円周周回旅行
「金曜の終業だというのに、好い加減、コイツに嫌気がさしたよ。何処まで行ってもついてきてさ」
自らの倦怠を持て余していたダイゴは憂鬱を隠そうとせず、ひたすらにイライラと髪を掻き上げ、たびたび後ろを向いては、窓からどんよりとした空を眺めていました。
ダイゴはただただ流れていく時の長さに辟易し、ついに痺れを切らすと、全てを投げ打って、外へと飛び出しました。外ではちょうど、雨が降り出していました。
「降って来たね。スミダくん、傘をおくれよ」
ダイゴが独り言のように呟くと、酷くやつれた長身の男、スミダくんが、一方の手で傘を差し、もう一方の手にも傘を携えながら、塀の向こうから現れました。
「一緒に虹を見に行きましょうネ」
ぎょろりとした目でダイゴを見つめながら傘を差し出したスミダくんは、目を大きく開けたまま、にっこりと笑いました。
ダイゴは受け取った傘を差すと、何も言わずに西へと向かって大股で歩き出しました。
「待ってヨ!」
一言、二言あるだろうと構えていたスミダくんは出遅れてしまい、慌てて後を追いました。
「なにやら、みんな僕たちを見ているね」
「きっと、君の酷くやつれた顔を見て、みんな心配してくれているのダヨ」
人通りの多い繁華街を西へと向かう二人への、奇異なものを見るような視線を感じとって怯えだしたダイゴに、スミダくんはあっけらかんとした様子で答えると、大きく息を吸います。
「みなさん、彼は大丈夫デス!」
突然大声で主張し出したスミダくんに驚いたダイゴは、咄嗟にスミダくんの口を塞ぎ、注目しだした周囲の目を恐れながら、足早にその場を離れました。
「まったく、あいつらの中に敵が居たらどうするんだ」
ひどく憤慨した様子でダイゴが言うと、スミダくんは早足でついてきながら、しかし表情はダイゴとは対照的ににやにやとしたままでした。
「どこで誰が僕たちを狙っているか分からないんだ、気をつけてくれ。早くあそこへ向かおう」
「どうやら、悪い旅行へ飛んでいるようですネ」
相変わらず口角を上げてにやついているスミダくんでしたが、依然、目は大きく見開いたままでした。
「僕はコイツに追われている。コイツの用意した苦しい輪っかをまわってるんだ。コイツの僕への執着は、僕の執着になって、僕を苦しめるんだ」
とぼとぼと歩くダイゴは俯きながら、しきりに何かをうったえ続けていました。スミダくんはその後ろにぴったりと張り付き、何も言わずにただ歩を進めるのでした。
「着きましたネ」
目的地は、繁華街の西の外れにある大きな施設でした。
ダイゴは傘をたたみ、鞄から取り出したネームプレートを胸につけると、真っ白な本殿へと入り、受付へと向かいました。
受付には髪の短い、若い女性がいました。女性はネームプレートを確認すると、ダイゴのクリアファイルを選び出しました。
「二十時からの予約のスミダダイゴ様ですね。ダイゴ様は先週、ステージ4へと進まれましたので、本日は二階の第三ホールでの修行となります。本サークルでの最終段階となります。頑張ってくださいネ」
「頑張ります」と答えたダイゴは女性にお金を手渡すと、そうだ、と、手に持っていた「傘」を女性の前へと置きました。
「どうやらこれは、僕には合わないようなのです。差して歩いても悪い旅にしかならなくて。違うものにしていただけますか」
「よろしいですヨ。先生に伝えておきますので、帰りにまた受付までお越しください。新しいものと、その使い方の指導がありますノデ」
「ありがとうございます」
ダイゴは軽く頭を下げると、修行までしばらく時間があることを確認し、待合室へと向かいました。
流れている時の苦痛などへのダイゴのイライラは、施設の中では嘘のように消え去っておりました。それは毎週のことであり、ダイゴは、施設に流れる神聖な気が作用してのことであろうと考えていました。
ダイゴは施設内の独特な匂いに幸せを感じながら、目の奥で光のチカチカとする回数を数えて、修行の始まるのを心待ちにしているのでした。