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アルトマギヤ  作者: タコタコ


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第七章 力の入口

第七章 力の入口


中庭に、朝の光が差し込んでいた。


白い石床に刻まれた紋様は変わらない。

だが、空気は昨日までとは明確に違っていた。


——張りつめている。

それも、待つ緊張ではない。


「今日は、“止める”訓練だ」


ドランの声が響く。


ドラン「感じるだけでは足りない」

ドラン「流れを、抑えろ」


アイルは小さく息を呑んだ。


止める。

今まで“触れないようにしてきたもの”を、

あえて制御する。


「無理に抑え込むな」

「逃がせ」


意味が分からないまま、

二人は指示に従った。


レインは、意識を内側へ落とす。


水の感覚。

揺らぎ。

満ちようとする流れ。


(……溢れる前に、離す)


力を掴まない。

拒まない。

ただ、通す。


その瞬間、

右手の甲が、かすかに冷えた。


一方、アイルは違った。


森で刻み込まれた熱は、

逃げようとすると、逆に強まる。


(……逃げるんじゃない)


熱の中心を、静かに見据える。


抑えず、閉じず、

ただ“そこに在る”と認めた。


その刹那。


二人の紋章が、

一瞬だけ、淡く明滅した。


「……よし」


ドランが頷く。


ドラン「今のが、制御の第一歩だ」


続けて、訓練は変わる。


歩行。

呼吸を乱した状態での集中。

視界を遮られたままの意識保持。


力に触れながら、

日常動作を崩さない。


単純だが、過酷だった。


集中を欠いた瞬間、

内側の違和感が暴れ出す。


アイルは何度も息を乱し、

レインは数歩で立ち止まった。


だが——


繰り返すうちに、

確実に“慣れ”が生まれていく。


「最後だ」


ドランが告げる。


ドラン「今度は、応えさせろ」

ドラン「一瞬でいい」


二人は、向かい合わず、

それぞれ前を向いた。


アイルは、右手を胸元へ。

レインは、静かに地面へ視線を落とす。


(……今だ)


意思が、揃った瞬間。


右手の甲が、はっきりと光った。


淡く、だが確実に。


熱と冷気。

相反する感覚が、同時に走る。


だが——


光は、すぐに消えた。


力は、引き戻される。


沈黙。


失敗ではない。

だが、完成でもない。


ドランは、ゆっくりと息を吐いた。


ドラン「入口には立った」

ドラン「だが、中には入っていない」


神殿の者たちが、

静かに記録を続けている。


アイルは、拳を握りしめた。


悔しさよりも、

確かな手応え。


レインも、同じ感覚を抱いていた。


力は、もう遠くない。


白い石床の上で、

二つの紋章は再び眠る。


だがそれは、

次に目覚める準備だった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈翌日。


神殿の中庭には、

昨日よりも多くの神官が集まっていた。

誰も声を発さない。

ただ、配置が明らかに変わっている。


石床の外周。

記録用の術具。

結界に近い魔法陣。


——観測と、抑制。


今日は、

引き出す日だ。


レインは、

無意識に右手を見た。


昨日。

確かに、入口には立った。

だが、あれはまだ——触れただけ。


今日は違う。


ドランが前に出る。


ドラン「昨日と同じ意識でいい」

ドラン「だが、今日は止めない」


短い言葉。

説明は、それだけだった。


合図もない。


二人は、

それぞれ自分の内側へ意識を沈めた。


レインの中で、

冷たい流れが動き出す。


押し出すわけじゃない。

掴もうともしない。


ただ、

溢れるのを許す。


足元の空気が歪み、

次の瞬間、

水が現れた。


深い青。


澄んでいるはずなのに、

底が見えない。

周囲の光を映す前に、

吸い込んでしまいそうな色。


水は、

床を濡らすことなく、

そこに“留まって”いた。


制御できているとは言えない。

だが、

暴れてもいない。


神官たちの術具が、

一斉に淡く光る。


一方、アイル。


胸の奥で、

相反するものが重なり合う。


明るさと、

影。


どちらかを選ぶ感覚はない。

拒む必要もない。


次の瞬間。


アイルの手の甲が、

強く輝いた。


白い光が走り、

同時に、

その縁をなぞるように

濃い闇が滲む。


光と闇が、

同時に存在している。


ぶつからず、

溶け合わず、

ただ、そこに在る。


中庭の空気が、

明確に揺れた。


ドランは一歩も動かず、

低く言った。


ドラン「……まだ浅い」

ドラン「だが、引き出せている」


それは評価であり、

警告でもあった。


力は、

姿を見せた。


だが、従ってはいない。


——その事実が、

神殿の空気を、静かに揺らした。


「……水属性だ」

「いや、あの色……通常とは違う」

「純水にしては、深すぎる」


神官たちの間に、

抑えきれない囁きが走る。


だが、

本当のざわめきは——もう一方だった。


「光……?」

「いや、闇も、同時に反応している」

「混合……? そんな記録は——」


誰かが言葉を失う。


アイルの手の甲から放たれる光は、

明るさを持ちながら、

周囲の影を、確実に濃くしていた。


相反するはずの属性が、

拒絶し合っていない。


それどころか、

均衡を保ったまま、存在している。


「……ありえない」


神官の一人が、思わず呟いた。


その瞬間。


レインの足元の水が、

わずかに揺らいだ。


安定していたはずの深青が、

脈打つように波紋を生む。


胸の奥が、締め付けられる。


——来る。


理由は分からない。

だが、確信だけがあった。


同時に、

アイルの視界が、白と黒で滲んだ。


光が強まる。

闇が、輪郭を侵食する。


制御していない。

いや、

もう、できない。


ドランが、即座に踏み出した。


ドラン「——限界だ!」


合図と同時に、

中庭の術式が一斉に起動する。


空間が、強制的に“閉じられた”。


水は霧散し、

光と闇は、弾かれるように掻き消える。


二人の膝が、

ほぼ同時に落ちた。


息が、荒い。

視界が、揺れる。


だが、

暴走は起きなかった。


ドランは二人を見下ろし、

低く告げる。


ドラン「今日は、ここまでだ」

ドラン「これ以上は——折れる」


神官たちは、

すぐには動かなかった。


ただ、

二人の手の甲を、

そして、記録具を見比べている。


そこに刻まれた数値と反応は、

どれも、想定を超えていた。


アルトマギヤは、

確かに応えた。


それは意思への反応ではない。

刻まれた瞬間に、

すでに結びつきは完了している。


拒む余地は、

最初から存在しなかった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈そして、二日後。


ドラン「今日から、“形”を作る」


ドラン「引き出した力を、外に漏らすな」

ドラン「暴れさせるな」

ドラン「“持てる形”に整えろ」


ドラン「……言っとくが、簡単じゃない」

ドラン「大半は、ここで失敗する」


静寂の中、

二人はそれぞれ意識を内側へ沈めた。


最初に動いたのは、レインだった。


胸の奥で揺れる水の感覚。

それを掴もうとした瞬間——


水が、溢れた。


床に叩きつけられるように広がり、

形になる前に崩れ落ちる。


レイン「……っ」


ドラン「止めろ」

ドラン「今のは“出しただけ”だ」


レインは歯を食いしばる。

まとめきれない。

流れが、制御を拒んでいる。


二度目。


今度は刃の輪郭まで見えた。

だが——


次の瞬間、

水は霧散し、空気に溶けた。


ドラン「焦るな」

ドラン「形を“作る”んじゃない」

ドラン「形に“収まる”のを待て」


一方、アイルもまた、苦戦していた。


光が弾け、

闇が飲み込む。


二つが同時に膨らみ、

均衡を失った瞬間——


空気が、軋んだ。


アイル「……っ!」


弓になる前に、

光と闇が衝突し、掻き消える。


神殿の者たちが、一斉に身構える。


ドラン「無理に合わせるな」

ドラン「拒まず、押さえつけるな」


三度目。


レインの水は、剣の形を取りかけるが、

重さに耐えきれず、柄から崩れる。


アイルの光と闇は、

重なった瞬間に、また弾かれる。


失敗。

失敗。

失敗。


息が荒くなる。

右手の甲が、熱を帯び始める。


ドラン「……今日は、ここまでだ」


その声に、

二人は力を引いた。


床には、水の痕。

空気には、まだ残滓が漂っている。


ドラン「今のでいい」

ドラン「失敗してるうちは、壊れてない」


ドラン「形は、“結果”だ」

ドラン「順番を、間違えるな」


二人は、何も言えなかった。


だが——


確かに分かったことがある。


力は、応えないわけではない。

拒んでもいない。


ただ、

まだ“扱われる準備”が、

整っていないだけだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈翌日。


中庭の空気は、昨日よりも重かった。


ドラン「同じことは繰り返さない」

ドラン「今日は、止めない」


その一言に、

神殿の者たちがわずかに緊張を走らせる。


ドラン「制御できなければ、暴走する」

ドラン「それでも——やれ」


レインは、静かに息を整えた。


昨日の失敗。

形を急ぎすぎたこと。

流れを押さえつけようとしたこと。


(……流す)


水は、掴むものじゃない。


そう意識した瞬間、

胸の奥で、水が広がった。


深い青。

周囲の光を吸い込むような、濃い水の気配。


床が、濡れる。


一気に、水が溢れ出した。


神殿の者がざわつく。


「量が——」


だが、レインは止めなかった。


流れを、流れのままに。

形を、求めない。


すると、水は自然と集まり始める。


——剣。


まだ不完全だ。

刃は揺れ、重さが安定しない。


だが、その瞬間。


水が、急激に深さを増した。


レイン「……っ!」


視界が、青に染まる。

意識が、水に引きずられそうになる。


暴走。


その一歩手前。


ドラン「引くな!」

ドラン「受け止めろ!」


レインは、踏みとどまった。


握るのではなく、

委ねるでもなく——


“そこに在る”ことを認める。


次の瞬間。


水は、静かに収束した。


深い青の大剣が、

レインの手の中に、確かに存在していた。


滴る水。

だが、崩れない。


神殿が、静まり返る。


一方。


アイルの周囲では、

光と闇が、激しくぶつかり合っていた。


光が弾け、

闇が飲み込む。


均衡が、完全に崩れている。


空気が、悲鳴を上げた。


アイル「……っ、うそ……!」


制御できない。

昨日より、力が強い。


光が走り、

闇が、それを裂こうとする。


——このままじゃ。


ドラン「目を逸らすな!」

ドラン「分けるな!」


その言葉に、

アイルは、はっとした。


分けようとしていた。

光と闇を、別のものとして。


(……違う)


これは、二つじゃない。


同時に在るものだ。


アイルは、深く息を吸う。


拒まない。

押さえない。


光が照らし、

闇が縁取る。


二つが、重なる瞬間。


空間が、一度、沈黙した。


次の瞬間——


弓の輪郭が、浮かび上がる。


光を纏いながら、

闇を内包した弓。


相反するはずの力が、

一つの形に、収まっていた。


だが、まだ不安定だ。


脈打つ。

揺れる。


アイル「……耐えて」


その声に応えるように、

弓は、静かに形を固めた。


完全ではない。

けれど——


確かに、“形”だ。


ドランは、ゆっくりと息を吐いた。


ドラン「……成功だ」


神殿の者たちが、

隠すことなく、動揺を見せる。


同時。

別々の属性。

別々の形。


それでも、

同じ訓練の中で辿り着いた結果。


レインは、水の剣を見下ろし、

アイルは、手の中の弓を見つめた。


手の甲が淡く光っている。


だが、その光は長くは続かなかった。

呼吸が整うにつれ、熱は引き、紋章は再び沈黙する。


ドランは二人を見渡し、短く頷いた。


ドラン「……今日はここまでだ」

ドラン「よく踏みとどまった」


その一言で、

張りつめていた空気が、ようやく緩む。


神殿の者たちが、無言で記録を終え、

それぞれ散っていった。

ざわめきはない。

だが、視線の重さだけが残っている。


中庭に残ったのは、

レインとアイル、そして静かな風だけだった。


しばらく、誰も口を開かなかった。


最初に息を吐いたのは、アイルだった。


アイル「……正直」

アイル「途中で、終わったと思った」


苦笑まじりの声。

手の中に残る感触を、確かめるように指を動かす。


レイン「分かる」

レイン「私も、引き込まれそうになった」


深い青の剣は、もう形を失っている。

それでも、あの重みだけは、はっきり覚えていた。


アイルは、レインの方を見た。


アイル「水、だったね」

アイル「……すごく、静かだった」


レインは少し考えてから答える。


レイン「静か、というより……」

レイン「止まらない感じかな」


アイルは、くすっと小さく笑った。


アイル「それ、ちょっと分かるかも」

アイル「私のは、ずっと喧嘩してた」


光と闇。

相反する感覚を思い出し、肩をすくめる。


アイル「一つにしようとしたら、抵抗されて」

アイル「分けたら、もっと暴れて……」


レイン「……難しそう」


アイル「うん。すごく」


それでも、

声に後悔はなかった。


少し間があって、

アイルがぽつりと言う。


アイル「でもさ」

アイル「……一人じゃなかったの、助かった」


その言葉に、

レインは一瞬だけ目を伏せた。


レイン「私も」

レイン「同時に、同じ場所で失敗してたら」

レイン「多分、もっと怖かった」


視線が交わる。


特別な言葉はない。

だが、確かに共有したものがあった。


アイル「明日も……やるんだよね」


レイン「うん」

レイン「きっと、もっと難しくなる」


アイルは、少しだけ背筋を伸ばした。


アイル「じゃあ」

アイル「今日は、ちゃんと食べよ」


レインは、思わず笑った。


レイン「賛成」

レイン「力使うと、お腹空くんだね」


二人は並んで歩き出す。


今日の訓練は終わった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


二人の背が回廊の奥へ消えていく。


中庭には、再び静寂が戻った。


神殿の高い壁の向こう。

王都エリオスの外門が、重く開かれる。


遠征からの帰還を告げる角笛が、

遅れて、都全体に響き渡った。


王が、戻ったのだ。


辺境で起きた異変の確認と、

古き封印の再調査。


それは、

本来なら王自らが赴く必要のない任務だった。


だが王は、

誰にも任せなかった。


厄災の名が、

報告書の片隅に記されていたからだ。


それはまだ、

レインとアイルの耳には届かない。


だが神殿の上層では、

すでにその報が伝えられていた。


「……時が来たか」


誰かが、低く呟く。


厄災イクリス。

反逆の神。


そして、

同時に刻まれた二つのアルトマギヤ。


すべてが揃い始めた今、

王都は、次の段階へ進もうとしていた。


彼らがその中心に立たされることを、

まだ知らぬまま。


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