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猫の住むまち

猫色ブルーアワー

作者: ドルチ

僕らの町にはボスが居る。


僕らの町に限った事ではないだろうけど、きっとある程度の集まりが出来ればボスってやつは現れる。


いつも威張ってばっかりで、自分はどーんと真ん中に座ってその横には大抵腰ぎんちゃくのような奴が居る。

嫌われ者で、だけどいざって時には頼りになる。


そんなボスが僕らの町にはいる。


だからって良くある物語じゃない。なぜなら、僕は猫だから。



僕の名前はグランマニエ、この町に来てもう一年半になる。僕と妹のミルフィーユを今の飼い主が拾ってきてくれてたのが僕らがこの街にやってきたきっかけだった。

あの頃弱々しかった僕の腕も、毛並みもずいぶん立派になってきた・・・と思ってはいるのだが。


「兄さん、そろそろ時間よ」


そうだ、今日は集会の日だった。

週に一回ある集会、僕はそこに行くのが嫌だ。なぜなら、そこにはボスがいるから。


「さっさと準備して」


いつもの抜け道を使って、ミルフィーユと一緒に外に出る。家の人は僕らを家猫と思い込んでいるけど、猫にとって、人の知らない道を見つけ出して抜け出すなんて簡単な事だ。

抜け道の先には犬小屋があって、そこには僕等よりずーっと前から飼われている犬のクロとマーがいる。


「尻尾を踏まないように、そーっとね」


左手で、口元を押さえながらミルフィーユが先に進む。


「大丈夫、今日は良く寝てる」

「いいよなー、クロとマーは集会に行かなくていいから」


「ほら、馬鹿なこといってないでいくわよ」


「今日もトラ丸きてるかな?」


「きてるに決まってるでしょ、この町のボスなんだから」


「はぁ・・・」


トラ丸は、近くのおばあちゃんに飼われている猫でもう十年以上前からこの町にいる。

どうやったらそんなに大きくなるのか聞きたくなるほど大きくて、後ろから見ると犬と間違える人もいるらしい。いつも、ぴんと伸びた尻尾を自慢げにゆらゆらさせてる、そんな奴。


「今日は、みんなに重大な事を伝えないといけない」


そういったボスの横には、全身傷だらけで、足を引きずりながら現れたマルスの姿があった。


「あのマルスが・・・」


集会所になっている空き地は、ざわめき出した。それもそのはずだ、マルスは次のボス間違い無しと言われているほどの猫で、今まで喧嘩に負けた事なんてなかったんだから。


「静かに」

「マルス、説明してやれ」


そうボスに促されたマルスは、静かに話し出した。


「あの日、俺はいつもの道を散歩してたんだ」

「時刻は丁度今頃、町が眠りに付いた頃だ」

「魚屋の残り物の鮭を手に入れ、上機嫌だった俺の目の前に不意に七つの目玉が現れた」

「俺も必死に抵抗したんだが・・・」

「この有様だ」

「奴らは最後に気になることを言っていた」

「この町もすぐ自分達のものになる、それまでおとなしくしてろって」


「というわけなんだ」

「そこで、今度から外を歩くときは二人一組で歩く事」

「それらしき、猫を見つけた場合は直ぐに俺に報告することとする」


集会が終わって、家に辿り着いた僕らは2人でどうするか相談をした。


「ミー、どうする?」


「危ないって言うのなら、ちゃんとボスの言う事を守りましょ」


「そ、そうだね」


1週間後、次の集会が開かれた。

いつもなら、二十匹はいる集会所に今日は十匹くらいしか集まっていない。


「ミケもヤマトもやられたらしい」

「マチもだってよ」

「怖くて外にでれねぇよ」


「静かに」


ボスの一言で、集会所は静まり返った。


「みんなも知っている通り、何匹かが奴らにやられた」

「だが、こちらとしても何もしていなかったわけではない」

「まず奴らは、『七つ目』と呼ばれている猫達である事がわかった」

「奴らの目的はこの町を支配する事。そうしながら町から町を渡り歩いて食料にありついているらしい」


「じゃあ、わしらはどうするんじゃ?」

「戦うのか?」


口を開いたのは、みんなに長老と呼ばれているミトラという猫だった。


「いや」


「じゃあ、降伏するのかよ?」


「いや」


「やられっぱなしか?」

「もう、こっちはだいぶやられてるんだ」


若い猫達は、仲間の仇を打ちたくてうずうずしているようだった。


「とにかく、うかつに動かない事」

「今日の集会は、ここまで」


半ば強引に集会を終わらせたボスには、なにか考えている事があるようだった。


それから週を追うごとに、集会に集まる猫の数は減っていった。噂では、若い猫達は戦いを挑んで返討ちに会ったらしい。


そして・・・とうとう集会には、ボス、僕、ミー、長老の四匹になってしまった。みんな、奴らの手下になったか、動けなくなったのかどちらかだろう。


「これだけか」


少なすぎる参加者をみて、ボスは少し寂しそうな顔をした。


「あの時といっしょじゃな」


長老が口を開いた。


「あの時?」


「長老」


口止めをするようにゆっくりと首を横に振ったボスを見て、長老は口をつぐんだ。


「今日で、解散だ」


思ってもなかった言葉だった、あの威張り散らしていたボス、堂々としていたボスから出た言葉とは思えなかった。


「戦わないの?」

「逃げるの?ボス!?」


いつもはそんなに話さないミルフィーユが、叫んだ。


「ボス、怖いのかよ」

「あんなにいつも威張っていたのに!」


僕は、泣いていた。ボスのこと、嫌いだったけど好きだった。その強さにあこがれていたんだ。


「怖いんだよ」


そう静かに言ったボスは、空き地を後にした。

空き地を出て行くボスの背中は、凄く小さく見えた。


あれから三週間、僕等は外にでなくなっていた。このまま、ずっと家の中で過ごそうなんて話を二人でしていた。


―コンコン


―コンコンコン


窓を叩く音が聞こえる。


「誰?」


「グー、ミー大変なんだ、長老が・・・」


ビスケだった、僕らよりも後に入ってきた新入り。そのビスケがこんな夜中に。


「長老が?」


少し寝ぼけながらミルフィーユが答える。


「長老が奴らに」


よく見るとビスケは傷だらけで、歩くのもやっとと言った感じだ。


「どこ?」


「橋のふもとで」


「行こう、グー」


「うん」


「ビスケはここで待ってて」


行ってどうするんだ、どうせ行っても何も出来ないだろう、今のビスケと同じ目に合わされるだけだ。

でも、足が勝手に僕等を走らせた、僕達に迷いはなかった。


「あそこよ」


橋のふもとに何匹かの姿が見える。


「やめろー」


僕のはなった一撃はいとも簡単によけられ、おまけに何発かのお返しをもらった。


「長老!」


長老は、息も絶え絶えと言った感じで横たわっている。


「あんた達」


ミルフィーユが、毛を逆立てて威嚇する。


「直ぐにお前達もそうなる」


そう答えたのは、三匹の猫の後ろの方でこちらの方をじーっと見つめる黒猫だった。

闇に溶け込んでしまいそうな大きな漆黒の体、そして片方の目には大きな傷跡があった。

『七つ目』の意味を僕は理解した。


「まだ、こんな猫がいたんだねこの町にも」


「まぁ、直ぐに終わりだよ」


全然歯が立たなかった、数回やりあう間に僕達はもうボロボロになってしまっていた。


「はぁ、はぁ」


息が苦しい・・・暖かい布団、おいしい食事、日向ぼっこ、そんな幸せな日々が思い出された。それもこれも、もうここで終わりなのかなと思った。

ふとミルフィーユの方を見ると肩で息をしながらも、ミルフィーユの目はまだ死んでいなかった。


「心で負けたらそこで終わり、私は最後まで私でいたいから」


妹が、頼もしく思えた。


「終わりだ」


四匹がいっせいに飛び掛ってきた。


―ガン


何かが飛んだ音がした。


「ミルフィーユ?」


おそるおそる目を開けた僕の右には、ミルフィーユがまだ立っている。ふき飛んだのは、ミルフィーユじゃない。

ゆっくりと目の前を見ると、見慣れた尻尾、トラ柄の模様、何故か傷だらけの体のボスがいた。


「ボス、なんで?」


無言のまま、ボスは『七つ目』達の方睨み付けた。


「逃げ回ってたんじゃ・・・」


ボスは、傷だらけだった。


「怖いって・・・」

「あの時怖いって言ってたのに」


「今でも怖いさ」


「じゃあなんで来たのさ!」


「大切なものを失いたくないから・・・」

「それだけだ」


『七つ目』達の声が聞こえる。

「あにき、またあいつだ」


「ほんとにしつこいわね」


「そろそろけりをつけるとするか」


ボスと向かい会う、四匹の猫達。


「ボス、僕等も戦うよ」


「怪我じゃすまないかもしれないぞ」


真剣な僕等の目を見て、ボスはもう止めなかった・・・




明け方の河辺に横たわるボロボロの四匹の猫達、その中の一匹が言う。


「僕等、勝ったのかな?」


「この格好で、勝ったなんて言えないと思うけど」

「あいつら、もう来ないんじゃないかな」


「次の町に行くって言ってたもんな」

「ボスのしつこさには、嫌になったって」


「おめえらには、かっこ悪いとこ見せちまったな」


「かっこよかったよ、すごく!なぁミー」


「聞いてるの?ミー」


「ボス」

「昔、何があったの?」


僕の問いかけに答えず、ミルフィーユは気になっていたことをボスに聞いた。

しばらく考えていたボスは、大の字になったまま語りだした。


「俺と、弟は捨て猫だった」

「今の飼い主に拾われるまで、2人で戦い、生き抜いてきた」

「拾われてからだってそうさ、5年前あいつがあんな事になるまではな・・・」


ボスはそれ以上詳しくは言わなかったが、それでも僕等にはなんとなく何があったか解る気がした。


「それから、臆病になっちまってたのかも知れねぇな」

「戦う事にも、失う事にも」


少しの沈黙があった。


「でも来てくれた」


「おめえら兄弟が他人のように思えなくてな、昔の俺らを見ているようで」


「僕思うんだ、戦いって何かを傷つけることじゃない」

「何かを守ることなんじゃないかってさ」


「守ること・・・か」

「いつのまにか大切な事を忘れていたような気がするよ」

「おめえに教えられるなんてな」


「これからは遠慮せずになんでも聞いてよ」


「調子に乗るな」


僕等は、声を上げて笑った。体中に付いた傷が少し痛んだけど、なにかをやり遂げた気がしてどこか心地よかった。


「俺は、じいさんを家まで送っていく」

「おめえらは、帰れるな」


ボスと長老が居なくなった橋の下で僕等はお互いの顔を見合わせた。


「顔中傷だらけ」


「いい顔してるよ、ミー」


「あんたもね、グー」

「ほら、ブルーアワーが終わっちゃう」


ミルフィーユが目を向けた先からは、青色の太陽が少しずつ顔を出し始めていた。


「帰ろう、僕等の家に」


明け方の街を背に、二つの影はどこか大人びて見えた。


~END~

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