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「起きろ…」
「……」
「起きろ」
「……」
「起きろ!蓮」
ベットの上で寝こけている布団の塊を、勢いよく反対側へ叩き落とす。
ドッスーン!!
と、木造の二階全体が揺らぐほどの大きな音ももう、当り前の光景になっている。
「…いった~~い…」
もそもそ…落っこちたままの塊がじれったいほどゆっくりと動いて、こんもりと盛り上がっていた布団の中からひょっこりと女が顔を出す。
「…おはよ、翔ちゃん…」
「おはようじゃねえ! ついでに言うとその呼び名で呼ぶな!!」
毎朝毎朝、このくらいでこたえないのはわかっているが、翔はどうしても怒鳴りつけるのが止められない。
「…だって、翔ちゃんは翔ちゃんだもん… ついでに、朝でしょ? だから、おはよう…」
「もう、9時!はっきりきっぱり朝じゃねえ!」
「え~~…だって、12時までは。グッド、モーニング…」
「よその国の挨拶をわざわざ日本に持ってくるな!! って言うか、だから!その呼び方を止めろって何回言ったらわかるんだ、お前は!!」
てめー、わざとやってやがんな!?
翔がそんな風に邪推してしまうのも、実は一度や二度の事じゃない。
今、古式ゆかしく古びた(もっと言うならかなり年季の言った)木造の二階家の、そのまた一室で仁王立ちして居るのは、春日井 翔。今年、二十歳になったばかりの某大学三回生だ。
そしてその前、翔の真ん前で寝起きの布団にくるまったまま、ほや~としているのは、各務 蓮。こちらは現在芳紀28歳の会社員。一応、と言うか、実はかなりな綺麗系のお姉さんでは有るのだが。
奈何せん、寝起きのぐちゃぐちゃの頭をぼりぼりと掻きながらでは、百年の恋も冷めてしまう。
―――― 相変わらず、きれいだな~~
ガンガンとまだ喚き散らしている翔を見ながら、半分寝ボケた頭で蓮は考える。
翔を一言で言うなら、容姿端麗学術優秀、性格良しの男前―――― って、一言で、言ってないな…うんうん。
翔ってば、一言なんかで言い表せないくらいの美形だもんね。
昔はむしろ標準より小さかった癖に、高校に入ってぐんぐん伸びた背も、もう180近くあるだろう。着やせするたちで細く見えるが、実は結構力の有るしっかりとした筋肉がついている体つき――――
おまけに、飛ぶ―――― 飛翔なんて、むちゃくちゃいい名前じゃんか。名前負けなんてはたから問題無いし。
しっかし、まあ… 何時見ても飽きないな~
普通は、美人は三日見たら飽きるとかって言うのに、もう、十年…ん?ヘタしたら十五年か…
ほとんど毎日見てんのに、見あきるどころかますます磨きをかけちゃって…
―――― 女より、綺麗って、どうよ?
氷の美貌とでも呼べそうな非の打ちどころのない顔立ち。
少し癖のある、さらっとなびく髪。整えても居ないのに完璧は秀麗なカーブを描く眉。少し色素の薄い切れ長の線に縁取られた瞳、西洋人ほど高くも無いのに、すっと伸びた鼻筋から続く少し薄めの唇。
本当に…
―――― 翔の顔を礼讃する言葉なら、あたし、いっくらでも出て来るわ~~
これは、出会ったときから変わらないあたしの本音なんだけど…
「蓮!! 聞いてんのか!お前!!」
一際大きなどなり声に、蓮ははっと夢想から覚める。
改めて、しっかりと見直した翔の顔にはしっかりと眉間に縦皺まで出来ていて…
―――― あらら…
まずい…
ちょっと惚け過ぎたかも…
そ~っと視線を巡らせた先の時計に目をやって、その途端、蓮は思いっきり固まった。
「10時!! えっ!? もう10時!? 何で、起こしてくれないのよ!翔のバカ!」
「何がバカだ!しっかり起こしてやったのに惚けてたのはてめーの勝手だ! もう知らん! 俺は先に行くからな!!」
「あ!待って! すぐ行く!すぐ、準備するから10分!」
「ばっきゃろ! 5分だ!」
「8分!」
「言ってる暇があったら、手を動かせ!!」
翔のその声に追い立てられて、蓮はあわてて布団から飛び出した。
いよいよ本格始動です。よろしくお願いします。