205話 朱希羅の過去【後編】
幼少の朱希羅が目覚めると、そこに閻の姿はなかった。
暗いリビングに横たわっている母親だけが見えていた。
「ママ……死んでないよね?」
と幼少の朱希羅は死体に話しかけたが、返事が来るはずはなかった。
「ねぇ……返事してよ……」
と朱希羅は言い、母親の近くに駆け寄ると、朱希羅は母親の死体から漏れ出している赤い液体を見つめて言った。
「……死んでる……の……?」
と朱希羅の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
翌日、朱希羅は一人で幼稚園に通った。
まだ母親が死んだという情報は朱希羅と閻しか知らない。母親の死体はずっとリビングにある。朱希羅は普段と変わらない態度で幼稚園を過ごした。
「朱希羅!サッカーしようぜ!」
と同じ幼児の男の子が朱希羅に話しかけると、朱希羅は返事を返した。
「うん!」
やがて夕方になり、他の児童は迎えに来たそれぞれの母親といっしょに帰って行った。
しかし、朱希羅の迎えは来ない。
「先生、俺帰る!」
と朱希羅は先生に言い、一人で帰ろうとしたが先生は朱希羅を止めた。
幼児を一人で帰宅させる幼稚園なんてあるはずがない。
先生は朱希羅に言った。
「じゃあ、先生といっしょに帰ろっか」
この先生は朱希羅の母親になぜ迎えに来ないか注意するつもりだった。
だが、その母親はこの世にはいない。そのことを先生はまだ知らなかった。
朱希羅の家に到着した先生と朱希羅。
朱希羅は家の玄関を開け、先生に言った。
「先生、ばいばい」
「うん、ばいば……」
この時だった。玄関の前からリビングで倒れている母親の姿を、先生は見てしまったのだ。
「朱希羅くん!ちょっとお邪魔するね!」
と顔の色が真っ青になった先生はリビングに入り、死体を調べた。
こうして朱希羅は施設で生活することになった。
まるで寮のような場所で、そこで朱希羅は毎日楽しく過ごしていた。
だが、朱希羅の運動神経がとても高いことから、朱希羅は他の子たちから差別されるようになってしまった。
外に出かけたときも、幼稚園のときの友達に会い、声をかけたが、その子の親がその子の手を引いて言った。
「ダメよ!関わっちゃ!」
朱希羅の話し相手はいなくなってしまった。
それも当然だ。
殺人した男の血を引いてるのだから。
だが、一人だけ話し相手がいた。
「あら、朱希羅くん?」
と優しい声が朱希羅を振り向けさせた。
かつての幼稚園の先生だ。
会うのは2年ぶりだろう。本来、朱希羅は今頃ランドセルを背負った小学生のはずだった。
朱希羅と先生は川の近くで会話をしていた。
今日は幼稚園は休みだと先生は言う。
朱希羅は施設での生活を先生に話した。
とても短く感じたが、とても長い時間話していた。
もう夕方になり、先生は朱希羅に言った。
「先生が施設まで送って行ってあげるね」
「ありがとう、先生」
歩いているうちに夜になってしまった。
先生と朱希羅は人目の少ない道を歩いていると、ある黒い影が二人の前に現れた。
「なんなの⁉」
と先生は言うと、二人の前に現れたのは悪魔だった。
それも殺しを趣味にする悪い悪魔だったのだ。
「ちぃ、見られたか。見られちゃあしょうがねぇ……。殺すしかねぇな……」
と悪魔は言い、鋭い爪で朱希羅に襲いかかった。
「うわぁ‼」
と朱希羅は身を丸くした。
朱希羅は無事だった。ケガはない。
だか、朱希羅をかばった先生の腹には悪魔の爪が突き刺さっていた。
「せ……先生‼」
と朱希羅は言ったが、先生は返事をしなかった。
「先生‼先生ぇー‼‼」
と朱希羅は大声を出すと、近くを歩いていた人たちが集まって来た。
「ちぃ、余計なことを……」
と悪魔は言うと、爪を先生の身体から引き抜き、飛び去って行った。
「どうしたんじゃ?ボウズ?」
とおじいさんが朱希羅を見て、近づくとおじいさんは先生の死体を見て言った。
「ひ……人殺し!」
悪魔の姿を見たのは朱希羅と今は亡き先生だけだった。
「あの子が殺したの⁉」
と主婦たちも集まり、いろんな人が朱希羅を見て言っていた。
「怖いわ……」
「罪は重いぞ小僧‼」
「ありえない……」
やがてパトカーも来たが、朱希羅は逃走した。
やがて朱希羅はその街の裏山へと逃げてきた。
「ハァ……ハァ……」
と朱希羅は息を切らしていた。
もう仲間はいない。もう自分の成長を見てくれる人はいない。
朱希羅は全力で裏山の一本の木にパンチを放った。
「もうやだよ……死にたいよ……」
そのとき、朱希羅の背後から声が聞こえた。
「僕が君を助けてあげるよ」
「誰⁉」
と朱希羅は後ろを振り向くと、そこには憎まれし小悪魔 ラーシが宙に浮いていた。
「はじめまして、矢崎 朱希羅。僕はラーシ。悪魔さ」
「悪魔……。君も人殺しをするの?」
と朱希羅は聞くと、ラーシは答えた。
「いや、僕は君を導くために現れたのさ」
「僕を……?知らない人にはついて行くなって、パパに教わったよ」
「でもそのパパが君の母親を殺したんだろ?」
「なんで知ってるの……?」
「僕は君のことをずっと見ていた。今の君には金も家も信頼も何もない。だけど僕と行動すればすべて手に入るよ?どうする?」
とラーシは朱希羅を誘うと、朱希羅は答えた。
「君を信じるよ……ラーシ」
「フフ、良い返事だね。さっそくこれを渡すよ」
とラーシは言い、朱希羅に悪魔武器、悪魔の鉄拳を渡した。
その日から、朱希羅は生きるためなら何でもやった。
万引き・強盗・あるいは殺人まで……。
もはやただの少年ではなくなっていた。
朱希羅も中学生と同じ年になり、身体つきも良くなっていた。
その時期だった。朱希羅がサタンデーモンと出会ったのは……。
悪魔界のサタンデーモンの城。
そこで朱希羅とサタンデーモンは会話していた。
「お前は一体、何のために悪魔の力を欲しがる?」
とサタンデーモンは朱希羅に聞くと、朱希羅は答えた。
「矢崎 閻を……殺すためだ」