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―――― とりあえず、ご飯。


「…良く食うな…」

「食べるとこに連れて行けって言ったでしょ?」


あたしはお腹がすいてるの。


「食べれるとこじゃなきゃ付き合わないって最初に言ったよね」


こちとら残業明けの晩飯抜き。

腹が減ってはなんとやら。蓮たちが今居るのは、真っ先に見つけた全国チェーンの居酒屋の中。

入った途端あれやこれや、とりあえずお腹が膨れそうなメニューをかたっぱしから蓮は注文する。


「あんたは? 食べないの?」

「もう、すませた。酒だけでいい」


お通しの一品だけで、ジントニックを一口。

仁にジン―――― シャレじゃないけれど。

そんな仕草が嫌味じゃなく様になる男。


――――― 変わんないな…


その、カッコ良さにあこがれた―――――― ついついついてきちゃったのは、それだけが理由じゃないけれど。


「……似合わないわね…」


つくづく、庶民的な雰囲気に似合わない男ではある。

翔などは、あのとんでもない整った顔でありながら、、平然と居酒屋だろうが、立ち飲みだろうが溶け込んでしまうと言う特技が有る―――― いや、比較したら、双方に対して申し訳ないと、蓮は思ってしまってもいるが。

短かったあの日々の中、連れて行かれたのは、いつもおしゃれなレストランかバーで。


「初めてじゃない? こんなとこ来るの」

「……」


無言は、確かに肯定で。


「うわ~ あんたの初めてがもらえるなんて思わなかった」


初めて、取られてばっかだったもんね。


「少し、仕返しが出来た気分」

「…仕返しか…」


少しだけ口調に苦いモノが混じる。

それを感じてしまった自分に、蓮は気付かないふりをした。


「―――― で? なんだって、今頃、こんなところにいらっしゃるのかしら。天下の仙崎せんざき じんとも有ろう方が」

「よせ、そんな言い方は…」


皮肉か?


―――― そうね、きっとそう。


「あたしの皮肉の一つや二つでどうにかなる様なプライドじゃないでしょう?」


貴方は―――― 仁は。


仁―――― 仙崎 仁。

もう、七年も昔になる。

あの頃、蓮は二十一。まだ、社会人二年目のペーペーで。

五つ年上の仁は、その頃確か二十六にもなっていなかった筈なのに、既に若くして空間プロデューサーとして注目を浴びようとする存在だった。


出会ったのは、蓮の会社が社運をかけた展示会。

その頃の蓮にとって、仁は雲の上の様な存在で。

自分と、この先深く関ってしまうとは、蓮はこれっぽっちも思わなかった。

そう、確かにその筈だったのに――――


「…敬語が取れたな」

「使って欲しかったら、今からでも変えて差し上げるけど?」

「いや、いい。この方がお前らしい」


前は、長い間敬語が取れなかった。


「そりゃ、そうよ。五つも年上。しかも、有名人。敬語使わないで喋れますかって」

「…変わったな」

「そぉ~お?」

「前より自己主張するようになった」


プッと思わず吹き出してしまう。


「いつの話?」


もう、何年前になるかわかってる?


「まだ二十歳を超えたばかりの小娘に、自己主張なんて高度なもの要求する方が間違ってるわ。

今は、もう、あの頃のあんたより年上よ。会社でも、もうしっかりお局予備軍。自己主張でもしないとやっていけないわよ、このご時世」

「…口も達者になった」

「猫かぶってただけ。これがあたしの地よ」


貴方に釣り合うように。

貴方の横にいて、大丈夫な大人の女でいる為に。


「変わった、あたしって魅力ない?」

「いや…」


ふっと笑った眼が真っ直ぐに蓮を見る。


「前より、いい女になった」


―――― あら…


「ありがと」


蓮は目の前のビールに少し逃げる。

喉を這う苦み。

あの頃はそんな風に言ってくれる事も無かったわよね。


「残念ながら、そんな言葉で赤くなれるような純情さなんてもう無いわよ」


たまに囁かれた、ほんのわずかの褒め言葉に、惑わされて浮かれて―――― そう、束の間の夢に酔っただけ。


「で」

「で?」

「質問に答えてないわよ。何で此処に居るの? ニューヨークにいる筈じゃなかった?」


帰国したなんて情報は入っていない。

良くも悪くもそれなりの有名人。聞こうとしなくても情報だけは入ってくる。蓮の心など知らぬ気に、噂だけが飛び交うくらい。

双方ともに余り公にするつもりはなかったから、蓮と仁との関係を知っているものは当時でもほとんど居なかったのだけれど。


仁の与えてくれるモノ。そのすべてに蓮は惹かれた。

好き―――― だったと思う。

きっと、多分―――― 尊敬とあこがれがそれ以上にあったけれど。


半年で、ピリオドが打たれた関係。

嫌いになったわけじゃないから、忘れない。

どうしても、覚えている。

あの日、この手を取らなかったのは自分―――――


「急にイベントの依頼が入ったんだ。キャンセルが出たとこで、都合が良かったから引き受けた。しばらく、それが終わるまでは日本に居る」

「そう。…どれくらい?」

「…三か月ってとこか。もう少し伸びるかもしれないが。―――― 来週でも、お前の会社に顔を出すつもりだった」

「あら、お仕事ご一緒するのかしら? じゃあ、今日、付き合っといて正解ね。月曜までに心構えが出来るもの」


課長辺りがよろこびそ~

笑い転げる蓮に、仁の眉が少しだけひそめられる。

何かを振り切るように、仁がグラスを煽る。


「―――― と言うのは表向きの理由だ」

「表向き?」

「今年に入って、何とかこっちで出来る仕事がないか探してた」


一度、帰ってきたかった、日本に。


「…そんなもの、何時でもこれるでしょ?」

「…長期に滞在できる時間が欲しかった。どうしても、時間が必要だと思ったからな」

「時間?」

「ああ」


時間だ。


「どうしても、欲しいモノが有ったから。それを手に入れる為の時間が必要になった」

「へぇ…」


欲しいモノねぇ…


「なんでも、すぐ手に入れそうな仁の台詞じゃないわね。そんなに難しいものなの?」


クスクス…なんとなく笑いが込み上げてくる。

何時だって、どんな時だって、平然と表情一つ変えず仕事も女も手に入れてきたこの男が。


「どんなもの? 是非見せて欲しいわ、機会があったら」

「機会なんぞ、作らなくても、此処にある」

「え…?」


思わず上げた目線を、しっかりと仁に捕らえられる。


「お前だ」

「じん…?」

「蓮、お前が欲しい」

「仁!」

「俺は、お前を手に入れる為に此処に帰ってきた」


迷いのない眼がただまっすぐに蓮を見る。


「なに、言って…」


声がかすれる。言葉が出ない。


「…終わった、筈よ…」

「ああ」

「あたしたちは、あの時に終わってる」


忘れられる訳がない。

鳴り止まない雨の音。

何も聞こえなくなるくらいに、激しく深く、音だけに閉ざされた夜。


最後は、まるで生木を引き裂く様に、道は分かれた。


「まだだ」

「…」

「俺にとっては、まだ終わってない」

「仁…」

「七年――――あれから七年たった。今だから、出来る事もある筈だ」


視線が。

捕らえられた視線が外せない。


「蓮」


いやだ…


「蓮」


呼ばないで。


「あの時の言葉を、もう一度お前に言う為に俺は帰ってきた」


今になって。

あたしが、気付いてしまった今になって。


「蓮」


同じ声があたしを呼ぶ。


「俺と、来い」



雨の音が、一層強く、蓮の心を覆っていった。








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