表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルトマギヤ  作者: タコタコ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/2

第一章:幼い日々

 ヴァルト大陸。

 ソレイユ家の家には、夕暮れになると決まって柔らかな灯りがともった。


 まだ幼い少女――レイン・ソレイユは、

 母の膝に頭を預けながら、暖炉の火をじっと見つめていた。


レイン「ねえ、お母さん」


ルナ「なあに?」


レイン「お母さんとお父さんって、昔すごい冒険者だったんでしょ?」


 その問いに、ルナは一瞬だけ目を細める。

 懐かしむように、少しだけ遠い場所を見る視線だった。


ルナ「……ええ、そうね」


 ルナはレインの白い髪をそっと撫でる。


ルナ「昔、私たちは《オロチ》っていう勇者パーティーにいたの」


レイン「オロチ……?」


ルナ「うん。五人組のパーティーだったわ」





ルナ「まずね、私」


ルナ「私は弓使い。後ろから味方を守りながら戦ってたの」


レイン「お母さん、弓なんだ!」


ルナ「ええ。遠くを見るのは得意だったから」


 ルナは少し照れたように笑う。


ルナ「それから――」


ルナ「リーダーは、レルネン。あなたのお父さん」


 部屋の奥で剣の手入れをしていたレルネンが、苦笑しながら振り向く。


レルネン「やめろよ、恥ずかしいだろ」


レイン「お父さんがリーダーだったの?」


レルネン「ああ。前に立って、みんなを引っ張る役だった」


ルナ「剣士としても、一番頼りになったわ」





ルナ「それからね、ヒーラーのウィル」


レイン「ひーらー?」


ルナ「回復役よ。誰かが傷つくたびに、文句を言いながら治してくれたわ」


レイン「やさしい人?」


ルナ「口は悪かったけど、誰よりも仲間思いだった」





ルナ「タンクは、ザンク」


レイン「たんく?」


ルナ「一番前で敵の攻撃を受け止める役」


ルナ「大きな盾を持っててね、絶対に下がらなかった」


レイン「すごい……」


ルナ「ええ。本当に、頼れる人だったわ」





ルナ「最後が、魔法使いのヴィネット」


レイン「まほうつかい……!」


ルナ「色んな魔法を使えたの。強くて、頭も良くて……」


ルナ「……ちょっと変わり者だったけど」


レイン「へへ……」





レイン「……ねえ、お母さん」


ルナ「なあに?」


レイン「オロチって、こわい冒険ばっかりだった?」


 ルナは少し考えてから、ゆっくりと答えた。


ルナ「……危険なことも、あったわ」


ルナ「でもね」


 ルナはレインの頭をそっと撫でる。


ルナ「五人で一緒だったから、乗り越えられたの」


レイン「……うん」


 暖炉の火が、静かに揺れていた。 ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈   ある日の昼下がり。

 ソレイユ家の居間では、暖炉にくべられた火が静かに燃えていた。


 レインはその前に座り込み、

 揺れる炎をじっと見つめていた。


レイン「……ねえ、お母さん」


ルナ「どうしたの?」


レイン「どうして, 火ってあったかいの?」


 ルナは暖炉の火を見つめながら、ゆっくりと口を開く。


ルナ「火はね、自分の中にある力を外に出してるの」


レイン「中にある力……?」


ルナ「ええ。燃えている間、ずっと外に流し続けてる」


 ルナは手を暖炉にかざす。


ルナ「その力が外に出て、周りを温めてるの」


レイン「……だから、あったかいんだ」


 ルナは小さく頷いた。


ルナ「魔法も、同じよ」


レイン「……まほう?」


レイン「魔法って、なに?」


 ルナは少し驚いたように瞬きをしてから、微笑んだ。


ルナ「魔法はね」


 ルナは、レインの胸のあたりにそっと手を伸ばす。


ルナ「自分の中にある魔力を、外に出して使うこと」


ルナ「生きているものすべてに宿っている力よ」レイン「……まりょく?」


 ルナは小さく頷いた。


レイン「じゃあ……みんな、使えるの?」


ルナ「使い方さえ分かれば、誰でも使えるわ」


ルナ「でもね、その“使い方”には段階があるの」


レイン「だんかい?」


ルナ「ええ」


 ルナは、暖炉の火を指さした。


ルナ「小さな火をつけるくらいなら、少ない力でもできる」


ルナ「でも、大きな火を長く燃やそうとすると、たくさんの力が必要でしょう?」


レイン「……うん」


ルナ「魔法も同じよ」


ルナ「簡単な魔法を、私たちは初級魔法って呼ぶの」


レイン「しょきゅう……」


ルナ「それより難しいものが中級」


ルナ「さらに上が、上級魔法」


 レインは、指を折りながら考えている。


レイン「じゃあ……」


レイン「むずかしくなるほど、つかう力もふえる?」


ルナ「その通り」


 ルナは、少し嬉しそうに微笑んだ。


ルナ「多くの人はね、初級魔法を二回か三回使うのが限界なの」


レイン「そんなに……」


ルナ「ええ。だから、魔法を使わない人も多いわ」


ルナ「使えたとしても、すぐ疲れてしまうから」


レイン「……」


レイン「じゃあ、いっぱい使える人は?」


 ルナは、少しだけ間を置いてから答えた。


ルナ「魔力が多い人ね」


ルナ「そういう人は、中級や上級まで扱える」


ルナ「しかも、使える回数も、ずっと多くなる」


レイン「すごい……」


ルナ「でも、とても珍しいの」


ルナ「二十万人に一人、いるかどうか……それくらい」


 レインは、自分の手をじっと見つめた。


レイン「……わたしにも、あるのかな」


ルナ「もちろん」 ルナは少し間を置いて、やわらかく微笑んだ。


ルナ「……やってみる?」


レイン「え……」


レイン「まほう、つかうの?」


ルナ「いいえ」


ルナ「今日は、感じるだけ」


 ルナは暖炉の前に座り直し、レインにも向かいに座るよう促す。


ルナ「目を閉じて」


 レインは言われた通り、ゆっくりと目を閉じた。


ルナ「深く息を吸って……吐いて」


ルナ「体の中に、何かが流れているって思ってみて」


レイン「……ながれてる?」


ルナ「ええ」


ルナ「温かいところでも、冷たいところでもいい」


ルナ「いつもと違う感覚を、探すだけ」


 しばらくの間、言葉はなかった。

 暖炉の火が、ぱちりと小さく音を立てる。


レイン「……」


レイン「なんか……」


 レインは、眉をひそめる。


レイン「むねのへんが……」


レイン「ちょっと、あったかい気がする」


 ルナは、驚きを悟られないように微笑んだ。


ルナ「そう、そんな感じでいいのよ」


ルナ「無理に探さなくていいわ」

そう言いながら、ルナはそっと息を整えた。


 ――胸のあたり。


 魔力を感じ始めたばかりの子が、そこを意識することは少ない。

 多くは手や指先、あるいは何も分からずに終わる。


 それなのに。


 ルナは、母親としての穏やかな表情を崩さないまま、

 内側で静かに思考を巡らせていた。


 才能の兆しかもしれない。

 けれど、ただの偶然かもしれない。


 この世界には、そういうこともある。


 今ここで結論を出す必要はない。

 焦る理由も、急ぐ理由も。


 ルナは、そう自分に言い聞かせるように、

 そっとレインの頭に手を置いた。


ルナ「今日はここまでね」


レイン「……もう、おわり?」


ルナ「ええ」


ルナ「初めてにしては、十分よ」


 レインは少し名残惜しそうにしながらも、小さく頷いた。


 その様子を見て、ルナは静かに思う。


 ――もし、これが偶然なら。


 それでいい。


 ――もし、そうでないなら。


 その時に、向き合えばいい。┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈  その夜、レインは布団の中で静かに目を閉じていた。


 昼間の出来事が、まだ胸の奥に残っている。

 あの、少しだけ温かかった感覚。


 それが何なのか、まだうまく言葉にはできなかった。

 考えようとすると、眠気が先にやってくる。


レイン「……」


 小さく寝返りを打ち、

 レインはそのまま、深い眠りへと落ちていった。


 家の中は静まり返り、

 聞こえるのは、かすかな風の音だけ。


 まだ誰も知らない。

 この穏やかな夜と同じ時刻――

 世界の別の場所で、運命が動き始めていたことを。


 ――王都。


 ヴァルト大陸の中央に位置するその都では、

 白い石で築かれた神殿が、夜の闇の中に静かに佇んでいた。


 神々に祈りを捧げ、

 神託と予言を記録する場所。


 その最奥、外界から隔てられた静寂の間で、

 一人の男が膝をついている。


 神殿所属の予言者、イーゼン・カイロス。


 閉じられた瞼の奥で、

 彼は“視て”いた。


イーゼン「……来る」


 低く落ち着いた声が、石の床に響く。


イーゼン「千年に一度の厄災が……再び、目を覚ます」


 控えていた神官たちの空気が、わずかに張り詰める。


イーゼン「そして――」


 イーゼンは、ゆっくりと言葉を続けた。


イーゼン「厄災に抗う力を宿す器が、すでに現れている」


イーゼン「一つは、ヴァルト大陸の外れ」


イーゼン「名も知られぬ集落に生まれた、幼い光」


 それは、今まさに眠る少女を指していた。


イーゼン「もう一つは、王都の近く」


イーゼン「鋭く、強く、未だ形を持たぬ光」


イーゼン「刃のような心を抱えた、金色の兆し」


 名は告げられない。

 だが、確かに二つの存在が示されていた。


イーゼン「二つの光はいずれ交わる」


イーゼン「その時、世界は選択を迫られる」


 神殿の奥で、低く鐘の音が鳴り響く。


 眠る少女は、まだ知らない。


 これは、

 勇者と呼ばれる以前の少女たちの物語の始まりである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ