第三話 血の繋がらない片割れ
城の中は、静かだった。
外の光を受けて輝いていた白い城壁とは違い、分厚い石に囲まれた回廊はひどく冷たく感じられる。
ジョシュアはガイウスに手を引かれながら歩いていた。
赤い絨毯は柔らかく、孤児で配給された布靴で踏み締めるのが子供ながら申し訳なくなった。
大扉の前で、足が止まる。
「……ここから先は、謁見の間です」
ガイウスはそう言ってジョシュアの前に膝をついた。
「怖がることはありません。しかし覚えておいてほしい。ここはこの国で最も多くの願いと、最も多くの嘘が集まる場所です」
「願いと嘘……」
「このガイウスが、あらゆる嘘と痛みから守りましょう。ジョシュアは願いだけを聞いてあげてください」
かさついた手がジョシュアの手をぐっと包み離れる。
扉が、ゆっくりと開かれる。
高い天井。
色とりどりのステンドグラスから差し込む光。
玉座の上には、王と王妃が座していた。
周りには少数の側近たち。
――視線が、突き刺さる。
ジョシュアは無意識に背筋を伸ばした。
逃げ場はないと本能が告げている。
威圧感に気圧されながら隣にいるガイウスに倣って絨毯に膝をつき頭を下げた。
「……顔を上げなさい」
王の声はよく響き、低く落ち着いていた。
だがその奥には疲労と迷いが滲んでいる。
ジョシュアは、顔を上げた。
一瞬の沈黙。
王妃が息を呑む音が聞こえた。
「似ているわね」
小さな声だったが確かにそう言った。
王はしばらくジョシュアを見つめていた。
その視線は子供を見るものではなく、秤にかける者の目だった。
「名は」
「ジョシュアです」
「……そうか。孤児だったな?」
後半は側近へ問うている。
確認通りと知ると王は目を閉じ、短く息を吐いた。
「その子を、こちらへ」
合図とともに側近たちが動く。
「王……っ!」
「落ち着けガイウス。なにも害は与えんよ」
「見れば見るほどそっくりだな、ガイウスから見ても似ていただろう?」
「……はい、とても」
その返答に王が苦く笑う。
ジョシュアは、玉座の下まで進まされた。
「ジョシュア。これからお前はこの城で暮らすことになる」
「なんで……?」
「必要だからだ。我々にも君にも。君はある子によく似ている。それを知った上で今まで通りの生活には戻せんのだよ」
「もう孤児院には戻れないの?」
困惑するジョシュアに王妃が優しく諭すように言った。
「急な話だから怖いでしょう。けれどどうか、ここにいてほしいの」
理由は語られない。
言葉の裏にある願いの重さだけは、幼いジョシュアにも伝わった。
そのとき。
「父上! 母上!」
子供の明るい声が、謁見の間に響いた。
振り返る。
そこにいたのは、年の近い少年だった。
茶色の髪に、澄んだサファイアブルーの瞳。
屈託のない笑顔。
自分と瓜二つの顔。
「今日は剣の稽古が早く終わったんだ。あれ?その子は……」
少年は、ジョシュアを見てぱっと顔を輝かせた。
「ねえ、君! 父上の隠し子?」
「ミハエル!」
王が顔を覆い、王妃の叱り声と側近のどよめき。
ジョシュアは少しだけ戸惑いながら答える。
「違う。父さんは農夫だった……」
「なのにそっくりなの? 名前は?」
「……ジョシュア」
「僕はミハエル!」
そう言って、少年は当たり前のように手を差し出した。
王と王妃が、息を呑む。
それほどまでに二人はよく似ていた。
違うのは、髪の色だけ。そしてその笑顔の無邪気さ。
「よろしくジョシュア。きっと君は僕の片割れだ」
「片割れ?」
「血が繋がってなくても双子ってこと!」
手を握る。温かく自分と同じ小さな手だった。
その瞬間ジョシュアの胸に温かいものが広がった。
その日、王子ミハエルは、影武者となる少年と出会った。
そしてそれは、この国の未来が静かに歪み始めた瞬間でもあった。
次回1月15日更新予定です。




