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デビルバスター日記  作者: 黒雨みつき
第3話『北の街の“ラブ・ストーリー”』
20/132

その5『“ハッピーエンド”は目前に』


 翌日もクレイドウルの街は晴天だった。

 特有の、山から吹き下ろす風も今日は比較的穏やかで、街からは少しずつにぎやかな声が聞こえ始めている。

 少々不穏な情勢も、いまだ街の人々の生活にはそれほど大きな影響を与えていないようだ。

 そしてそんな街の高台にあるオルファネール邸。

「……ロゼッタ=マクブライド。7歳。表向きはアーバンさんの娘ということになってるみたいだけど、実際はやっぱりオーダスさんの娘だそうよ」

 その日の朝食後、アクアはオーダスから直接聞き出したらしい『塔の女の子』の正体をファントムの面々に明かしていた。

 その内容は、ドロシーが予測した通りのもの。

「その事実を知っているのは屋敷でもアーバンさんやコンラッドさんを含めて数人。あと、コンラッドさんは自ら申し出てその子の世話をしてるみたいね」

 アクアは例によってベッドに横になっている、かと思いきや、今回は行儀良くベッドの上に正座していた。

 どうやら先ほどドロシーがボソッと口にした、食べてすぐ横になったら牛になる、の格言を気にしているらしい。

「へぇ。あのコンラッドって男、見かけによらずずいぶんと世話好きだな」

 ダリアが意外そうな顔でそう言うと、隣に座っていたドロシーがつぶやく。

「ノエルとロゼッタ……どっちもオーダスの娘に限定されているがな……」

 アクアは冗談っぽく笑って、

「もしかしたら手なづけて玉の輿、なんてことを考えてるのかもね」

 すると、ダリアが待ってました、とばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。

「アクア姉じゃあるまいし」

「ちょっ……聞き捨てならないな、もう! いったいあたしのどこが――!」

 だが、反論は言い終わる前にアッサリと流されて、

「ま、ロゼッタの方は表向きはオルファネールの人間じゃねえんだし、まずあり得ないだろうけどな」

 ダリアの言葉に、うなずいたドロシーが続ける。

「大事なのは、塔に出入りしているのがほぼコンラッドひとり……たまに医者やオーダスが様子を見に行くぐらい、ってこと……病気の子供ひとり誤魔化すのは別段難しくないし、あそこから信号を送るのは無理じゃない……」

「……でも、待ってくれ」

 そこでふとティースは疑問に思って、

「たとえば、その光とかで手下の獣魔に信号を送っているとしても、それって別に塔からじゃなくてもいいんじゃないのか?」

「この屋敷の場所を考えてみろ……」

「え?」

 ドロシーの言葉に屋敷の周りの地形を考えて、そしてティースはようやく気付いた。

「あ、そっか。この屋敷、山側の方はすぐ背の高い木が生い茂ってるから――」

「山から見えるのはせいぜい屋敷の屋根ぐらいだろ……例の、あの塔以外はな……」

「そうね。だからもし光で信号を送っているのだとしたら、あの塔か、あるいは屋敷から離れた場所かどちらかよ」

 そこにダリアが補足して、

「けどま、犯人が屋敷の誰かだとすると、街の方だとよほど目立つ場所じゃねーと無理だと思うけどな。それに、ここより低い場所から山に向かって信号送ってりゃ、目撃されるリスクも高いだろうし」

「それも含めて、フィリスちゃんが情報を集めてくれてるわ。だからひとまず、今のところはいつも通りにいきましょ。みんな、よろしくね」

 と、そのアクアの号令によって、いつも通りにファントムの面々は解散した。

 ――が。

「あの、アクアさん」

「ん、なーに?」

 ダリアとドロシーが部屋を出ていった後、ティースはそれまで腰を下ろしていたベッドから立ち上がって、

「俺にもなにかできることないですか?」

 そうなのだ。

 いつも通りだったから、彼もまたいつも通り、やることがなかったのである。

「ん、そうねぇ。あ、そうそう。その前に聞いておきたいことがあるんだった」

「え?」

 怪訝な顔をすると、アクアはその顔を下からのぞき込むように見て言った。

「ティースくん。キミ、ザヴィアくんとなにか話したの?」

 心拍数が一瞬にして跳ね上がる。

「え? なにかって……?」

 しかし、アクアの言葉は彼が心配したような意味ではなかったらしく、

「ほら。昨日もそうだったんだけど、どうもザヴィアくんのことをかばっているように見えたから」

「あ、ああ、そういうことですか……」

「他にどういうことだと思ったわけ?」

「あ、いえ! 今のは言葉のアヤというやつで……」

「ふーん。……それで?」

「……別にかばってるとかそういうんじゃないんですけど」

 その問いかけに対しては、ティースはごく正直に答えた。

 ただ、ひとつの真実だけをはぶいて。

「ザヴィアさん、そんな悪い人みたいに思えないって、ただそれだけのことです」

「そう」

 アクアは納得した様子で、

「それならいいんだけどね。でも忘れちゃダメよ。ザヴィアくんも容疑者のひとりなんだってこと」

「ええ、わかってます」

「それと、ね」

 アクアはゆっくりとベッドから下りて、鏡台の前に移動した。どうも結ったお団子が気に入らないらしく、それをほどいて直し始める。

 目だけでその動きを追ったティースに、アクアは背を向けたままで、

「これはザヴィアくんがそうだって言うんじゃなく、他の誰にも言えることなんだけど……自分と仲良くなれる人全員が善人だとは思わないことよ。仲良くなれることと、相手が善人であるということは、似ているようで全然違うことなの」

「……」

「善人と悪人は簡単に友達になれるわ。悪人が悪人であると発覚するその日までは、ね」

 ティースは意を決して尋ねた。

「アクアさんは……ザヴィアさんが怪しいと思ってるんですか?」

 アクアは一瞬だけ手の動きを止め、少し考えてからあいまいな言葉で答える。

「怪しすぎるんだけど、残念なことに行動がまともなのよねぇ」

 ティースは少し眉をひそめて、

「残念なことにって……それじゃまるで、彼をどうしても悪人にしたいみたいじゃ――」

「あ、ゴメンゴメン。別にそういうつもりはなくてね。ただ……どうも違和感があるのよね、彼」

「……」

 アクアはなにか感じているようだった。おそらく、彼女にとって得体の知れないその『違和感』こそが、ザヴィアに対しての疑いとなっているのだろう。

(アクアさん、もしかして勘づいているのかな……)

 ティースが知っている事実。彼が『魔』であるということ。

 だが、それをアクアに説明するわけにもいかなかった。

 彼女がティースのような考えを持つ人間ならば、その正体を説明することで納得し、逆に疑いが薄れるのかもしれないが、そんな保証はどこにもない。

 いや、彼女もデビルバスターである以上、その可能性は低いと言わざるを得ないだろう。

「あ、そうそう。ティースくん」

 難しい顔をして黙り込んだティースに、アクアが明るい声で振り返って、

「やることないんだったら、ほら。アレ、やってきたらどう?」

「アレ、ですか?」

 ティースには思い当たるフシがなかったが、そんな怪訝な顔をするティースに、アクアは言った。

「一輪車よ」

「い、一輪車ぁ!?」

 固まったティースに対し、アクアは少し笑った。

 だがその直後、人差し指を立て、それをゆっくりとティースの眼前に向ける。

「ティースくん、この指先をじっと見つめて」

「……?」

「なにが見える?」

「……アクアさんの指、ですけど」

「それ以外は?」

「それ以外? ……アクアさんの顔とか、その後ろの鏡台とか?」

「じゃあ、あたしが今、どんな表情をしているかわかる? ……ああ、ほら! 指先から視線を離しちゃダメ!」

「す、すみません」

「もう一度、指先をじっと見つめて。あたしの指先だけを見つめて。あたしの指先だけ……」

「は、はい……」

 意味がわからないまま、素直に従うティース。

 そして数秒。

「……はい。それじゃそのまま、あたしがどんな顔をしているか言ってみて」

「顔、ですか? ……えっと、その」

 もちろんティースの視界にはアクアの顔が映っている。しかし、どう表現したらいいものかと迷って、そして迷った末にティースは言った。

「あの……キレイだと思います」

「……」

 一瞬、アクアはきょとんとした顔になり……そしてすぐに吹き出す。

「そういうことじゃなかったんだけどなぁ……ま、うれしいからいっかぁ」

「……え? え?」

 困惑するティースを見て、アクアは急に悪戯っ子のような表情になると、

「こうして見ると、ティースくんってホントかわいいわー。……ねえねえ。ちょっとだけギュってしてもいい?」

「そ、それは無理ですっ!」

 ティースは手をブンブンと振りつつ、頬を赤くしながらそれ以外の部分で青ざめるという人間離れした技を披露してみせた。

「むー……残念ねぇ」

 アクアは口を尖らせて本当に残念そうだ。

「あの、それで、結局……」

「あ、うん。つまりね。キミはどれだけ集中できてるのかなって」

「……集中?」

「前にも言ったでしょ? 一輪車に集中すること、って」

「そういや……でも俺、結局乗れるようになってませんけど」

「それはまだ集中してないからよ。ティースくん」

 そう言って、アクアは微笑みながらも少しだけ真面目な口調になった。

「視界に映るすべてのものに対して集中するなんてこと、人には絶対に不可能なことよ。だからこそ、大事なときに一点集中なの。なにかを為すとき、なにかを為さなければならないとき……そういうときこそ、集中しなければならないの。わかる?」

「は、はぁ……」

 もちろんティースにも理解はできる。だが、なぜそれが一輪車なのかがわからなかった。

「覚えておいて損はないわ。これから人よりもよっぽど強い存在――魔を相手にしていく以上はね」

「……わかりました」

 ひとまずうなずいては見たものの。

(で、結局、俺は……?)

 アクアはすでにお団子を結い終え、部屋から出ようとしている。

「あの、アクアさん! 俺、もしかして本当に一輪車――」

「じゃあ、頑張ってねっ。……ちゅっ」

 茶目っ気たっぷりに投げキッスをしてみせて、アクアは出ていってしまった。

「あの――……」

 手を伸ばしかけて固まったままのティースの背後を、なぜか一陣の風が吹き抜ける。

 ――どうやら、そういうことのようだった。




 ファントムの面々は情報収集にもそれぞれの特徴がある。

 幼気で邪気のなさそうな外見を武器(?)に、会話を中心に情報を引き出すフィリス。

 とにかく行動力を武器に広範囲の様々な情報や怪しい場所を見つけだすダリア。

 そして普段からどこに隠れているのか、ほとんど姿を見せることなくなぜか重要な情報を発見してくるドロシー。

 そんな3人の中で、誰が一番優秀かと言えば甲乙付けがたいが、誰が一番危険な目に遭いやすいかといえば、それは比較的簡単に答えが出る。


 フィリス=ディクターは実のところ盗賊の娘である。

 もちろん彼女が盗賊だという意味ではなく、彼女の父親が盗賊だったという意味だ。

 その父は3年ほど前に捕まり、今はネービスの監獄所で刑に服していた。

 そんな彼女が――常識的にはとても考えられない――ミューティレイクで働けるようになったのは、もちろんファナと、とある人物のおかげだ。

 彼女はその2人にとても感謝していたし、自分が働くことで間接的にでもその2人の役に立てるならと、いつもそう考えて行動している。

 生い立ちがどうであれ、彼女はそんな、見た目通りのけなげな少女なのである。

「……うーん」

 そしてこの日の昼過ぎ、様々な情報を集め、一度自室に戻ったフィリスはひとつの結論に達していた。

(塔以外から信号を送るのは無理みたい……)

 それについてはダリアが言った通りなのである。人のたくさんいる場所から、おそらく山に潜んでいるであろう魔に対して光の信号を送ることは非常に困難だ。

 鳥型である風の五十四族は視力自体は良いが色を判別することはできない。知能ももちろん高くはないから、たとえば光の信号を送るにしても、やはりよほど目立つ場所からでなければ難しい。

 そして次にフィリスが考えたのは、本当に塔から信号が送られているのか、あるいは別の方法が使われているのか、ということであった。

 と、そのとき。

 開きっぱなしになっている窓から流れてきたかすかなメロディに、現実へと引き戻される。

「あ……」

 それでフィリスはふと思いついた。

(音、ならどうかな……?)

 その不思議な音色を発しているのがザヴィアだということはフィリスも人伝いに聞いて知っていた。

 とはいえ、彼女はザヴィアを疑ったわけではない。

 どこか聞き覚えのあるそのメロディは、とても山まで届くほどに大きくはなく、窓を閉めるか屋敷の敷地外に出るかすれば確実に聞こえなくなる程度の音量だったからだ。

 ただ、音という可能性はフィリスの頭の中に留まった。

 問題は、山まで届くほどの音量ならば、当然に屋敷の誰もが確実に聞こえるぐらいの音だということである。

 風の五十四族と呼ばれる今回の魔は、人以上の聴覚は持っているものの、極端に優れているというわけでもない。

「……あれ?」

 次に聞こえたのは犬の吠え声だ。

 フィリスは窓の外に視線を移動させる。

「あれは……コンラッドさん?」

 コンラッドと一緒にいるのは屋敷の番犬数匹だった。

 遊んでいるのか、エサでもやっているのか。遠目でフィリスには判別できなかったが、番犬たちはまるで合唱するかのようにしきりに吠えていた。

(ずいぶん吠えるなぁ、あの子たち……毎日1、2回はああやって吠えてるもの……)

 こんな光景を見るのはフィリスも初めてではない。この家の番犬はしつけられているにしては珍しいぐらいに吠えるのである。

 もちろんミューティレイクの番犬たちは、絶対にこんなことはしない。

(やっぱりご主人様がいいと、犬たちも行儀良くなるんだ、きっと。お嬢様はここの当主様と違ってとても立派な方だもの)

 フィリスはこのオルファネールの当主、オーダス=オルファネールにはあまり良いイメージを持っていない。

 いや、元々はそうでもなかったが、今は悪い印象を持っている。

 理由は簡単だ。

 彼女はまだ、幻想であれなんであれ、結婚とか恋愛とかいうものに夢を持っている年ごろであり……早い話が、『隠し子』云々の話で幻滅してしまったというわけなのである。

 そのことを思い出し、フィリスは再び気分を害してひとりで口を尖らせていた。

(お父さんは悪いことしてたけど、でもお父さんは死んだお母さんだけだったんだから……)

 思考が脱線しかけたことに気付き、フィリスは頭を振る。

 子羊を連想させるクセのある髪がかすかに揺れた。

「よいしょっ……」

 休憩を終了してベッドから下りると、部屋を出ていく。

(次は、やっぱりあの塔を調べなきゃ)

 そんな彼女のポケットには、今朝アクアがオーダスから借りてきた塔の鍵があった。

 ロゼッタという子に直接話を聞くに当たって、一番歳の近い彼女に白羽の矢が立ったのである。

(塔からなにか信号が出ているのなら、そのロゼッタっていう子が知ってるかもしれないもんね……)

 そしてフィリスは部屋を出た。


 ――先ほど見ていた庭から、逆にその後ろ姿を見つめる視線があることには気付かずに。




 そのころ、ティースはといえば――

(集中……集中――)

 ガシャン!!

「いたた……」

 律儀にも、アクアに言われたとおりに中庭で一輪車の練習をしているところであった。

(おっかしいなぁ……)

 腰をさすりながら立ち上がり、どうしても納得できずに首をかしげる。

(ちゃんとアクアさんに言われた通り、集中してるんだけどな)

 再び一輪車にまたがった彼の視線は、じっと『足下に』集中していた。

 ――どうやら、誰も基本的な乗り方を彼に教えなかったらしい。

(集中……集中――)

 ガシャン!!

「いてててて……」

 とまあ、そんな彼がまともに乗れるようになるのはずっと先の話であろうから、そこからほんの少しだけ時間を進めるとしよう。

「……あれ?」

 しばらく経ったあと、ティースはかすかに聞こえるメロディを耳にした。

(これは、ザヴィアさんの……?)

 特徴のある音色は間違いなく彼の楽器だ。ティースたちの部屋の方向から聞こえてくる。

 一瞬不思議に思ったが、すぐに思い出して、

(あ、そっか。ノエルさんの部屋、移動したんだっけ……)

 物悲しげなメロディは、街角でもよく耳にするごく一般的な曲。

 ザヴィアが昨日、ティースの前で演奏したものと同じで、確かノエルに教えてもらったという『別れの曲』だった。

 そしてふと、予感が胸を過ぎる。

(……まさか)

 思い出す。

 ――彼は昨日、その曲を演奏した後でティースに自らの正体を打ち明けたのだ。

 音楽が止んだ。

「……」

 ティースは少し考えた後、屋敷の中へ足を向けることにした。

 そこに到着するまで約5分ほどだっただろうか。

 ちょうど、ひとりの人物がノエルの部屋から出てくるところだった。

「ザヴィアさん」

 ザヴィアは、ターバンを直しながら現れた。

 部屋の中は、不気味なぐらいに静まり返っている。

 ティースは確信した。

(……打ち明けたのか)

 そしてザヴィアの方もまた、ティースの問いかけを待つまでもなく答えた。

「ティースさん。ええ、そろそろ潮時かと思いましてね」

「……じゃあ、やっぱり」

 うなずいて肯定し、ザヴィアは苦笑した。

「黙って出ていっても良かったのですが……そうですね。どうせ出ていくのなら、最後に少しでも彼女の要求に応えてあげようかと思いまして」

 ノエルがいったいどんな反応を示したのか――それはティースにはわからない。ただ、少なくとも彼の正体を全面的に受け入れるものではなかったのだろう、と思った。

 そしてそれは普通の人間としては、当たり前の反応だ。

「……」

 なんとも答えられずに視線を泳がせたティースに、ザヴィアは右手を差し出した。

「あなたには色々と感謝しています。ただ、あなたのような考え方の人がそれほど多くないのは経験からわかっていましたから。だから、別にどうということはありませんよ」

 そう言った彼の顔は、確かにそれほどショックを受けている様子はない。

 『慣れ』ている。彼のそんな姿が、ティースの目には逆に少し淋しげに映った。

「……ノエルさんは?」

「彼女には酷な話だったかもしれませんね。やはり黙って出て行った方が良かったのかもしれません」

 そこで初めて、ザヴィアは視線を泳がせる。

「とにかく、私は準備を終えたらすぐにここを出ることにします。この事件が落ち着くまで滞在しようかと思っていましたが、これ以上は旅立つ決心がつかなくなりそうでしたから……ちょうどいい機会です。私も、通報されて縛り首になるのはさすがに嫌ですからね」

 ティースはすぐに反論する。

「そんな……ノエルさんはきっとそんなこと――」

「だと、いいですね」

 どこか淡々と答えるザヴィアの言葉には、ひどく重みがあった。単なるなぐさめや、根拠のない感情論など、まるで歯が立たないほどに。

 もちろんティースには、彼にそれ以上の言葉をかけることもできず。

「とにかく、これでお別れです。お互い旅を続ける身、あるいはどこかでまた出会うことがあるかもしれませんね」

「……ああ。そうかも、ね」

 どこかすっきりしない気持ちのまま、それでも他に適当な言葉も見当たらず。ようやく差し出されたままのザヴィアの右手を握り返して、ティースはゆっくりとうなずいた。

「……本当におもしろい人だ」

「え?」

 手を離して、ザヴィアは口元に笑みを浮かべた。

「あなたの方が、私よりもよほど悲しそうな顔をしていますよ」

「あ、いや」

 それは客観的に見ても確かにその通りである。

 そしてティース自身、そうかもしれないと思った。

 実際、彼はこの結末に対してどこか納得できないものを感じていたのだから。

(……そうだよな。こうなるのが嫌だから、俺は他人の恋愛に首を突っ込むのは嫌だったんだ……)

 後悔先に立たずとはこのことだった。

 ただ。

(でも――)

「それでは、ティースさん。旅の無事をお祈りします」

「あ、ああ……ザヴィアさんも」

 最後にもう一度微笑んで、そしてザヴィアはティースの前から去っていった。

 これから旅立ちの準備をして、そしておそらくは1時間もしないうちにここを出ていくことになるのだろう。

「……」

 そんな彼の後ろ姿が廊下の向こうに消えた後、ティースは大きく深呼吸して、そしてグッと拳を握りしめた。

(でも……ここまで見たんだから、最後まで見届けなきゃ)

 きびすを返し、ノエルの部屋の前に立つ。

 中から物音は聞こえない。

 そっと、ノックをした。

 返事はなかった……が、人の気配は確実にある。

「ノエルさん?」

「……ティースさん、ですか? ……どうぞ」

 ティースが声を掛けると、かろうじて返事が聞こえた。

 平然を装おうとはしていたが、声色はショックをまるで隠し切れていない。

「あの……」

 部屋に入ると、ベッドの端に腰掛けたノエルの姿があった。

 窓は開け放たれたままでカーテンが揺れている。おそらく、先ほどまでザヴィアがそこに腰掛けていたのだろう。

「どうか、なさいました?」

 あくまで平然を装おうとするノエルは、隠し通せない困惑の表情を浮かべてはいても、ザヴィアの正体について自ら口に出そうとはしなかった。

 どうやら彼女は、少なくとも今の段階では、正体を明かした彼のことをどうこうしようということは考えていないようだ。

 その事実にティースはひとまず安堵し、それに後押しされて口を開く。

「ザヴィアさんのことですけど……」

 ノエルはハッとした顔をする。

「まさか……先ほどの話、聞かれていたのですか?」

「あ、いや!」

 険しくなったノエルの表情に、ティースは慌てて弁解した。

「違います! そうじゃなくて……その、僕も昨日、彼から聞かされていたので」

「え?」

 ノエルはひどく意外そうな顔をする。だが、ティースの表情を見てそれが嘘ではないことを悟ったのか、視線を斜め下に落とした。

「そうですか。……ザヴィア様は、ティースさんとよほど気が合われたのですね。でも」

 怪訝そうな瞳が向けられる。

「ティースさんはどうしてそんなに平然としていられるのです? 彼は……恐ろしい魔なのですよ?」

「僕は……その」

 少しだけ言い淀む。

 ティースには彼女を説得しようなんて気持ちはこれっぽっちもなかった。ただ、自分の感じたことや自分の経験を彼女に伝えようと思っただけだ。

 それをどう判断するかはもちろん彼女次第で――

「……子供のころ、僕には魔の友達がいたんです」

 切り出したティースに、ノエルはもちろんあっけに取られた顔をする。

「とも……だち?」

「ええ。友達です」

 それはティースにとっても、勇気を必要とする告白だった。

 もしも相手が疑り深い人間であれば、魔の側の人間――デビルサイダーとしてのレッテルを貼られてもおかしくない告白なのだ。

「……」

 だが、ノエルは驚いたような顔のまま、やがてその表情が真剣味を帯びて、言葉の先を促すようにティースを見た。

 ティースはそれに応えて、

「信じられないかもしれませんけど、その僕の友達は、おもしろい話をしたら笑ってくれたし、悩みを打ち明けたら真剣に相談に乗ってくれました。それに、最後のときには、泣いて別れを惜しんでくれたんです」

 ノエルは半信半疑の表情だ。

 当たり前の反応だった。

「それは……本当の話なんですか? 作り話ではなくて?」

「すべて、本当のことです」

 それは確かに、ティースの記憶の中に実在する話だった。それが事実であることを証言してくれる人もいる。

 ティースはさらに決意を強くして言葉を続けた。

「魔って、確かに悪いことをするのがほとんどで。だけど、全部が全部そうじゃないって、僕はそう信じてます」

「……」

 目を見開いたノエルは、やがて視線を落として、そしてポツリと口にした。

「ザヴィア様は……?」

 ティースは少し視線を泳がせて、

「彼は確かに魔で、もしかしたら恐ろしい存在なのかもしれない。だから僕はあなたに対して無責任なことは言えません。ただ、僕は彼を見送りに行くつもりです」

「……」

 ノエルは視線を泳がせて、そしてティースの言葉に何事か考えているようだった。

「……それだけです」

 それ以上はなにも言わず、一礼して部屋を出る。

 ……ティースの語った言葉は、一般常識から言えば決して正論ではなかった。確かに魔は大半が危険で恐ろしい存在なのだ。

 だから他人に押しつけられる考えではなかったし、ティースにもそんなつもりはない。

 だから、後は彼女の判断に委ねるしかなかったのだ。

 ……と。

「あら?」

 神妙な顔で部屋を出たティースの前に、突然使用人の格好をした女の子が現れた。

 一瞬ドキッとしたが、よく見ると少女はいつもこの時間に部屋の掃除をしている人物だった。もちろん聞き耳を立てていた様子もない。

「ノエル様は、部屋におられます?」

「え……あ、うん」

 そう答えると、少女は少しあどけなさの残る笑顔を浮かべて、

「そうですか。では、お掃除はもう少し後にしますね」

 他の部屋に向かった。

 鼻歌混じりのその後ろ姿を見送りながら、ティースは額の冷や汗を拭いつつ、

(そうだ。急がないとザヴィアさんが行っちゃうな)

 少し足早にザヴィアの部屋へと。

 その途中、

(……あれ? コンラッドさん?)

 コンラッドの後ろ姿を見かけて、ティースはふと立ち止まった。

(塔の方へ行くのか……? 昼ご飯には少し遅い気がするけど……)

 とはいえ、ロゼッタという子の世話をしている彼のこと。それ自体は決しておかしなことでもなく。

 結局ティースは気に留めることなく先を急いだのだった。




「姐さん……」

「ドロシー?」

 アクアが部屋に戻ると、いつから待っていたのかドロシーがベッドの上に座っていた。

 相変わらず膝を抱えた体勢で背中を丸め――それは見ようによっては少し病的にも思える。だが、もちろん長い付き合いのアクアはそれを気に留めることもなかった。

 時計が16時近くを差しているのを確認して、アクアはさっそく尋ねる。

「なにかあったの?」

「ああ……ちょっと気になる情報だ……」

「……」

 アクアは表情を引き締めた。

 そのドロシーの口調から、いつも以上の手応えを感じたからだ。

「話して」

 アクアがソファに座るのを見て、ドロシーは話し始めた。

「魔が頻繁に現れるようになってから、屋敷じゃもうひとつの異変があったらしい……」

「もうひとつの異変?」

「ああ……オレも少しおかしいとは思っていた……けど、オレたちにはなかなか気付けなかったこと……」

「どういうこと?」

「『犬』だ……」

「犬?」

 アクアは怪訝そうに眉をひそめた。

「犬って、今も外で吠えている、あの?」

「ああ……」

 ドロシーは膝の間で小さくうなずいて、

「ヤツらがよく……といっても1日に2回程度だが……吠えるようになったのは、つい最近のことらしい……」

「……なんですって?」

 その言葉で、アクアはようやく悟った。

「最近って……まさか」

「ああ……魔が現れ出した時期だ……屋敷の連中は暑さでストレスが溜まっているとか、勝手にそういう解釈をして、そんなに気にしてなかったらしいがな……」

 確かに、犬が吠えることと魔が現れることを単純に結びつけるのは、そう簡単なことではない。

「……」

 アクアは無言で口元に手を当てた。

 もちろん彼女にもすぐには答えが出ず、それがどういう意味なのかを考えているらしい。

「……あの犬、四六時中吠えているわけじゃないわね?」

 ドロシーは満足そうにうなずいて、そして答える。

「屋敷の面々も注目していたわけじゃないから記憶はあいまいだ。もちろん吠えたから必ず現れるってわけじゃないが、魔が現れる前には必ず吠えているようだな……」

 だが、アクアはすぐに難しい顔をして、

「じゃあ犬の鳴き声が引き金に……? でも、そんなことが可能なのかしら? 犬だったら屋敷以外にもいくらでもいるし、山まで届く遠吠えだってかなりの数があるはず……」

「姐さん……」

 ドロシーは口元に、彼女にしては珍しい笑みを浮かべていた。それは彼女がなんらかの答えに達したときに浮かべるものだった。

「よくしつけられた犬が、命令もされず、なにもなしに吠えるはずはないだろ……?」

「……あ!」

 閃いたようだ。

「そっか……じゃあ魔を操っていたのは――!」

「おそらくな……確証はないが、可能性は高い……」

 アクアは立ち上がって、すぐに荷物の中を漁ると、そこから目的のものを取り出した。

 手甲型の破魔具『氷雨』。

 それを軽く打ち鳴らすと、氷の粒が宙を舞った。アクアの表情からはいつもの明るさが消え、視線が鋭さを増す。

「……ドロシー! すぐに確認しに行くわ!」

「了解……」

 そして――2人がそう言葉を交わした直後のことだった。

 ――突然、屋敷中に派手な破裂音が響き渡る。

 発生源はかなり近い。

「ドロシー!!」

「……ああ」

 声を掛け合う前に、2人の体は部屋を飛び出していた――




 そこから時間は少しさかのぼる。

「それにしても変な話ですね。先ほどお別れを言ったばかりだというのに」

 言いながら、ザヴィアはゆっくりと楽器から口を離した。

 別れの記念にと最後に彼が演奏したのは、やはり彼の故郷の曲だった。その印象的なメロディは、しっかりとティースの耳の奥に焼き付いて、いつまでも離れそうにない。

「あのヒステリックな犬の鳴き声も、これが最後かと思うと惜しいものですね」

 そう言って苦笑するザヴィア。

 2人は人気のない裏口から屋敷の外へ出ていた。どうやら彼は、当主のオーダスにも感謝の置き手紙を残すだけで、黙って出ていくつもりらしい。

 もちろん途中、幾人かの使用人たちに出ていく姿を目撃されていたが、誰もザヴィアを引き留めたり理由を問い質したりするものはいない。

 今、彼らがこの場にいることも、屋敷の中や外で仕事をしている使用人たちの目に留まっているはずだったが、やはり誰ひとりとして声をかける者はいなかった。

 確かに彼は、屋敷の人々に歓迎されていなかったのだ。

「それでも、ひとりでも見送りがいるというのは嬉しいことですね。ティースさん」

 裏門の前まで歩いていって振り返り、そしてザヴィアは微笑みを浮かべた。門の先はもちろん山で、すぐに高い木々が生い茂っている。

「こうして立ち去る私が言えた義理ではありませんが……あなたがここにいる間だけでも、ノエルさんのこと、お願いできませんか?」

「え……?」

「この前ノエルさんが襲われたとき、ティースさんはあの鳥型の獣魔をも恐れずに剣を握りしめていましたね。相当腕も立つとお見受けしました」

「……いや」

 ティースは正直に答えた。

「俺はただ、あそこに立っていただけだ。たぶん、俺だけじゃノエルさんを助けられなかったと思う」

 ザヴィアは首を横に振って、

「それでも、あなたにはノエルさんを助けようとする気持ちがあった。気持ちが人を動かす。その気持ちが人を強くするのです」

「……」

「あなたにはその気持ちがある。あなたはきっと、この先も多くの人を助けることになるのでしょうね」

「……そんな大げさな」

 少しだけ照れて、そしてティースは頭を掻いた。

「俺はただの……芸人一座の下っ端だから」

「……そうでしたね」

 ザヴィアは笑った。そして空を見上げる。

「日も少し傾いてきましたね。そろそろ……16時になるころでしょうか」

「あ、ああ。俺が部屋を出たのが40分ごろだったから、そうかもしれない」

「では、私はそろそろ行きます。……最後に」

 ザヴィアがゆっくりと背を向け、そしてつぶやくように言った。

「ティースさん。ノエルさんに『楽しかった』と伝えておいていただけますか?」

「……」

 ティースは黙ってうなずいてそれを見送った。

 これ以上かける言葉はない。

 ザヴィアもまた、ティースの反応を確認することなく歩みを進めていく。

 空では太陽が、あと数分で16時を刻もうとしていた。

 そしてザヴィアの姿は木々の間へと消えていく。


 ――と、そのときだった。


「……ザヴィア様!!」

「!」

 響き渡った声は、その場にいた2人を同時に振り向かせた。

 足を止めて振り返ったザヴィアも、そして裏口の前に立っていたティースも、一様に驚いた顔で。

「ノエル、さん?」

 最初に言葉を発したのはティースだった。

 少しだけ、信じられない思いで。

「……」

 ノエルは無言のまま、真剣な表情で足を進め、そしてティースに向かって小さく頭を下げると、そのままザヴィアの方へと歩み寄っていく。

「ノエルさん……」

 ザヴィアもやはり意外そうな顔をしていた。

 背負った荷物を支える右手がかすかに力を失い、少しだけ背中を滑り落ちる。

 そんな彼の目前まで行って、そしてノエルは言った。

「ザヴィア様。私、決めました!」

「……なにを、ですか?」

 戸惑うザヴィアに対し、ノエルの声は明らかな熱を帯びていた。後ろで聞いているティースが思わずたじろいでしまうほどに。

 そしてノエルは言った。

「ザヴィア様が何者であろうと、気にしないことにしました! だって、私にとって大事なことは、ザヴィア様がザヴィア様であるということですもの!」

「……」

 ザヴィアは目を見開いてノエルを見つめていたが、やがて、その視線がティースの方へ向けられた。

 それでもやはり驚きは消えないままで。

「……ティースさん。あなたがノエルさんを説得したのですか?」

「あ、いや……」

 だが、そんなノエルの姿に一番驚いていたのは、もしかしたらティースだったかもしれない。

「俺はただ……ちょっと自分の考えを……」

 ノエルが強い口調できっぱりと答える。

「ティースさんがきっかけを下さいました。ただ、決めたのは私自身です!」

「……」

 ザヴィアはわずかに視線を泳がせた。どう答えればいいのか迷っているのか。

 ……ただ、それは一瞬のこと。

 やがてザヴィアは、苦笑を浮かべた。

「あなたといい、ティースさんといい……本当に変わった人たちだ」

「変わっていても構いません! ザヴィア様……どうか、もうしばらく屋敷に留まっていただけませんか!」

「……」

 ザヴィアは目を閉じ、そして深く息を吸って……吐く。

 目が開いて、

「残念ですが、それはできません」

 きっぱりとそう言い放ったザヴィアに、ノエルの肩が一瞬だけ震える。

「どうしてですか……? 私はザヴィア様のことを誰にも言いません。今まで通りにしていただければ――」

「お気持ちは嬉しいのですが、それは無理な相談なのです」

 ザヴィアは空を見上げる。そして自らの右手を口元に運ぶと、涙型のアザにそっと口づけた。

 まるで、なにかの儀式のように。

 そして、

「だって、私は――」

 彼がそう言いかけた瞬間だ。

「なっ……!!」

「えっ……!?」

 ――屋敷から、派手な破裂音が響き渡った。

 かすかな爆発音と、それに重なったガラスの割れる音。

「まさか……また魔が――!!」

 ティースは即座に状況を理解した。

 だが、屋敷の中へ飛び込もうとしたティースを、ザヴィアの鋭い声が制する。

「ティースさん!」

「!」

 怪訝そうに振り返ったティースの頭上。

 そこを照らしていた太陽の光が急に途切れる。

「え……?」

 反射的に頭上を見上げたティースの視界に入ったのは――

「こっ……こいつらっ!!」

 空から降下してくる2つの人影。

 ……いや、それはもちろん『人』などではない。

「風の五十四族――!!」

「ノエルさん! こちらへ!!」

「は、はいっ!」

 ザヴィアがノエルをかばうように立つ。

 ティースも即座に間合いを取った。

(くっ……武器がない――!)

 それに気付いたのか、ザヴィアは叫んだ。

「……ティースさん、ここは私がなんとかします! あなたはすぐに屋敷に戻って武器を!」

「だ、だけど――!」

「心配は無用です……!」

 地面に降り立った2匹の獣魔は、すぐに威嚇の声を発した。

 だが、ザヴィアが怯むことはない。

「私がこの程度の相手に遅れを取るはずがありません……」

 背中の荷物から剣を引き抜く。

 その切っ先を魔に向けると、ザヴィアの体から以前と同じ威圧感が放たれた。

 2匹の獣魔が怯える仕草を見せる。

「さぁ、ティースさん! 今のうちです!」

「……」

 迷っているヒマはなかった。

 確かに武器を持たない今のティースは、ここにいてもなんの役にも立たない。

「すぐ戻る! 死ぬなよっ!!」

 ティースは駆け出した。

 気付いた獣魔が飛びかかろうとしたが、それはザヴィアの牽制に止められた。

 それを確認し、ティースはそれ以上振り返らず一目散に駆ける。

(急がなきゃ――!)

 屋敷の中もまた、例の破裂音のために騒然としていた。おそらく裏口に現れた獣魔に気付いている者は少ないだろう。

「……ティース!!」

「ダリア!?」

 部屋に向かう途中の分岐路で、同じように駆けるダリアとはち合わせた。横に並んで、ダリアは興奮した様子を隠さずに、

「お前、今までどこでなにやってやがっ――!」

「裏口に獣魔が現れたんだっ!!」

「……なんだって!?」

 言葉を交わす間も、2人の脚色は衰えない。

「今はザヴィアさんがひとりで食い止めてる! ノエルさんも一緒だ!!」

「ちっ……ってことは、2ヵ所に同時に現れやがったのか!」

「あの破裂音は!?」

「あたしにも詳しいことはわかんねぇ! けど、若い女の子がひとり犠牲になったらしい!」

「女の子……!?」

 一瞬、ダリアの顔が大きく歪んだ。

「フィリスのヤツの姿が、ここ2時間ぐらいずっと見えねぇんだ!」

「な――っ!」

 目を見開いたティースに、ダリアはギリッと奥歯を噛みしめて、

「ともかく……あんたは裏口へ行ってくれ! アクア姉もドロシーも騒ぎを聞きつけているはずだから、すぐに誰かを助けに向かわせる!」

「あ……ああ!」

 ダリアの言葉はティースの胸に不安を植え付けたが、それを気にしているヒマすらもなかった。

 部屋の前でダリアはそのまま直進し、ティースは部屋へと飛び込む。荷物の中から愛用の剣『細波』を手にすると、すぐに来た廊下を戻った。

 途中、どうやら騒ぎが起こっている部屋が、すぐ近くだと気付く。

(……フィリス……!)

 今の彼にはただその無事を祈ることしかできず……そして、事件はようやく『終幕』を迎えようとしていた――


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