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デビルバスター日記  作者: 黒雨みつき
第10話『デビルバスター試験(後編)』
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プロローグ


 ――ねえ、私が誰だかわかる?


 そう質問すると大抵の大人は口をつぐみ、本当にわからないことを隠すようにおどけて笑いながら、2人は本当に似ているなぁ、と答えた。

 同じように双子として産まれた者でさえ、キョトンとして何度も見比べた。

 その少女たちはそれほどによく似ていたのだ。顔にはホクロも古傷の跡もなく、背丈も体型も傍目にはまったく一緒。あまりに似ているため彼女らの父親が困った顔で、せめて髪型は別々にしておきなさいと言い含めたぐらいだった。

 姉がポニーテイル。

 妹はストレート。

 性格は――顔ほど似ているわけではない。姉はやや人見知りする面があったし、妹は我の強すぎるところがあった。ただ、まったく正反対というほどでもなかったし、お互いにお互いの性格はよく理解していた。

 だから、簡単だったのだ。

 妹が髪を束ねればいつでも姉になり、姉が髪をほどけばいつでも妹になる。


 そして――


「――じゃあ決まりね」

 深いことなんてなにも考えていなかった。それは姉も妹も一緒だった。

 ただいつも通りの悪戯の、延長戦。

「今日はあなたが私で、私があなた。いい?」

 その遊びはいつしか、彼女たちの日常に深く深く入り込んでいったのだ――。






 目的の人物の名前を宿の青年に伝えると、2階の南側、1番奥の部屋だと丁寧に教えてくれた。

 礼を言ってカウンターを離れる。コツ、コツと階段を上り左右に伸びた廊下を右へ。突き当たりに窓があってそこから正午の光が射し込んでいた。

 ドアの前で立ち止まり、ノックをしようとして少しだけためらう。

 しかし。

 左手の中の手紙に視線を落とした。

 差出人の名はルナリア=ローレッツ。彼女はどういう方法でか、この短期間の間に私たちの宿を突き止めたようだ。文面からすると彼がデビルバスター試験を受けるということも知っている。

 なら、ここで逃げ出してもどうにもならない。

 グッと右手に力を込め、ノックする。すると、すぐに部屋の中で人の動く気配がしてドアが開いた。

 現れた顔を見た途端、胸の中が色々な感情で満たされていく。そして、それは決して悪いものばかりではなかった。

 なにもなければ――そう。なにもなければ、私だって彼女と話したいことが山ほどあるはずだったのだ。

「お嬢様――」

 つぶやくようにそう言った彼女に対し、私は感情を隠して視線を向けた。

 ドアがゆっくりと大きく開け放たれる。その向こうにいる女性は雰囲気こそわずかに変わっていたものの、基本的には私の古い記憶のままだった。

「手紙ひとつでお呼び立てしてしまった御無礼をお許し下さい。本来なら私の方から出向かねばならないのですが、お嬢様には複雑な御事情があるものと感じましたので、それならばこちらの方が話がしやすいだろうと勝手に判断いたしました」

「賢明な判断だわ。さすがね、ルナ」

 私がそう言うとルナ――ルナリアは少し表情を崩して微笑んだ。

 なつかしい――

 その一瞬だけ、私の心は温かいもので満たされた。

 だが、それはすぐ現実に戻ってくる。……そう。今は手放しでなつかしんでいられる状況ではないのだ。

 彼女がどこまで知っているのか。そしてこれからどうするつもりなのか。

 それを確かめ、そしてどうするべきか、判断しなければならない。

「どうぞ中へ。今、主人は仕事で外に出てますから」

 促されるまま部屋の中へ足を踏み入れる。キャンという鳴き声に視線を動かすと、白い子犬が人なつっこい目でこっちを見ていた。

 どうやら先日の捨て犬を結局拾ってきてしまったようだ。

「比較的長く滞在するつもりですから。その間に飼い主が見つからなければそのまま連れて帰ろうと思っています」

 ルナはそう言った。

 彼女らしい――そう思いながら、さらに部屋を見渡す。彼女がひとりでないことはすぐにわかった。明らかに2人分以上の荷物がある。

「いつ結婚を?」

「ちょうど1年になります。どうぞお掛け下さい。今、紅茶を煎れますから」

「相手はどのような方?」

「ジェニスの領主様にお仕えしております。今回はデビルバスターをスカウトする仕事でこの帝都へ」

 なるほど、偶然というのは重なるときは重なるものだ。

「それでティースのことがすぐにわかったのね」

「はい。ネービスの名家、ミューティレイク家の支援を受けている団体に所属しているとのことで驚きました。宿を突き止めるのには少しお金を使いました」

 コポコポと琥珀色の液体が真っ白なティーカップの中に注がれてアッという間に満たされる。

 差し出されたカップを受け取り、ひと口。

 ――これもなつかしい。

「最初にひとつ確認させてください。お嬢様」

「なに?」

 ルナは自分の分の紅茶は煎れずに膝の上に両手を置き、ひどく改まった様子でまっすぐにこちらを見た。

 窓から射し込む陽光に、彼女の白いカチューシャが輝く。

「あなたは本当にシーラ様なのですか? それともシルメリア様ですか?」

「……」

 予想していた問いかけだった。

 私は淀みなく、逆に問いかける。

「それは私が聞きたいわ、ルナ。あのときなぜ、私のことをシルメリアと呼んだの? シルメリアはもう3年以上も前に死んでしまっているのに」

「もちろんそうです。そのはずです。けれど」

 視線を流して難しい顔をするルナ。

「御存知のとおり、私はお嬢様方が常日頃から頻繁に入れ替わっていたことを知る唯一の人間です。……あの日も、そう。朝からおふたりが入れ替わっていたことも知っていました」

「そう」

 知られていることは私も知っていた。だから、先日の呼びかけに込められたルナの意図にもすぐに気づけたのだ。

「なら、こう答えさせてもらうわ。私は『世間的には』レビナス家の次女、シーラ=レビナスよ」

 ルナは残念そうな顔をした。

「本当のことは教えていただけないのですか」

「それを尋ねることに意味があるのかしら」

 私は緊張を悟られないように平静を装い、乾いている口内を潤すために紅茶を手にとってそっと口を付けた。

「あなたも知ってのとおり、私たちは小さいころからことあるごとに入れ替わってきたわ。だから、産まれた瞬間とあなたに初めて会ったときではすでに違っていたかもしれない。そもそも、あなたが本当のシーラだと思っている方がシルメリアなのかもしれないのよ」

 稚拙な論点のすり替えなのはわかっている。それでも私はいったん言葉を切って、少し考えてからさらに続けた。

「だから『世間的には』シーラ。それでいいでしょう?」

 ルナはゆっくりと目を閉じて考え込んだ。

 少し鼓動が早くなる。

 たぶん、見抜かれている。

「では、質問を変えさせてください、お嬢様」

 ルナは閉じたときと同じようにゆっくりと目を開いて、そして言った。

「お嬢様はティースくんのことをどう思っていますか?」

「ティースのこと? どういう意味?」

 戸惑う。だが、次のルナの言葉ですぐにその真意がつかめた。

「私がシーラ様だと思っていた方は、彼のことをとても慕っていました。逆にシルメリア様だと思っていた方は彼のことを疎んじていました」

「……」

 ルナは私に考えるヒマを与えずに付け加えた。

「私があなたのことをシルメリア様とお呼びしたのはそういう意味なのです。そして私はそれを一番知りたいのです」

 さらに鼓動が早くなる。カマをかけてきている可能性もある。

 私はすぐには答えなかった。極力なんの感情も表情に出さないように気を付けて、ルナの言葉の続きを待った。

「私がなぜこのようなことを尋ねるのか、聡明なシルメリアお嬢様であればおわかりでしょう」

 ルナはもう疑問の言葉を口にしない。はっきりとその名で私を呼んだ。

「私が心配しているのはティースくんのことなのです。彼があなたを連れて屋敷を出ていったとき、私は本当に悲しかった。私になにも相談してもらえなかったことが本当に寂しかった」

 そう言ってルナは視線を伏せた。

 子犬が彼女の足下にすり寄って慰めるような声で鳴く。

 ルナはそっと子犬の背を撫でた。

「それでも、あなたが本当にシーラ様であったなら私はそれを喜んだでしょう。シーラ様はティースくんのことをよく慕っていましたし、ティースくんはシーラ様のことを本当に大事に思っていましたから」

「……そうね」

 うなずくしかない。それは紛れもない事実だ。

「お嬢様」

 ルナは優しい顔で子犬を抱き上げる。子犬は安心したように目を細めた。

「私は本当にただ、弟のように思っていたティースくんのことが気にかかっているだけなのです」

「……」

 私はルナのことを本当によく知っている。のんびりとしたその外面とは裏腹に頭の回転の速い女性だ。

 それだけじゃない。誰も嫌わず、誰にも偽らず、少しもおごらない。聖女を絵に描いたような人。私も幼いころ、彼女のようになりたいと何度思ったことか。

 そんな彼女が口にする言葉は、なんらかの特別な事情がない限り、表向きの意味そのままだ。

 つまり――彼女が『気にかかっていた』ではなく『気にかかっている』と言った以上、それは紛れもなく現在進行形だということ。

 これから続くであろう彼女の質問が、私にとって答えにくい内容になることは火を見るより明らかだった。

「ですから、シルメリアお嬢様。これはおそらくお嬢様にとって決して愉快ではない質問だと思いますが、私の気持ちを汲んでどうか偽ることなくお答えください」

 彼女もわかっている。

 わかっていて質問してくる以上は、逃げられない。

 ルナは言った。

「お嬢様は、彼を――ティースくんをどうなさるおつもりなのですか?」

「……」

 どうするつもり――か。

 おそらくルナはもう彼女なりの答えを持っている。だからこその心配なのだ。

 胸に浮かんだ様々な感情をよそに、私は答えた。

「あの子が死んだ責任を取ってもらうつもり……と言ったら?」

 ルナの表情が瞬時に歪んで、悲しそうな顔になった。

 ズキン、と胸が痛む。

「……シーラお嬢様のことは、ティースくんの責任ではありません」

「そうね。でもそう思ってない人もいる」

 私はゆっくりと目を閉じた。

 そのまぶたの裏に浮かんだのは、私と同じ顔をした少女の姿。彼女は3年以上前に死んだ。それは紛れもない事実。

 しかし――その少女が『本当は誰だったのか』という疑問を向けられたのはこれが初めてで、そしてきっと最初で最後だろう。

 それを疑える可能性のある者はただひとり、目の前にいるこのルナしかいないのだから。

「どうするつもり……なのかしらね」

「お嬢様……?」

 おかしくなった。まるでごまかしのように聞こえるそのつぶやきが、私の現状をもっとも正確に表現していたのだ。

「少し休憩しましょう、ルナ。私も頭の中を整理したいの」

 ルナは不思議そうな顔をしたが、すぐに私の言葉の意味を理解したのか柔らかい表情を見せた。

「紅茶のお代わりはいかがです?」

「いただくわ。……あなたの煎れる紅茶が一番好きよ。本当に。あなたのご主人がうらやましい」

 ルナはクスクスと笑って、

「あの人、紅茶は飲みませんから」

 コポコポと白いカップが湯気を立てる。

「あら。もったいないわね。こんなに美味しいのに」

「光栄です、お嬢様」

 そんなルナの優しい微笑みを見ていると、あのころの風景がよみがってくる。

 ……それもいいのかもしれない、と、ふと思った。そうすることで、もしかしたらなにかが見えてくるかもしれない。

 そんな淡い期待を抱いて、私は少し記憶の中を旅することにした。


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