あの頃(4)
あちこちから薄ベニヤを切るのこぎりや、釘を打つ金づちの音が響いている。
浩二は両手に木材の切れっぱしを抱えながら、校舎の階段を慎重に降りてい
った。
ふと通りかかった教室を覗くと、女生徒がつやつやと光沢のあるサテンの生
地に、ハサミを入れたり針を通したりと、獅子奮迅の活躍をしている。
―― やっぱりこういう仕事って、男は全然役に立たないんだな ――
普段は感じない彼女達の頼もしさと、男のだらしなさにほくそ笑みながら、
一階の下駄箱の前で、つかっけからスニーカーに履き替えた浩二は、少し涼し
くなりすぎた夕暮れの秋風に吹かれて、校舎の端に指定された残材置き場に向
かった。
校内は明日から始まる文化祭を控えて、その準備の真っ只中で、心地よい喧
騒に包まれていた。遠く聞こえてくる微かな音楽は、恐らく演劇か何かで使わ
れる効果音ではないだろうか。
『残材置場』と書かれた手書きのプレートの前には、早くも木材の切れっぱ
しや、演劇で使う衣裳の残った生地、はたまた装飾用のモールや壁紙が所狭し
と置かれており、いやが上にも文化祭が間近に迫っている事を物語っている。
浩二のクラスは出し物を決める際に、すったもんだした末に、『ゲームセン
ター』に落ち着き、スマートボール、輪投げ、コリントゲーム、そしてダーツ
を手作りで製作し、無料で遊戯出来る催しとした。色々なイベントを回りたか
った浩二にとっては、時間を取られる演劇などの出し物よりも余程都合がよか
った。
そしてそれは、教室内での準備作業もほぼ終わり、残った材料を置き場に下
ろし、教室に帰ろうと振り向いた浩二の目に、余りにも唐突に飛び込んできた。
早い秋の夕暮れの中、準備の為に下校時間が延長された校舎は、もう既に微
かな赤みを残すだけの暗闇を背景に、全ての教室がまるで不夜城のように煌々
と光り輝いていたのである。
その刹那、感じた打ち震えんばかりの感動を、ただただ深く胸に留めようと、
浩二はしばし息を止め、校舎の方だけを見つめていた。
たった今、ほとんどの生徒が明日からの文化祭の為に心血を注いでいる。
その象徴が目前に広がっている暗闇の中に浮かび上がった教室の灯りだ。
二年の月日を隔てて、浩二はこの時鮮明に思い出した。
「あの時」憧れた文化祭が、間もなく始まろうとしている。




