表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルトマギヤ  作者: タコタコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/4

第二章 刻まれた運命





朝の空気は、少しだけ冷たかった。

集落の外れ、木々に囲まれた開けた場所で、レインは立っていた。


白髪の少女は、前を見据え、静かに息を吸う。

向かい側には、腕を組んだルナがいる。


ルナ「焦らなくていいわ。必要なのは力じゃない」

レイン「……正確さ、だよね」


ルナは小さく頷いた。


ルナ「ええ。魔法は“どれだけ出すか”じゃない。“どこに、どう出すか”よ」


レインはもう一度、深く呼吸を整える。

右腕を前に伸ばし、手のひらを広げた。


指先まで意識を通す。

自分の内側にある、まだ言葉にならない何かを、掌に集めるように。


レイン「——灯れ、小さき光……」


詠唱は、静かだった。

風の音に溶けるほど、か細く。


レイン「シャイニング!」


掌の中央に、淡い光が生まれかける。

だが次の瞬間、それは揺らぎ、形を保てずに霧散した。


レインは腕を下ろし、短く息を吐く。


レイン「……はぁ」


失敗。

それはもう、何度目か分からなかった。


ルナはすぐに声をかけなかった。

少し間を置いてから、柔らかく口を開く。


ルナ「動きは合ってるわ」

レイン「でも、出ない」


ルナ「ええ。でもね、それは“間違っている”のとは違う」


ルナは一歩近づき、レインの掌を見る。


ルナ「力を押し出そうとしていない。ちゃんと、流している」

ルナ「だからこそ……不思議なのよ」


その言葉に、レインは眉をひそめた。


レイン「不思議?」


ルナは答えず、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。

何かを考え込むように。


ルナ「……今日はここまでにしましょう」

レイン「うん」


そう答えながら、レインは自分の手のひらを見つめた。


何かが、足りない。

けれど何が足りないのかは、分からない。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ ルナとレインが集落に戻ると、家の前に一人の男が立っていた。


陽の傾きかけた空の下、

その姿はどこか風景に溶け込んでいるようで、しかし確かな存在感を放っていた。


レルネン・ソレイユだった。


レルネン「終わったみたいだな」


その声に、レインは小さく頷く。


レイン「うん」


何気ないやり取り。

だが、レルネンの視線は自然とレインへ向いていた。


歩き方。

呼吸の間。

わずかに残る疲労の色。


長年、仲間の異変を見てきた者だからこそ拾える、微細な違和感。


レルネン「……今日は、魔法の練習か」

ルナ「ええ。いつも通りよ」


レルネンは一拍、間を置いた。


レルネン「手を、見せてみろ」


唐突ではあったが、その声音は静かで、強かった。

レインは少し不思議そうにしながら、右手を差し出す。


見た目には、何も変わらない。

傷も、痣もない、いつもの手だ。


それでも、レルネンはじっと視線を離さなかった。


レルネン「使った後は?」

レイン「……ちょっと疲れる。あと、手が少し熱い気がする」


その言葉に、レルネンの目がわずかに細くなる。


基礎魔法の失敗で起きる反応ではない。

そのことを、彼は経験として知っていた。


ルナも気づいたように、静かに口を開いた。


ルナ「今日は、もうここまでにしましょう」

レイン「うん」


それ以上、レルネンは何も言わなかった。

ただ、レインの頭にそっと手を置く。


レルネン「無理はするな」

レイン「……うん」


その夜。


家の中は深い静けさに包まれていた。

レインは布団の中で、右手を胸元へ引き寄せている。


昼間から続く、手の甲の違和感。

熱を帯びたような感覚が、消えずに残っていた。


(変なの……)


そう思った、その瞬間。


——限界を越えた。


耐えられるはずのない激痛が、手の甲を引き裂かれるかのように走った。


レイン「——っ!!」


悲鳴が、抑えきれずに響く。

焼かれるような、砕かれるような痛み。

何かが、内側から無理やり刻み込まれていく。


レイン「いっ……あぁぁぁ!!」


右手を押さえても、意味はなかった。

痛みは逃げ場を失い、脈打つように暴れ続ける。


その叫びが、家中に響き渡った。


扉が激しく開く。


ルナ「レイン!?」

レルネン「どうした!!」


二人が駆け込んだ、その瞬間。


レインの手の甲に、はっきりと浮かび上がっていた。


複雑に絡み合う線。

意味を持つようで、意味を拒む紋様。


光でも闇でもない。

だが、異常であることだけは疑いようがなかった。


消えない。

薄れない。


まるで、最初からそこに刻まれていたかのように。


ルナ「……っ」


言葉を失い、息を呑む。


レルネンは無言でレインの手を取った。

その表情から、血の気が引いていく。


レイン「……なに、これ……?」


震える声でそう呟いた直後、

レインの意識は、ふっと遠のいた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


 神殿最奥。

 厚い石壁に囲まれた空間で、香の煙が静かに揺れていた。


 イーゼン・カイロスは、床に膝をつき、目を閉じていた。

 祈りの言葉はない。

 ただ、世界の奥底に意識を沈める。


 ――その時。


 胸の内を、冷たい衝撃が貫いた。


イーゼン(……来た)


 空気が歪む。

 世界の深層が、わずかに軋んだ。


 長い沈黙の底で眠っていた力が、

 再び、器に触れた。


イーゼン(力が……宿った)


 だが、それだけでは終わらない。


 遅れて、もう一つ。

 ほとんど同時に、別の場所で。


 同質の“反応”。


イーゼン(……二つ?)


 思わず、息が詰まる。

 背筋を冷たいものが走った。


 過去の記録が、脳裏をよぎる。

 神殿に残された予言文献。

 厄災のたびに現れた“器”の記述。


 ――だが。


イーゼン(同時は……初めてだ)


 文献には無い。

 どの時代にも、どの厄災にも、

 **同じ時に二つの器が目覚めた記録は存在しない。**


 これは祝福ではない。

 希望でもない。


 世界が、余裕を失った証だ。


イーゼン「……想定外、か」


 呟きは、誰にも届かず消える。


 視えたのは、二つの場所。

 ひとつは、小さな集落。

 もうひとつは、名も告げられぬ遠い地。


 名は、まだ降りてこない。

 ただ確かなのは――


イーゼン(どちらも、“器”だ)


 イーゼンはゆっくりと目を開いた。

 その瞳に宿るのは、確信ではない。


 不安。

 そして、予感。


イーゼン「厄災は、近い……」


 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈意識が、ゆっくりと浮かび上がっていく。


最初に見えたのは、見慣れた天井だった。

木の梁。

柔らかな光。


レイン「……あ……」


声を出した瞬間、喉がひりつく。

身体を起こそうとして、右手に違和感を覚えた。


胸元まで引き寄せ、視線を落とす。


そこには——あの紋章があった。


消えていない。

薄れてもいない。


まるで、最初からそこにあったかのように、

手の甲に静かに刻まれている。


レイン「……夢、じゃない……」


扉が軋む音がした。


ルナ「……レイン」


控えめに呼びかける声。

次の瞬間、ルナはベッドのそばに駆け寄っていた。


ルナ「目、覚めたのね……」


その声は穏やかだったが、

張りつめていたものがほどけた気配が、はっきりとあった。


レイン「……心配、かけた?」

ルナ「……ええ。少しだけね」


そう言いながらも、ルナの視線は自然とレインの手の甲へ向かう。

そして、何も言わずに目を伏せた。


しばらくして、もう一人が部屋に入ってくる。


レルネン「……」


何も言わず、レインの手を見る。

その瞬間、彼の表情から血の気が引いた。


レルネン「……消えていない、か」


低い声。

確認するような呟きだった。


レイン「お父さん……これ、なに?」


問いかけに、二人は答えなかった。

答えられなかった。


╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌╌


それから数日後。


レインの体調は回復していた。

だが、手の甲の紋章だけは変わらず、

静かに、確かに存在していた。


その日の昼下がり。


集落の入口に、見慣れない一団が現れた。

白と金を基調とした装束。

王都エリオスの紋章を掲げた、神殿付きの信者たちだった。


集まった住民を前に、

先頭に立つ男が淡々と告げる。


信者「最近、この周辺で神殿の感知に反応があった」

信者「手の甲に、消えない紋章が現れた者はいないか」


ざわめきが走る。


人々は互いの顔を見合わせ、

冗談めかして笑う者もいれば、袖を引いて手を隠す者もいた。


レインは、無意識に右手を握りしめていた。


その仕草に、ルナが気づく。


ルナ「……レイン」


小さく、強く呼ぶ声。


同時に、レルネンが一歩前に出た。


レルネン「この集落には、そんな者はいない」


低く、はっきりとした否定。


信者は一瞬だけ沈黙し、

やがて視線を巡らせた。


信者「……心当たりがあれば、名乗り出るように」

信者「虚偽は、後に重い罪となる」


その言葉が、空気を冷やす。


——その時。


レインは、静かに一歩、前へ出た。


ルナ「レイン!」


制止する声を背に、

レインは信者の前で立ち止まる。


レイン「……その紋章って」


ゆっくりと、右手を差し出す。


レイン「……これ、ですか?」


一瞬で、場が凍りついた。


信者の視線が、

確かに、レインの手の甲へと突き刺さる。


信者「……確認した」


短く、重い声。


信者「王都エリオスより、正式に招集する」

信者「拒否は認められない」


レルネン「ふざけるな」


即座に割って入る。


レルネン「この子は、まだ——」


ルナ「連れて行かせないわ」


迷いのない声だった。


だが、レインは二人を見て、

静かに首を振る。


レイン「……大丈夫」


ルナ「レイン……!」


レイン「このまま、何も知らない方が怖い」

レイン「私、自分のことを知りたい」


沈黙。


長い、長い沈黙の末、

レルネンは目を閉じ、深く息を吐いた。


レルネン「……戻れなくなるかもしれないぞ」


レインは、頷いた。


レイン「……それでも」


こうして、

レイン・ソレイユは王都エリオスへ向かうことになる。


まだ知らない。

同じ時、同じ運命を刻まれた

もう一人の存在がいることを。︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎



━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ