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(6)

「――――― なるほど、そう言う訳だったのか…」


あくる日の午前五時。

そう言って、腕を組み直した由樹の前で、翔は疲労困憊して座り込んでいた。

やっと―――― やっと終わりを迎えたであろう、拷問の様な一夜が翔の頭を駆け巡っていく。




事の起こりは、ほぼ、六時間前。

前日の午後十一時に玄関のチャイムが鳴り響いた事にさかのぼる。


『早かったのね~』


あっけらかんとした蓮の声に迎えられ、引き戸を開けて入ってきたのは誰あろう、翔の兄弟子でもある安藤由樹――――

そのまま、ずかずかと勝手知ったるなんとやらで、家の中に入りこんだ由樹は、そのまま翔をめったに使われる事のない客間へと押し込んだ。

向かい合うように正坐をさせられ、その後は沈黙――――


『…』

『…』

『…』


誰か、何とか言ってくれ…

日名子にとっても兄弟子で、なおかつ日名子とは自分たちだけの名前で呼び合う程に仲の良い親戚同士の間柄なこのご仁が、実の所、とてつもなく日名子を可愛がっている事は周囲には知られつくした事実である。その由樹が、このシチュエーションで、常に無く表情を押し殺し目の前に座っているとなったら、例え翔でなくても、出来るものならまわれ右してダッシュしたい所である。


『…で?どうなんだ、翔』


その呼ぶ声一つ、感情がこもらないことがこんなにも恐ろしいモノだなんて…


『お前はどうゆうつもりなんだ』

『…』

『ひなの事、本気なのか?どうなんだ』


言えるものなら、とっくの昔に言ってます…


『翔』

『…』

『翔…』

『ね?こ~んな感じ』


ポテンと、おどろおどろしい空気もなんのその、楽~な姿勢で座り込んでいた蓮が声を掛ける。


『口、割ろうとしないのよね~、こうなると、結構しぶといわよ、この子は』


蓮、それってフォローしてるのか?―――― してないだろ!

それを聞いた途端、由樹の眼がキラッと妖しく光ったのを、その時翔は確かに見た。


『そうかそうか。実はこれでも俺は気が長い方でな。ちょうど明日は土曜日だ。翔も講義は無い筈だな? 俺も、差し迫った用事は一つも無い事だから安心しろ。

―――― この際、じっくり語り合おうか、一晩中』


にっこりが、にやりに見えたのは気のせいでも何でも無くて――――





かくて、本当に一晩かけて、翔は洗いざらい由樹の前で事情を吐かされ、今、疲労困憊して座り込んでいる訳で。


―――― 許せ、中森…


いや、もうむしろ、許して欲しいのはこっちの方だ。

わかってただろうが、お前も! 由さんにこんな事がばれたら、ただじゃすまないって。


―――― 由さんの過保護も半端無いからなぁ…


いっそのこと、由さんに恋人役頼めばいいのに―――― なんて、今更ながら思ってしまっている翔は、実は、本当に、鈍い。


「…で、そのフリって奴をやり出したのは何時からだ?」

「五月の終わりごろ…」

「…もう、七月だぞ!?」


なにやってんだ、お前ら!

はい。もう、何やってるんだって感じなんです。


「こっちの方がどうにかして欲しいぐらいですよ。もう…」


実際、日名子も翔もこんなにも長引くとは思っていなかったのだ。

しかし…


「引かないんですよ! あの、馬鹿!」


翔も、日名子も頑張って恋人同士を演出しようとした。仕方がないから真剣に!

しかし、初めて翔が日名子を教室へ迎えに行った時、一瞬だけ翔に見とれて後ずさった田端は、その後、瞬時に立ち直ってこう言ってのけてくれた。


『先輩、妹さんいませんか?!』



「―――― そいつ、馬鹿か… 」

「だから、さっきから言ってるじゃないですか!」

「そんなんで、女がなびく訳無かろうが」

「そうでもないから、自信過剰になってんですっ!」


どうやってもなびかない日名子に、この頃では本当に本腰を入れ始めたらしく、日名子の機嫌は日ごとにますます急降下。当然、翔への当たりもきつくなる。


「…翔、お前なにやってる」


そんなんじゃ、ボディガードにもなってないぞ。


「…俺に、いいますか、それ…」


理解だけはして欲しい。翔だってがんばった。

朝の登校から帰りに待ち合わせてのお迎えまで。

しかし、しかし…


「…由さんにまで噂が届いてんのに、なんで、一番納得して欲しい奴には効かないんですか!?」


俺の方が教えて欲しいぐらいです!


―――― あ、逆ギレだ…


しっかり二人の睨みあい―――― いや、翔への一方的な吊るしあげに付き合って、一晩貫徹した蓮は欠伸を噛み殺しながら翔を見た。


―――― まあね~ おかしいとは思ったんだけど。


いや、昨日、呼び出された居酒屋で、由樹から聞かされた時はそれこそ酒を噴き出すぐらいに驚きはしたのだが。

日名子が由樹を好きな事は、蓮にとったら余りにもあからさまで可愛くて。秘かに応援していたぐらいだから、何時、由樹の事をあきらめたのかとびっくりしたものだ。

おまけに相手が翔―――― いや、ありえないでしょ、それ。

確かに翔はいい男だと思う。この頃では、年相応の男の色気が生来の顔立ちの良さと相まって、蓮ですら一瞬見惚れる事もあるほどだ。

しかし翔なら、日名子と付き合うなら付き合うで、きちんと蓮には報告してくれると思っていたから、そちらの方が少しばかりショックだった事はこの際横に置いておこう。


「で、翔。あたし、ちょーとばかし聞きたいんだけど…」

「なんだよ…」


腰が、引けてるわよ、翔。

おねーさんはいじめたりなんかしないっての。


「日名子ちゃんとさ~ フリとは言え何処までやったの?」


ピキッ!!


―――― 由樹、顔、思いっきり引きつってるから。


これ以上、翔を怖がらせてどーすんの。


「…翔…」


おどろおどろしい由樹の声に、翔は思いっきり首を横に振りまくる。


「し、してません! なんにも、やましい事はしてません!!」

「キスは?」

「とんでもない!」

「ハグは?」

「誰がするか!」

「肩を抱くとか…」

「だれと!?」

「腕組んだり…」

「出来るか~~!!」


ぜーっぜーっぜーっ…

力一杯否定しまくる翔に、冷たかった筈の由樹の顔もだんだんだんだん、あきれ顔へと変わっていく。

そして、蓮はと言えば、


「…翔…」

「なんだよ!」

「へたれ」


がくっ!

とどめを刺されて、翔はそのまま畳に突っ伏した。


「由樹、これってば日名子ちゃんの完全な人選ミスだわ。いくら顔が良くったって、これじゃ相手があきらめる訳ないじゃない」

「…なにやってんだ、お前ら…」


由樹は思わずこめかみを押さえる。あまりにも情けない… 情けないにも程が有る。

人選ミスとか言う問題か、これ…


「…つまり、当面の課題は全然解決してないって訳なんだな、一か月もかけて」


コックリ…

由樹の冷静すぎる指摘に、翔は力なく頷くしかない。

もう、どうにでもしてくれ… 一体俺が何をした…


「とにかく、こうなったらまずその馬鹿を何とかする」


きっぱりと、由樹が宣言してのける。


「このままじゃ、ひなが危ない。一刻も早く害虫を削除するぞ」


…害虫っすか…


そこまで言うか、この人は。


「…と言う訳で、翔、もう一晩付き合ってもらうぞ」

「は?」

「作戦会議だ。ひと眠りしてから、腹ごしらえをして練り直す」

「いや、もう、俺抜きで…」

「此処まで来たら、お前抜きでやれるもんか。ひなには内緒で完璧な計画に練り直す」


握り締めた由樹の拳に力が籠る。


「翔、お前には最後までしっかり付き合ってもらうからな」

「あ、あたしもやる~」

「つきあってくれるのか?」

「もちろん!」


可愛い日名子ちゃんの為だもんね~


嬉々とした蓮の声が寝不足の翔の頭にトドメを刺すように響いてくる。


こうなれば、どうやったって逃げられる筈は無い。

どこまでも状況は、翔にとって味方ではあり得なかった。







来てくださっている方、ありがとうございます。お気に入り登録して下さっている方にもとびっきりの感謝を。

もうしばらく、主人公たち以外の話が続きますが、どうか、気を長く持ってお付き合いよろしくお願いいたします。

次の更新は、多分少し間があくかと…

先に、過去話の掲載になると思います。よろしければそちらもよろしくお願いいたします。

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