159話 ぽこの実家と白銀の王②
怒鳴られたジョアンが耳と尻尾を出した。
あまりの剣幕に気おされて、周りにいたぽこの兄弟たちの尻尾も出る。
「おっさんは俺たちを食わねぇよ」
ドン・ドラドが唸る。ジョアンが必死に言葉を絞り出す。
「それに、ただの人間じゃない。大屋根山の主とやりあった」
ドン・ドラドの視線がジョアンから俺に移った。
お面で乱れた前髪を掻き上げた。
「お前たちは知っていたのか⁉」
ドン・ドラドの詰問に、ぽこの兄弟たちが高速回転で首を振って否定する。
「知っていたのは、俺とレナだけだ。他のやつは何も知らねぇ」
実際には、血威無恨暗が知っているのだろうが、ジョアンは彼らを庇った。ドン・ドラドもそれは承知しているのだろうが、何も追求しない。
今の問題は、俺だからだ。
「それでも人間だ。人間に俺たちの秘密を知られるのは掟を破ったってことだぞ」
「あぁ」
処罰を甘んじて受けようとする姿に、俺の方が焦った。
最初に掟を破ったのはぽこだ。このままでは、二人とも罰を受けることになる。
「俺はぽこの夫になる」
ドン・ドラドの槍を持った方の腕に力がこもる。が、一時の怒りで暴力に訴えるたぬきではない。
頭の中では計算しているはずだ。
ドラド一門の中で、狼襲来の最中に動けたのはぽこの兄弟とジョアンだけ。
つまり、ジョアンは本人が言う通り、一目置かれた存在のはずだ。
血の気の多いジョアンがぽこを俺に取られたままでいるわけはない。俺に痛い目にあっている。そう考えるだろう。
では、今、俺と事を構えるのは不利だと言える。
何しろ俺はたぬきを襲う人間だ。
ドン・ドラドが欲しいのは、俺が危険ではないという確約。
「襲われない限り、生涯たぬきに害をせず、秘密は守ると誓おう」
謹んで宣言し、睨みを利かすドン・ドラドを真正面から見つめる。
疑うドン・ドラドと俺の間に沈黙が訪れた。
そこへ、遠くからドン・ドラドを呼ぶ声がした。
金毛邸の中座敷から、声の主が池へ飛び込んだ。精一杯の速さでこちらへ一匹のたぬきが泳いでくる。
陸へ上がって、ずぶ濡れのままたぬきがドン・ドラドへ近づいた。
鉢巻をしているから、石橋を守っていたたぬきだ。
「中座敷に侵入した白銀の王から、ぽこ様が皆を守られました。そこにオズワルドさんが駆け付けて、白銀の王を追い払ってくれたのです」
ドン・ドラドが頷く。
「なるほど。皆を助けてもらったようだ。礼を言おう」
俺を魔獣の餌にするのは、ひとまずおあずけというわけだ。
「だが、あんたが白銀の王を手引きしたのかもしれぬ」
用心深いところも、里の長ならではの対応だ。
「レナの結婚式に出たいのだったな? よかろう。我が金毛邸に泊まるとよい」
「たぬきの秘密を知った人間を黙って帰すわけにいかない」と直接的な表現は避けられた。手元に置いて俺の正体を探ってやろうってことか。
ドン・ドラドにとって俺は、末の娘をかっさらっていくどこの馬の骨ともわからない男だ。それだけでも、充分敵と認定されるだろう。そこに、里の安全と掟が加わるのだから、要注意人物とされるのは仕方のない話だ。
元よりその覚悟はできていた。
その場で切り捨てられてもおかしくないが、感情よりも理性を優先する計算高いたぬき親父だ。
「ありがとうございます」
俺の言葉を聞いて、ドン・ドラドが表情を一変させた。
気のいいおっさんのように明るく笑って、俺の肩を叩く。
「あぁ、折角の再会の宴が台無しになってしまったな。疲れただろう。ひとっ風呂浴びるといい! 金毛邸の露天風呂は自慢でね!」
「頂戴します」
頭を下げる俺に、ドン・ドラドの両側にいたぽこの兄弟たちとジョアンが安堵したように肩の力を抜いた。