蘭はやっぱりいつも通り
蘭はあの後から急に元気になったのでレパートリーがなくなるまで歌っていた。だが、まだ店の方から時間になったという報告はない。なので、適当に時間をつぶすことにした。
「お前はまだ悩んでたのかよ……」
あたしは飽きれ気味に萱沼を見る。
「いや、だってナオだとさ……。ナオナオナオナオナオナオナオナオナオナオニャオナオナオ……今噛んだな。……あれ? でもニャオって、割といいんじゃ……」
「あたしは鳴き声じゃないからあたしじゃないよな?」
一応確認を取っておく。そんな猫の鳴き声が呼び名だなんて言うのは嫌だからな。
「……にゃあ。猫…………。ぬこ?」
「なるほどな、ぬこか。お前は意地でもそっちの方向性で考えると」
なんで猫になっちゃったんだ? 擬人化ならあたしも好きだけど……。人に猫とかのあだ名はどうかと……。
「……猫ねこネコ……。子猫ちゃん……」
ヒュンッ、と風を切る音が聞こえたのであたしは蘭の方へ顔を寄せる。
「痛ッ! なんかが飛んできた! しかも冷たい! なにこれ!?」
萱沼が一人で騒いでいるが、気にしないでおこう。
「ナオちゃんだよね!? 今なんか投げたよね!?」
あっ、ばれたのか。
「なに投げたの!? ほっぺのとこに思いっきり当たったんだけど! すごい痛かったよ!? なに投げたの!?」
なぜ二回言う。小説とかじゃないんだからそういうのは一回でいいだろ。とりあえず答えなきゃいけない気がしたので、答えておく。
「…………氷だ」
「氷!? なんでそんなもん投げちゃったの!? めちゃくちゃ固いじゃん!」
「いや、でも投げた氷がないじゃん。どこ行ったの?」
どこかに落ちてるとかするはずなんだが、どこにもない。証拠品がないぞ。っていうかなんでないんだ? 確かに投げたからその辺に転がってるはずなんだが……。
「萱沼…………食べたのか?」
「食べない食べない! それもはや芸だから! 日常でやる気ないなんてないから!」
まぁ、ないだろうな。お前は芸人にでもなるのか? ちなみに氷はドリンクの時の奴を投げた。心配はない。氷は萱沼のコップからとった。後で手、洗わなきゃな。
「……えーと、つまり嫌なんだよね?」
「何が? 主語がないからわからないんだけど?」
「だから、子猫ちゃん――」
――ヒュンッ!
「痛いって! しかも今の見た!? 氷が砕けてるじゃん! 威力すごいじゃん!?」
「ああ、あたしも驚いた。まさかこんなに簡単に砕けるとは…………。萱沼の皮膚は鉄かなんかでできてるのか?」
「ほんと、驚いた」
何故か蘭も話に加わってくる。
「砕けた氷がきらきら光って。そう、あれはまさしくダイヤモンドダスト! 規模は小さいけどダイヤモンドダストだよ!」
なんかよくわからないが、名前が付いた。氷を投げただけでダイヤモンドダストだそうだ。……バカだろ?
「読みはダイヤモンドダストでいいでしょ。あとは……よし! 周囲への妨害でダイヤモンドダスト!」
「ただの迷惑であって、戦闘時には使えなそうな技だ!」
ツッコミを入れたのはもちろんあたしだ。確かに飛び散った氷は迷惑だけどさ!
「俺のこと忘れてない?」
「別に忘れてないぞ。えーと、何だっけ? なんかを謝るんじゃなかったっけ?」
と、あたしは萱沼に聞く。
「だから、俺がナオちゃんのことを子――構えるの止めて! それ痛いんだから!」
「大丈夫だ。そこまでじゃない」
「いやいや! 氷が衝撃に耐えられなくて砕けてるじゃん! 強すぎるじゃん」
「猫パンチみたいなものだ」
「猫パンチも痛いけどさ! それ以上に痛いよそれ!」
――ヒュンッ!
「だから痛いって! しかも子猫ちゃんなんて言ってな――」
「いまだナオ!」
蘭の声がかかったので投げる! ちなみにさっきは猫という言葉に反応した。自分から猫パンチとか言ったんだけどね。
「周囲への妨害!」
ド中二病な技名を蘭が叫ぶ。氷投げただけなんだけどな。
だが、
「――何!? 避けただと!?」
と、言ったのはあたしじゃなくて蘭だ。ま、何回も同じことされれば避けれるよね。しかも今回は蘭が「いまだナオ!」って言ってるし。
「もういいから。とりあえず、その呼び方はしないでくれよ。絶対に」
「分かったって。氷投げられたんだからもう十分わかってるよ」
なんか本気で怖がってるそぶりを見せたのでもうやめる。結構楽しかったけどな。何回もやってたらつまらなくなる。
やっと電話がきて、退出することになった。飛び散った氷はしっかり回収してふき取りました。店員さん、お騒がせしました。