想い ~翔
部屋の引き戸を開ける。
廊下を隔てて向かい側にある、戸を開け放ったままの居間の炬燵に、足を突っ込む様に引いた布団で蓮が寝ているのが見える。
音を立てない様にして、腰を下ろす。
廊下には出ない。
微かな木の軋みで蓮が起きてしまうから。
『え~と、寒くて!』
『あたしの行火こわれちゃって! 足、冷たいと、あたし、寝らんないから!』
蓮の居ない間に確認した行火は壊れてなんかいなかった。
あいつが二十歳になった時、俺達を育ててくれた爺さんが逝った。
そうして、元々泣く事の少なかったあいつが本当に泣かなくなった。
その時、俺はまだ小学生で、まだまだ大人の庇護の居る子供でしか無くて―――― あいつの、庇護に入るしかなかった。
『二人だよ』
『今日から、二人っきりだから…』
爺さんの葬式の後、がらんとした居間で俺を抱き締めてあいつは言った。
その言葉は、強い決意の様に思えたから、俺は躊躇わず頷いた。
―――― 俺を守ることで、あいつが立てるならいい。
俺を守ろうとすることで、あいつが立って居られるのならそれでいいと思ってた。
だが、違う。
違うと、気付いた時には遅すぎて。
蓮のその心の隙を付く様に、他人に蓮をかっさらわれた。
別に、俺との日常が取り立てて変わった訳じゃない。
ただ、
少しだけ遅くなる、帰りの時間。
休みの時、出かけて行くあいつの服装。
一つ一つ… 少しずつ少しずつ。
変わっていく、変えられて行く。
蓮が、変わる。
それがわからないほどに、俺はもう子供じゃなくて。
俺じゃダメだ。
まだまだ子供の俺じゃ駄目だ。
思い知らされた。
守りたい―――― 俺は蓮を守りたい。
あいつに守られたいんじゃない。
俺があいつを守りたいだけだ。
蓮が泣いても叫んでも。
その全てを俺が―――― 俺だけが受け止めるのなら。
それこそが自分の望みだと、やっとその時に気付けるぐらい、俺はまだ、子供で。
はがゆい日々。
何も出来ない毎日。
このまま――――― このまま、蓮が居なくなったら…?
俺では無く、今、蓮を支えて立てる大人の―――― 蓮を変えたそいつを選んでしまったら。
半年ほど続いたその日々をどうやって乗り切ったのか、もう思い出せない。
あの日。
あの雨の日を境に、蓮は俺の傍に戻ったけれど。
もう、昔の蓮には戻らなかった。
寂しがり屋の蓮。
人が去っていく事を、いつもいつも恐れている。
初めての恋愛を失くして、支えを失って生活が荒れた様に、
今は、俺が居なくなる事を恐れる様にこの場所から離れない。
失くしたくないと、思ってくれるのか?
傍に居たいのは俺の方なのに。
蓮は強い訳じゃない。
強くならなきゃいけなかったんだ。
気が付いた。
気が付いてしまったから、もう迷わない。
強くなる。
俺はもっともっと強くなる。
お前よりも、何よりも。
俺が、俺自身に打ち勝てるように。
お前が、笑って俺の傍に居る為なら、きっとどんなことでも出来る。
暗闇の中、見える筈のない蓮の寝顔を思い出して、俺は静かに目を閉じた。
今回は短めで…
この後、ラストへ向けて進んでいきたいと思います。
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最後まで、どうかお付き合いください。