家にくるようだ。
とりあえず、順調に田崎くんと仲良くなっている気がするが、当初予定していた方向性から大幅にずれてしまって、不安しかない。