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てのひらの中の缶が熱い。

薄暗い狭い部屋の中で、一本の缶コーヒーを握り締めて翔はうずくまっている。


真夜中に家を飛び出して。そのまま何処へ行くというあても無く走り続けた。

逃げたくて、ただ、全てから逃げたくて…


『…先輩…?』


夜の街を走って走って…

気が付いたら、何処か、あまりなじみがないコンビニの灯りに吸い寄せられるように店の前にへたり込んでいた。


『やっぱり! 春日井先輩。 …何してんスか!?こんなとこで!』


コンビニの制服を着て、ゴミ箱片手に覗きこんできたのは、知り合いになりたくも無いのに知りあってしまった学部違いの後輩の顔で。


『つめた!』


偶然触れた翔の手の冷たさに驚いた田端は、急いで翔をその場から引っ張り上げていた。


『な、なにやってんスか!? こんな寒いのに、こんな薄着で… うわっ! つめた!』


信じらんねぇ!

そう言いながら、そのまま店の中に引きずり込まれる。


『えっと、えっと… とりあえず、此処、居てください。オレ、今、一人だから、ここ離れらんねぇし… ああ…え~っと…そうだ、こっち、こっち来て!』


その勢いのまま、バックヤードの更衣室の様な畳が二畳分だけ引かれた部屋に連れて行かれた。


『はい、これ着て。でもって…あっ!そうだ。これ、持っててください!』


熱いコーヒーの缶を一本押し付けられて、壁に引っかけてあったダウンを投げつけられる。


『もうしばらく、そこで待っててください! 交代の奴が来たら、一緒に行きますから!』


バタバタと戸を閉められ狭い部屋に一人残されて。


手にした珈琲の缶の熱さにやっと自分が冷え切っていた事に気付いて、壁にもたれたままずるずると座り込む。


―――― あつい…


手の中の熱さが、一層体の寒さを強調してガタガタと震えだすのが止められない。



どうする…

どうする…?

考えられない、考えたくない…

なんで、なんであんな… 俺は…おれ、は…


―――― れん…


蓮…


怒らせた。

怯えさせた。

傷付けた。

泣かせた。

初めて―――― 初めて、蓮を自分の手で泣かせてしまった。


どうする?

どうする…

いけない。

何処にも、行けない。

帰れない。

会えない。


翔の知り合いはほとんど蓮と繋がってる。

何処へ行っても、俺の居る場所なんて蓮に筒抜けだ。


―――― 会いたくない…


蓮に。


今の俺は。


会えない。


許す…許さない…

虚空を見る眼。感情のない、泣き濡れた瞳。

許さない…許す…


蓮は、俺を、許すの、か…?


あんな、状態に、なって、まで… 何で、あんな眼で、俺を、見る。


許して、欲しいのか、

許されたく、ないのか。


俺は、違う。

もう、ちがう。

子供じゃ、ない。

俺は、もう、子供じゃない。


帰れない、帰りたくない。会いたくない、会えない…!


――――― 蓮……!!




「春日井、先輩」

「…」

「大丈夫っスか?」


立てますか?


「…た、ばた…」

「順次で、いいです」


こっち、来てください。


「どこ…」

「俺んち。すぐですから」


風呂、入って、あったまった方が良いから、


「すぐですから、行きましょ」

「な…んで…」

「もう、交代の時間なんで、バイト上がりましたから」


考えがまとまらないまま、田端に腕を取られて翔はゆっくりと立ち上がった。

店を出て、そのまま、その横のガラス戸を開け、目の前に有るエレベーターのボタンを田端の指が押す。


「…え…」

「ここの上、賃貸になってるんです。俺んちそこですから」


そして、翔は連れられるまま田端の部屋に入り、言われるままに熱いシャワーを浴びて…


冷え切っていた身体に熱いシャワーが痛い。

その痛みが、翔の頭にやっと思考を取り戻させた。


「あ、先輩。どうです?あったまりました? 服、とりあえず俺のですけど、着ててください。下着は今、下で買ってきたから新品なんで」

「あ、ああ…」


置いてあったタオルを借りてシャワーを出ると、そこには脱いだ服では無く、部屋着が一式用意してあった。

裸で居る訳にもいかず、薦められるまま翔は着替えを済ます。


「先輩、コーヒー飲みます? …って言うか、コーヒーしか有りませんけど」


着替え終えた翔が声を発する前に、何かの懸賞ででも当たったのか、変に可愛らしいキャラクターの絵の入ったカップを差し出され、1DKの部屋のフローリングに敷いたラグの上に、しっかりと置かれていた炬燵に入って、温かいそれを口に運ぶ。


じわり…

凍えた心に微かな温かさが戻ってくる。

翔はちらっと目の前でカップをすする田端を見やる。少し、痩せた様な… しっかりと顔を合わせる事など、あの当時も無かったから、気の所為かもしれないが。

こうして顔を見るのも半年振りだろうか。


「あ、先輩。お変わりいります?」

「いや、いい…」


思いのほかかいがいしい田端に驚くとともに、何ともいたたまれなくなってくる。

こんな風に助けられる様な間柄じゃ決してなかった筈なのに。


「田端…」

「はい?」

「…すまん。世話を掛けた…」


姿勢を改めて、頭を下げる。


「いや、そんな。頭上げてください。おれ、なんにもしてないし!」

「…そんな事は無い… すまん。本当に助かった…」


助かった―――― 多分、本当にそうなのだ。

あの状態で、この寒さの中。

行き倒れなんて、このご時世、有り得るなんて思ってもみなかったが。


―――― まさか、自分がなりかけるなんて…


そして、こいつに助けられるなんて。


「いえ、あの! お礼!お礼だってとこで! 先輩、前に、助けてくれたじゃないですか! あの時の、お礼って言うか、その…あの…」

「前?」


―――― お礼?


「ほら! 忘れたなんて言わないでくださいよ~ 先輩が止めてくれなかったら、俺、中森さんに殺されてたかもしれないのに!」


そう言えば、確かにそんなこともあったりしたが。


「いや、あれは…」


あれは別に、田端を助けようとしたと言うよりは、翔にしてみたら、ただひたすらに日名子を犯罪者にしたくなかっただけであって。


「…礼、なんて、される様なことじゃないが…」

「それでも、助けてもらったのは事実ですから」


あの時、俺、ちゃんと礼も言ってなくて…

と、今度は田端の方が正坐をして翔に深々と頭を下げる。


「あの時はありがとうございました。それと、色々、迷惑かけました。すみませんでした!」


思いのほか、しっかりとした礼と謝罪に、翔は、一瞬面食らう。


「…なんで、そんな顔してんスか」

「…いや、悪い… ちょっと、お前のキャラ、勘違いしてたみたいで…」


こんな、感じの奴だったろうか?


「ひどいです~! 俺って、いったいどんな風に見られてたんスか!?」

「どんなって…」


いや、それ、本人に言えんだろう。

お調子者で、軽くて、女好きでプレイボーイの世間知らずのお坊ちゃん―――――


「…言わなくていいです… 」


なんか、先輩の顔見てたら、何言われるか大体解りましたから…


は~っつ…


田端の溜息が思いっきり大きく空気を震わせて、少しばかり翔は申し訳なくなってくる。


「まあ、しょーがないっちゃ、しょーがないんですけどね。オレ、ホントに、軽くってどうしようもない奴でしたから…」

「いや、その…」

「まあ、その通りだったんで、今更言われても平気ですよ」


へへっ…と笑って頭を掻く、その顔は思いのほか人好きのする笑顔で。


「ただ、あーゆーの、もう、足洗ったんで。この頃は、すっかり堅気かたぎって言うか、真面目にやってんです」


足を洗う… 堅気ってお前…


「…お前も、言語センス、江戸時代って奴か?」


もしかして。


「へ?先輩も?」


通じたんですか?今の会話。


「時代劇、夜八時」

「水戸黄門に大岡越前」

「俺は、じいさんから」

「俺は死んだばあさんです」

「二時間ものもかなりいけるぞ」

「おれ、原作も付いていけます」

「大相撲」

「そっちもオーライ! どんとこいです!」


いったいなにで盛り上がっているのか。

妙なテンションが弾け飛んで、思わず翔は笑っていた。


笑って、いた。

もう、二度と笑えないと思っていたのに。


何も、解決なんかしていない。心のとげは抜けないけれど。


まだ、笑える事が翔には不思議で、痛くて。


ただ、嬉しかった。









いつもありがとうございます。この前の更新でユニーク、PVとも、今までで最高の数字を出す事が出来ました。これからもどうぞよろしくお付き合いください。

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