優人からの最後
五時、あたしは中庭に来ていた。今日が蘭の指定してくれた『明後日』六月二十二日。
「……」
あたしは約束の時間より三十分も前にここについた。それなのに。
優人はもう来ていた。
今日は学校があったから、そのままずっとここで昼寝でもしていたんだろうな。
「…………優人」
「……ナオ……」
お互いの名前を呼んだ。優人は、あたしを見た。今までずっと見てなかったのに、今は見てくれた。
それに今日は最初から目線を合わしてくれている。優人とあたしじゃ身長差があるから、あたしが少し顔を上げる感じにあなるが、いつもみたいに木に登ってはいなかった。
「ゆう――」
「きょうをれを呼び出したのは、どういう用件なんだ? 俺は、お前の告白なんてもんだったら、断ったはずだ」
早速優人に言われるその言葉。
あたしだってあれが夢だとか、何かの間違いだとかなんて思ってない。
それに自分のやってることだって。
「断られたよ。けど、こうやってもう一回……。嫌な女だよね……」
分かってる。こんなこと二回もしてるんだから。自分が未練がましい最低な女だって、わかってる。でも、違う。
「あたしは、告白しに来たんじゃないよ。聞きに来たの」
「……何を?」
蘭の言葉を聞いて、蘭から聞いた言葉に混ざってた優人の昔の気持ち。
「優人は、昔あたしに冗談で告白したって言った。それは、本当に冗談だったの?」
「…………蘭から聞いてるんだろ、冗談じゃねぇよ。昔は」
優人は、正直に話してくれたんだと思う。
「……そうだよね。優人は最後に嘘ついた。でも、あたしも言えないままだったんだよ。優人のことが好きだって」
「……そうか。でも、それがなんだよ。昔のことなんてどうでもいい」
軽く、刃物で傷をつけられた。もちろん胸に。
でおも、その通りなんだ。昔のことなんて、今はもう関係ない。そんなことをしても、修復なんてできない。
「昔のこと、なのかもしれないね。……優人。優人はあたしのことをどう思ってるの?」
「……またそれか。もう答えた。付き合えないって」
「違うよ。どう思ってるか聞きたいんだよ。好きなのか、嫌いなのか」
正直に話してくれるなら。これも話してほしい。言ってほしい。
「優人は、付き合えないって言った。…………もう、それはいいんだ、あきらめられないけど、しょうがないもん。……でも、好きかどうかは、聞いてない。だから言ってほしい」
……優人は、もう答えたんだ、この質問にも。けど聞きたい、聞き間違いじゃなくて、思い込みじゃなくて、ちゃんとした言葉が、聞きたい。
「優人……。お願いだから、チャンスをください」
あたしは頭を下げる。
「……もう、これで終わりにするから……」
「…………」
優人は、答えてくれない。代わりに、
「……顔上げろ」
と、一言だけ、ぶっきらぼうに言った。
いつものダルそうな感じの声じゃない。しっかりした、萱沼と話してた時みたいな明るい声じゃないけど、いつもと違う。
「……答えて……ください……」
すこしだけ、強がる。頭を下げたまま言ったあたしに優人は答えを聞かせてくれるのだろうか? そんな小説みたいなことが起きるんだろうか?
一秒たつのが、とても短く感じる。自分の胸の音の方が全然早いからだ。
「……お前、怖くないのか?」
優人は、また答えを言わずに質問してきた。
「こんなことして、俺に振られるだけじゃない、嫌いだって言われる。怖くないのか?」
「……怖くはない」
「なんで?」
「…………もう、怖がらなくていいから。怖くない。怖いのは、何かをなくしちゃうから。今のあたしは、何にもなくなるものがない。関係が変わっても、悪い方向には進まないもん。嫌いだって言われても、無視されるよりずっといい」
もう、涙は絶対に流さない。絶対に流れない。
もうそう簡単には流れない。あれだけ泣いたのに、まだなくなんて言うことはない。
「……すごいな。憧れるよ、やっぱり」
優人は小さくそうつぶやいた。蘭が言ってた通り、優人はあたしにあこがれていた? どんなところに?
「……そんな簡単に、自分の逃げ道を消せるのがすごい。俺は、逃げ道は消さないし、なかったら無理やり作っちまうから……」
「…………」
「じゃあ、最後のチャンス、だな。……悪い、卑怯だけど、俺はお前のこと――」