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たぬきの嫁入り4  作者: 藍色 紺
第15章 ようこそたぬきの里へ
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160話 ぽこの実家の露天風呂

 檜のいい香りがする木製の風呂に肩まで浸かる。

 湯けむりが三連の月に向かって登っていくのを見て、両手で顔を洗った。


「なんと贅沢な」


 中座敷から渡り廊下で繋がった竹林の中に露天風呂があった。

 石で組まれた洗い場も、たっぷりと湯が張られた巨大な風呂も一人で使うには勿体ない広さがある。


 王都からインマーグ迄の距離を、乗馬で通した筋肉のこわばりがほぐれる。

 いい気持ちだ。


 湯を手繰る音、竹林からは虫の音が聞こえる。

 ごちそうをいただき、湯を頂く。ひとまずは好待遇を味わうとしよう。


 ぽこは、白銀の王が逃げた後から姿を見ていないが、どうしているだろうか。

 恐ろしい狼を相手に、里のものを守ろうとする姿には、胸が打たれた。

 家出をしても、やはり家族や里への愛情は失われていない。

 それはぽこの誠実さだ。ぽこを守りたい。

 使命感のような熱いものが沸き上がり、柄にもないと恥じた。


 気が付くと、虫の音が止み、代わりに獣の足音が近づいて来る。


 たぬきだ。それも複数!


 消しきれぬ足音は、三、四匹の数ではない。


 こちらは丸腰、なるほど、風呂を勧めたのはこういう理由か。


 真っ裸で応戦する覚悟を決め、中座敷のどこかにいるぽこをさらう算段を考える。


 足音はすぐ近くまで来ている。

 小爆発が複数回聞こえ、湯から立ち上がる。


「わぁ! このおじさんが人間?」

「ぽこ姉の旦那様だってさ!」

「でっかーい!」


 俺の腰に届かぬ背の子供たちが、口々に話しながら、真っ裸で風呂に入ってきた。

 俺を指さし、無遠慮に脚にまとわりつく。脚の間をかいくぐり、尻をしげしげと見る。


「尻尾なーい!」


 ペチン!と尻を叩かれた。


「見たい! 見たい!」


 一人が脚の間をくぐれば、皆がくぐる。

 嫌になって脚を閉じたら、ケチだと言われた。


「人間には尻尾はない」


「変なの!」

「へーん!」


 ケタケタと笑い、内、一番のチビがクチンとくしゃみをする。

 音を立てて鼻を啜った。


「身体を冷やしたら風邪ひくぞ」


「あ、いっけない、お風呂!」


 迂闊に声をかけたのがまずかった。我先に湯舟に飛び込もうとするのを抱き上げて阻止する。


「まずは身体を洗うんだ」


 抱いた子が「すっげぇ! たっかーい!」と、両手を万歳する。


「ずるい! 僕も高いたかいして!」

「僕が先!」


 ぎゃあぎゃあ言い合いが始まり、しまいには髪をひっつかんで喧嘩が始まる。


「あー……」


 思考が停止する。

 俺の周りには小さな子供がいたためしがない。冒険者なんて仕事をするやつはそもそも家庭を持ちにくい。その上、強面の大男だ。

 俺を知る村の子供に混じるのが精一杯で、風呂の面倒なんざみたことがない。


「君たち、パパやママは?」


「俺のパパはアルベルト!」

「ミゲル!」

「フリオ!」

「ルイシュ!」

「ルイシュじゃねぇ。ルイスだよ!」

「あたちが言いたかったのに!」


 聞いたことのある名前が列挙された。そうか、彼らはぽこの甥と姪らしい。確かにぽこは十人と言っていた。


 一番先に風呂に入ってきた男の子が背が高いから、年上なのだろう。


「パパとママがおじさんにお風呂に入れてもらえって!」


「あぁっ⁉」


 なんだそりゃ、そんなのごめんだ。

 こんな触っただけで折れそうなのを洗うなんて!


 一番のチビが、屈まずに俺の脚の間をぐるぐるまわり、目を回して座り込んだ。たぬきらしい丸く突き出た腹がでべそだ。

 目を輝かせて、俺の返事を待つ残り九人の子供たちに根負けする。


「よし、順番だぞ。背の順に並べ!」


 誰がより背が高いか、ぎゃあぎゃあもめ始めた。

 整列させている間に、手桶に湯をすくって端のやつから頭にかけていく。


 喜ぶやつ、目に湯が入ったと泣き出すやつ、おしっこがしたいと言い出すのまでいる。

 スライムから作った汚れ取りを湯につけて泡を立て、塗りたくる。


「いいか? 背中ごしごし勝負だ! 一番長くごしごしできたやつの勝ち!」


 一列に並べた子だぬき達が、俺の読み上げる数に合わせて背中をこすり始める。

 その間に、必死に頭から磨き立てていく。


「目と耳を塞げ!」


勝負に脱落したチビから、頭から勢いよく湯をぶっかけた。

 最初の一人が、ギャヒー!と大声を上げ、俺が驚いたもんだから、二人目からはふざけて奇声を上げる。その声を聞いて、周りが笑う。


 全員を湯舟につけたときには、これ以上なく疲れていた。

 流したはずの汗が目に入って痛い。もう、自分を洗い直す気力はない。


 仕方なく、かけ湯をして湯舟に入った。

 チビが膝の上に載ってくるから、抱いてやる。


「お風呂すごいでしょー?」


「あぁ」


「でもね。これ偽物なんだ」


「たぬきだから?」


「そんなわけないだろ」


 バカにしたような顔になり、次に得意顔になった。

 泣いたり笑ったり、彼らの感情の移り変わりは激しい。


「じぃじが子供の頃は、温泉があったんだって」


「ほぉ~」


 じぃじってのは、ドン・ドラドのことだろう。

 あの手ごわい里長も、孫には可愛い呼び方をされているのだ。

 想像すると頬が緩む。


「それ知ってるぅ! 主がいないからだよ!」


「赤壁山の主でしょ」


 子だぬきたちの知っている合戦が始まったのを聞いたフリしながら、深く息を吐いた。


 はぁ、やれやれ。


「あぢぃ~」


 膝の上のチビを見たら、耳の先まで真っ赤で大慌てで湯舟から出した。

 わらわらとくっついて湯舟から出てくる様子は、子だぬきというよりは鴨の雛である。


 風呂の傍には、柱だけで屋根を支えている部屋があり、草でできた分厚い絨毯が引かれていた。

 子だぬきたちが絨毯に上がる前に、身体を震わせて水滴を飛ばす。

 きっと風呂に入るたびに、ここでそうしろと躾けられているのだろう。

 身体を布で拭かないのは、たぬきらしい。


 たらいで冷やされた小さな瓢箪を次々に手に取って、裸のまま腰に手を当てて一気飲みする。


 ぷはぁっ!



「ん!」


 最後の一本の瓢箪を、差し出され、真似して飲んだ。

 冷たい果汁だった。


 飲み終わったら、草の絨毯の上で大の字になって涼み始めた。

 疲れたらしく、すぐに寝息が聞こえ始める。



 子たぬきを真似して、腰に布を巻いた姿で寝転ぶ。

 床に直接寝る感覚は野蛮だと思ったが、いい香りがするし、ふんわり優しい。部屋中全部干し草のベッドみたいだ。


 目を閉じて、やっと訪れた静寂を堪能する。


 子たぬきたちの寝息が耳に心地よく、胸の奥がやけに柔らいだ。


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