相談者01:憧憬と羨望と嫉妬と
「あの…ジョナス、だよね…?私…悩んでることあるんだけど、ここに来れば解決できるって友達が言ってて…。」
「いや、別に解決はしないけど…。話聞くだけだし、ていうかみんなだいたい愚痴こぼしに来るだけだし…。まぁ…」
ジョナスは声をかけてきた相手にそう返事をしながら席へ促した。彼女は席に座ると自身の名前をミオナと名乗る。ミオナはモジモジしながら彼を窺うように見つめ、話すかどうか悩んでいる風であった。
話を聞きたい訳でもないし、できることもないジョナスは、視線を窓の外へ向ける。
ジョナスといると和むとか癒しキャラだとか、周囲からそんな言われ方をする。
そう言われるキッカケになったのは、以前彼の友人同士が喧嘩して険悪になった時である。間を取り持とうとか場を和ませないととか必死で考えてあれこれやってたら、「頑張り過ぎで困り過ぎでなんか怒りが収まってきた」とか言って友人がどちらも笑い出したって流れだ。
それ以来、友人達は険悪になるとその時の事を思い出したいのかジョナスの元に来るようになり、次第にそれがネタ扱いになり、他の友人も真似するようになり…いつの間にかそういう人物として定着してしまったようである。そしてそこから問題ごとが解決するだなんて噂が噂を呼び、現在では彼の元へ悩みを抱えた相談者が来るようになってしまった。
初めの頃はジョナス自身も解決の手伝いをしようとしたが、今では黙っていても話した本人が勝手に自己解決することの方が多い。そしてそういう場合でも「ジョナスが聞いてくれたおかげで冷静に考えれた」と相談者は勝手に彼の功績として周囲に話すようである。
しばらくジョナスの様子を見ていたミオナは、彼が何も言わずにいるのに痺れを切らしたのか、話す決心がついたのか、周囲を気にするようなか細い声でポツリポツリと話し始めた。
「あの…できるだけ人に言わないでほしいんだけど…私、ちょ…能力者…だったみたいで。…ほら、こんな感じで少し念力みたいなので…物を動かせるの。液体とかはまだ上手く動かせないけど。それで…これからのこと…悩んでて。」
手前に置かれた飲み物のカップをこっそりと少し浮かせて見せつつ、不安げに話すミオナに対して手放しにすごいとも言えずにジョナスは窓からカップへ顔を向けた。正直なところ、彼はそんな相談が来るとは思っていなかったので「悩みって…?」とどうしていいか分からず聞き返す。
「あ…ええと、私…独りになっちゃうのが、怖くて…。」
彼女は消え入りそうな声で答えた。
異能者に関しては、その存在による危険性等の理由から、世界条約が制定されている。超能力が目覚めると、まず能力者は政府や世界異能条約機構という組織に申告し、特区に移住することになる。これは超能力による事件や事故および能力者の囲い込み防止や、能力の統計・調査研究と訓練のために行われていて、彼らは家族や友人とも離れて過ごさなくてはならない。
「あー…みんなと離れないとだもんね…。でも、能力者だって気が付いたらさ、申告しないと違反になって…ほら、未申告とか規定外使用って罰則的なのも…あるし…。移住後の家族とか、友達との面会…しにくくなるとか…そんな感じの…とか?
それに…最近どっかの国で心を読む能力者が出たとかって話もあるから、隠しても見つかるかもらしいじゃん。」
ジョナスは言葉を選びながらもとりあえず一般的な回答をすると、ミオナはうん、と頷きつつも何か的がずれているような反応を返してくる。おそらくジョナスが考えたような、家族や友人と離れて過ごす事が問題という訳ではなかったらしいと理解した。彼女はカミングアウトしたものの、平凡な回答をされたことに期待と違ったと感じているのか、少し後悔したように言葉を続けるのを迷う様子を見せた。
「ごめん」とジョナスが困って謝ると、「いいの」と答え、ややあってから続きを話し始める。
「あのね…申告した後って移住の準備で長ければ1週間とか…まだここにいる時間ができるでしょ。その間が1番怖くて…。」
ミオナはそう言いながら不安げに俯き、ジョナスからは机の陰になってよく見えないが、両手を膝の上で何かモジモジしていた。ジョナスはなんとなくだがミオナが気にしていることを理解できた。
能力者だと分かった途端、友人や家族が豹変するなんて話を聞くことがある。そういう場合でよくあるのが、常にご機嫌伺いをされるなんて話や、嫌がらせを受けるという話だ。
おそらく自身の能力に気が付いたものの、誰にも相談できなかったのだろう。何か悩みがあると気付いてジョナスへの相談を進めた友人なんて、その判断の良し悪しはともかく信頼できそうだが、だからこそもしも態度が豹変したらというのがより一層不安なのかもしれない。
「あー…なんとなく、分かったよ。」
ジョナスはそう答えると、少し腕を組んで考えた。超能力の発現を報告し申請することは義務であり、それをしなかったが為に悲劇が生まれるというのもまたよくある話である。ミオナも当然その辺りはわかっているはずで、だからこそ何か良い方法を求めてこんな所にいるのだろう。
彼女は不安と期待のこもった眼差しでジョナスを見つめている。
「…名案なんてモノは全く浮かばないけど…。」
ジョナスはそう言うと背筋を伸ばして座り直した。ミオナも釣られて視線が真っ直ぐ彼に向く。
「まず、国やら異能条約機構やらに報告はしないと。能力者申請しないっていうのは無いよ。」
各国で取りまとめた異能者に対する条約を守るためにも世界異能条約機構は存在しており、またそれを守る事が能力のある者もない者もどちらをも守ることになる。ミオナは不安そうな表情で話の続きを待っている。午後の講義が近くなったためか、食堂はひと気がほとんど無くなっていた。
「理由は分かると思うけど…ミオナの能力は物を操作できるわけだから、誤発動して誰かが傷つく可能性があるし。仮にそれが無かったとしても他人に能力者だって知られたら、つけ込まれる隙にもなるし、君が義務違反してるって罰則の対象にされる事にもなりかねないからね。」
予想通りで当たり前の言葉ではあるだろうが、彼女は俯くように瞬きをしながら小さく「うん」と答えた。
「それと、君は申告してからの移住までの間、味方がいないかもしれない状況になるのが怖いんだよね?」
ジョナスは念の為、ミオナの悩みを確認した。彼女は不安そうな表情のままこくりと頷く。
「そうだなぁ…本来なら今日にでも申告すべきなんだけど、確実じゃない方法だから…3日…時間もらえるかな?3日でこちらがしたい事できなかったら…対策とか無い状態で申し訳ないけど、申告はした方がいいと思う。」
ジョナスがそう言うと、ミオナは複雑そうな表情で「わかった」と答えた。
その翌日、昼食を食べていたジョナスの元に数人の友人が笑顔でやって来た。人探しの頼み事に関する朗報である。
「今日この後は空いてるって。明日だとお昼の後一限分は空いてるけど、その後は遅くなっちゃうらしいよ。」
と、1日で見つけて予定まで確認してくれた友人達に驚きつつ「ホントにありがとう」と感謝を伝え、携帯を取り出しミオナに連絡を入れた。
それから一つ授業を終えた頃、ジョナスとミオナは食堂で待ち合わせることになった。
ジョナスが食堂に行くと、少し不機嫌そうな男子が席に着いている。彼は以前食堂から見かけた男子2人のうちの1人であった。すぐ後ろから足音がして、ミオナもちょうど来たところなようだ。
「えと、俺に何か用事?」
口火を切ったのは先に来ていた男子だった。ジョナスはどこから話すかと、少し思案してから話し始めた。
「突然ごめん。君…この前そこの辺りでお友達といたよね。偶然、見ちゃって…本当は関わろうとか思ってた訳じゃないんだけど。」
そう言いながら、窓の外の方を指差す。そこは以前彼とその友人が能力を見せ合っていた場所である。男は「えっ」と言ってちょっと身構えた。ミオナは何を話しているのかとキョトンとした表情でやり取りを眺めているようだ。
「実はこの子…ミオナも君と、その時一緒にいた君のお友達と、同じ仲間なんだ。」
ジョナスがそう言うと、2人とも「え?」と言ってお互いの顔を見る。同じ学校に、ただでさえ少ない能力者の仲間が他にいるとはなかなか思わないものだ。
「それで…いいかな?
あの、この子…ミオナは、申告してから特区に移るまでの期間に周りからどう扱われるかっていうのが不安らしくて。そういうのってやっぱり同じ仲間がいるのが1番だと思ったから。」
そう伝えると男子の方は理解したように「ふうん」と言う。まだ半信半疑の彼とミオナはお互い能力を少し見せ合い、ちょっとずつ話し始めた。2人はぎこちないながらも、仲間同士で助け合えそうな感じに見えた。
「しかしジョナスってすごいな。…いや噂くらいは聞いてたけど、突然ワラワラ人来ていろいろ声かけられて…何かと思ったら同じ仲間紹介されるとか。」
自分のすべき事は終わったかと席を立とうとした矢先にそう声をかけられた。想像してたより人が動いてくれただけだったので、ジョナスは苦笑いしつつ「みんながいいヤツばっかりなんだよ」と答えて、席を立つ。
「あ…!
あのさ、お願いなんだけど…。ウチの両親に…話す時も、できたら…ジョナスにもいてもらえないかな?
頼りになるし、能力のこと気にしないから安心できるし…落ち着くし、冷静になれて…なんか、うまくいくような気がする。」
去り際にミオナがそう声をかけて来た。ジョナスは苦笑いをしたまま、「予定が合えば」と返事をした。
彼女は能力者仲間という新しい居場所ができ、家族への説明の恐怖もかなり減ったはずで、更に説明の際は他の能力者仲間も呼ぶようなのでジョナスは恐らくその時はほぼいるだけになるのだろう。
それに自分だって能力持ちは羨ましいし、他人を妬む気持ち自体も普通にあるのだが、とジョナスは心の中でつぶやいた。そんな彼の元にはまた、相談者がやってくるのである。




