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アルトマギヤ  作者: タコタコ


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第六章 力の手前で



神殿の中庭を離れ、

二人は並んで回廊を歩いていた。


訓練が終わった直後だというのに、

空気はまだ張りつめたままだ。


石壁に囲まれた細い通路。

足音だけが、やけに大きく響く。


しばらく、どちらも口を開かなかった。


先に沈黙を破ったのは、アイルだった。


アイル「……ね」


レインは、少しだけ驚いたように視線を向ける。


レイン「なに?」


アイル「さっきの訓練」

アイル「正直、よく分からなかった」


苦笑まじりの声。

ごまかしではない、率直な言葉だった。


アイル「力を出すわけでもなくて」

アイル「ただ、感じろって言われてもさ……」


レインは、一瞬考えてから答える。


レイン「俺も、全部は分かってない」


アイルが目を瞬かせる。


レイン「でも……」

レイン「“何もしない”のに、何かがある感じ」

レイン「それは、確かにあった」


アイルは、歩きながら自分の右手を見た。

包帯の下。

静かに眠る、あの感覚。


アイル「……うん」

アイル「私も」


同じだ、と言われたわけじゃない。

それでも、不思議と通じた気がした。


少しだけ、空気が和らぐ。


アイル「レインはさ」

アイル「怖くないの?」


レインは、即答しなかった。


少し視線を落としてから、静かに言う。


レイン「怖いよ」

レイン「だから、考えてる」


アイル「考える?」


レイン「どうすれば、飲み込まれないか」

レイン「どうすれば、選べる側でいられるか」


その言葉に、

アイルは足を止めた。


アイル「……選べる側」


レインも、足を止めて振り返る。


レイン「神殿はさ」

レイン「私たちを“同時に刻まれた存在”として見てる」

レイン「でも、同じじゃない」


アイルは、ゆっくりと頷いた。


アイル「うん」

アイル「私たちは、別々だよね」


言葉にしたことで、

その事実が、少しだけ心を軽くした。


遠くで、鐘の音が鳴る。


次の訓練を告げる合図。


レインは、前を向いた。


レイン「……とりあえず」

レイン「一人じゃないって分かっただけで、助かる」


アイルは、ふっと笑った。


アイル「それ、私も思ってた」


二人は、再び歩き出す。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

そして、訓練二日目。


内容は、初日とほとんど変わらなかった。


走るわけでも、

武器を振るうわけでもない。


ただ、立つ。

座る。

呼吸を整える。


目を閉じ、

自分の内側に意識を向ける。


「感じろ」


ドランの声は、それだけだった。


ドラン「探すな」

ドラン「引き出そうとするな」

ドラン「そこに“ある”ものを、ただ認識しろ」


意味が分からないまま、

二人は従った。


右手の甲が、時折じんわりと熱を持つ。

胸の奥で、水が揺れるような感覚が走る。


だが、

掴もうとした瞬間に、すり抜ける。


焦りだけが、少しずつ溜まっていった。


╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌


三日目。

四日目。

五日目。


変化は、ほとんどない。


それでも、確実に違うことが一つあった。


——「分からない」が、「分かりそう」に変わっていく。


アイルは、熱の“輪郭”を感じ始めていた。

燃えるようで、鋭くて、

けれど自分を拒まないもの。


レインは、水の流れを意識できるようになっていた。

内側で循環し、

感情に応じて波立つ、静かな力。


どちらも、

まだ触れられない。


だが、逃げもしない。


ドランは、それを見ていた。


何も言わず、

何も教えず。


ただ、観察していた。


┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


一週間が過ぎた日。


中庭の空気が、

これまでとは明らかに違っていた。


張りつめている。

だが、どこか期待を含んだ緊張。


ドランが、二人の前に立つ。


ドラン「……ここまでよく耐えたな」


初めて、

労うような声だった。


ドラン「今日から次の段階に入る」


その言葉に、

二人の背筋が、自然と伸びる。


ドラン「“感じる”訓練は終わりだ」

ドラン「ここからは——」


一拍、間を置いて。


ドラン「力を、引き出す」


神殿の者たちが、距離を取る。

中庭の紋様が、微かに光を帯びた。


安全装置。

暴走を防ぐための結界。


それだけで、

これから行うことの危険さが伝わってくる。


ドラン「怖いなら、今言え」


沈黙。


アイルは、弓を握る感覚を思い出すように、手を握った。

レインは、水の揺らぎを胸の奥で確かめる。


二人とも、

一歩も引かなかった。


ドラン「……よし」


短く頷き、告げる。


ドラン「では、始める」


その言葉が落ちた瞬間、

中庭の空気が、ぴんと張りつめた。


ドラン「力を“呼ぶ”な」

ドラン「支配しようとするな」

ドラン「ただ——扉を、開けろ」


意味は、まだ曖昧だ。

だが、やるべきことは分かる。


二人は、静かに目を閉じた。


呼吸を整え、

一週間感じ続けてきた“違和感”に意識を向ける。


アイルの胸の奥で、

あの熱が、ゆっくりと動いた。


森で刻み込まれた感覚。

拒絶ではなく、

「そこにいる」と主張する存在。


(……逃げない)


そう決めた瞬間。


右手の甲が、はっきりと熱を帯びた。


包帯の下。

紋章が、淡く——光った。


「……っ」


アイルは、思わず息を呑む。


光は強くない。

眩しくもない。


それでも、

確かに“目を覚ました”光だった。


神殿の者たちが、ざわめく。


「反応確認」

「出力は、まだ低い」


だが、その声は遠い。


アイルの意識は、

手の甲と、その奥にある力だけに向いていた。


一方、レイン。


胸の奥で、

水が満ちていく感覚があった。


溢れない。

だが、確実に量を増している。


(……これが)


右手の甲が、じんわりと熱を持つ。


次の瞬間、

淡い蒼の光が、紋章から滲み出た。


静かで、

澄んだ光。


それは、荒れ狂う兆しを一切持たない。


ドランの目が、わずかに細められる。


ドラン「……二人とも、成功だ」


その声は低く、

だが確かな評価を含んでいた。


ドラン「今のは“解放”じゃない」

ドラン「ただ、力に“触れただけ”だ」


光は、数秒で消えた。


熱も、すっと引いていく。


だが、

何もなかった頃とは、明らかに違う。


アイルは、自分の手を見つめる。

レインもまた、静かに息を整えていた。



ドラン「今日はここまで!」


その声が落ちると同時に、

張りつめていた空気が、ゆっくりとほどけていった。


神殿の者たちは記録用の板を閉じ、

淡々と中庭を離れていく。


残されたのは、

白い石床の中央に立つ、レインとアイルだけだった。


アイル「……正直」

アイル「何も起きなさすぎて、拍子抜けしたかも」


レイン「うん」

レイン「でも、何も感じなかったわけじゃない」


アイルは、少し驚いたようにレインを見る。


アイル「そっちは、分かった?」


レイン「はっきりじゃないけど……」

レイン「“そこに在る”って感覚だけ」


レインは、自分の胸元にそっと手を当てる。


レイン「触れたら壊れそうで」

レイン「でも、無視もできないもの」


アイルは、右手の包帯を見下ろした。


アイル「私も、似た感じ」

アイル「熱はあるのに、動かない」


短い沈黙。


どちらからともなく、息を吐く。


アイル「……変なの」

アイル「同じ場所にいるのに、同じ力なのに」

アイル「全然、違う感じがする」


レイン「だから、訓練なんだと思う」

レイン「“揃える”ためじゃなくて」

レイン「“壊れない”ための」


アイルは、小さく肩をすくめた。


アイル「なるほどね」



二人の間に、短い沈黙が落ちる。


それを破ったのは、アイルだった。


アイル「ねえ」

アイル「神殿のごはん、どう?」


レイン「……量は多い」


アイル「味は?」


レイン「薄い」


アイル「だよね!」

アイル「悪くはないけど、ずっとは飽きそう」


レインは、ほんの少し口元を緩めた。


レイン「集落のごはん、恋しい?」


アイル「うん」

アイル「焦げたパンとか、野菜スープとか」


レイン「分かる」


それだけの会話なのに、

胸の奥が、少し軽くなった。


力のことも、

先のことも、

何一つ解決していない。


それでも。


レイン「……一人じゃないのは、助かる」


アイルは、一瞬きょとんとしてから、

小さく笑った。


アイル「それ、こっちの台詞」


二人は並んで歩き出す。

長い回廊を、ゆっくりと。


訓練は、まだ始まったばかりだ。

けれど確かに——


この場所で、

二人は“同じ時間”を進み始めていた。

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