第二話 迎えの日
孤児院は、王都の外れにあった。
石造りの建物は古く壁のひび割れを何度も漆喰で塞いだ痕跡が残っている。それでも、湿った路地裏よりはましだった。
ジョシュアは、数日のあいだそこで過ごした。
与えられるのは薄い粥と固いパン。それでも、毎日食べれるのはありがたく、雨風をしのげる屋根があるだけで夜はよく眠れた。
だが、その生活も長くは続かなかった。
ある朝、院長が慌ただしく扉を開け放った。
背後には黒塗りの馬車が見えた。その側には甲冑を身につけた騎士が立っている。
「……王城から、使者が」
絞り出したような声に空気が凍りついた。
子どもたちは動揺から息を呑み、誰も声を上げなかった。
騎士は一歩前に出る。
白髪交じりの茶色い髪。年の頃は五十前後だろう。厳つい顔にシワと古い切り傷が刻まれている。甲冑は使い込まれているが磨き上げられ、その身に誇りが宿っていた。
彼は、ジョシュアを見つめてから、深く膝をついた。
「……殿下にそっくりだ」
静かな声だった。
ジョシュアは、意味が分からず瞬きをする。
「……でんか?」
「お迎えにあがりました」
周囲が、どよめいた。
院長が青ざめ、慌てて口を開く。
「お待ちください、この子は……」
「違うよ」
ジョシュアは、はっきりと言った。
「それ、誰?」
騎士はわずかに目を見開く。辺りを見渡して孤児院の壁に肖像画が一枚もないことに気付いて顎を太い指で摩った。
「ははぁ……なるほど。まだご存じないのですね」
彼はそう言って、優しく笑った。
「私は王の騎士、ガイウスと申します。ジョシュア、どうか城へ来ていただきたい」
理由は語られなかったが、その声には拒めない重さがあった。
***
はじめて乗る馬は大きく、背が高かった。
栗毛の賢い牝馬に挨拶をしてからジョシュアはガイウスの前に乗せられ、手綱を握る腕に支えられる。
高くなる視界。
ふと空を仰ぎ、今日の天気が晴れだとその時に知った。
陽が沈む前のオレンジ色をしたキャンバスにキラキラとした紫を流し込んだ鮮やかな空だった。
木々に止まるカラスが鳴いている。
路地のゴミをつつく姿しか見た事がないジョシュアは物珍しそうにそれを眺めていた。
「知ってますか、カラスは鳴く回数でコミュニケーションをとっているんですよ」
背中からの声に後ろを振り向く。
「ガイウスはなんて言ってるかがわかるの?」
「ん?どれどれ聞いて見ましょう……一回なのでおそらく挨拶でしょうな」
そんな会話が何故か心地よかった。
城へ向かう道は王都を離れ、なだらかな丘を越えていく。
風に揺れる豊かな麦畑が、まるで黄金色の絨毯のようにどこまでも続いていた。
「……この国は」
ガイウスが、ぽつりと口を開く。
「昔より少しずつだが良くなっています。時間はかかるが、それでも良くなっている」
ジョシュアは黙って聞いていた。
「王も王妃も民を思っておられる。ですが……お二人には王子が一人しかおられない」
ガイウスの声は、柔らかかった。
「後継者が決まっているのはいい事であると同時に、期待も責任も、その小さな背に背負わせてしまった。良くも悪くも逃げ場がない」
風が強く吹き、麦の穂がさざめいた。
波のように揺れる黄金色が、視界いっぱいに広がる。
「ひとりは寂しいね」
「ええ」
小さな子供の素直な感想が愛おしく、孤児の身の上を考えればこの上なく悲しい。
「だから、私は願っている」
ガイウスは、ほんの少しだけ声を低くした。
「殿下の……友になってはくれませんか。近くで支え、笑わせ、時には叱ってやってほしいのです」
ジョシュアは、前を見たまま、問い返す。
「……ぼくでいいの?」
ガイウスははっきりと頷いた。
「ジョシュアにしか頼めません」
馬は丘を越え城が見えた。
白い城壁が陽光を受けて輝いている。
絵本の中のおとぎの城のような眩しい光景。
その光を見たときジョシュアは思った。
この国は、まだ終わっていないのかもしれない。




