158話 ぽこの実家と白銀の王①
「二手に分かれる!」
ドン・ドラドの声で狼を挟み撃ちにする作戦が始まった。動きで彼らが実戦を積んでいるとわかる。
挟み撃ちは有効な手段だが、どちらかが潰されれば状況は一変する。
こなれた構えから、ドン・ドラドは心配ないだろう。兄弟たぬき達の方を追いかけながら、さらに先を考える。
白銀の王が襲撃するなら、何かしら戦略があるはずだ。
俺は、毎年狼とやりあっているからわかる。
あいつはずる賢く、経験豊かな手練れだ。
先周りしながら、白銀の王を探す。
あいつは必ず退路を確保している。
明るい中見た里の光景を思い出し、白銀の王の思考を読む。
たぬきを計画的に追い詰めるためには――。
計画――か。
こうなればドン・ドラドが出てくるのは見えている。そうなると手薄になるのは……。
狙いは金毛邸か⁉
金毛邸を振り返る。開いた横開きの白い扉から宴会をしていた中座敷が丸見えだ。中から大慌てのたぬきたちが逃げ出している。廊下ですっころび、待てずに池に飛び込むのもいる。
中座敷は池に二面を囲まれている。残りの二面の内、表座敷に白銀の王はいない。
最後の一面である背面の竹林が不自然に揺れる。
「狙いは中座敷だ!」
金毛邸へ取って返しながら、叫ぶ。
ドン・ドラドの方を見たら、狼に囲まれ槍で応戦中だ。
「奥座敷の石橋から迎え!」
唯一の二階建てである奥座敷を目指して走る。池にかかった石橋を鉢巻をしたたぬきが守っていた。
地面を蹴って、たぬきを飛び越し、石橋に着地した。
「ぽこ様は、中座敷です!」
レナが連れて行ったぽこは、宴会場の近くにいるらしい。
ぽこは、狼だけは対応できない。犬ですらあのザマだ。
奥座敷の窓を破り、廊下に侵入する。そのまま中座敷を目指す。
中座敷から、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。
「ぽこ!」
わずかな距離が遠く感じる。
宴会場に戻ると、今にも跳びかかろうとする白銀の王と、傷を負って流血して倒れているたぬき、そしてそれを庇うように立ちふさがっている金色のたぬきが見えた。
ぽこだ!
毛を逆立てて、まん丸のボールのように膨らみ、威嚇している。
白銀の王が身を屈め、次の瞬間ぽこへ飛び掛かった。
「させるかぁぁ!」
宙で白銀の王の横腹に体当たりする。
白銀の王と一塊になって横開きの扉にぶつかり、扉を大破させて隣の部屋へ転がった。
跳ね起きて、短剣を構える。
なんだって、いつもいつもロクな武器がないときに限って!
王都からの帰りだから、馴染みの手斧と長剣は持って来ている。挨拶の席に持ち込めず、リュックと一緒に前座敷に置いてある。
白銀の王がうなる。むき出しになった犬歯を見せつけるように吠えると、涎が飛んだ。
「また会ったな。白銀の王よ」
鋭い突きを連続で繰り出す。
空気が切れる音と共に、少しずつ間合いを詰める。
白銀の王の牙が、俺の腕を狙って噛みつくが、いずれも影しか止められない。
白い毛が宙に舞う。
白銀の王の前脚が繰り出される。
鋭く尖れた爪が、やけにゆっくり見えた。
間一髪で避ける。
さっき俺がいたところに、白銀の王が立った。
俺を冷たい炎を灯した目で睨む。
「俺からぽこは奪えんよ」
短剣の刃を煌めかせる。
白銀の王の身体が深く沈んだ。
次の瞬間、頭上を跳ぶ狼の白い腹が見えた。
池に落ちる水音がし、後を追って廊下に出たときには、もう白銀の王は陸に着いていた。
三連の月に向かって、長い遠吠えをする。
呼応するように、別の狼が遠吠えを重ねた。
「大丈夫か?」
中座敷に戻ると、ぽこが人間姿に戻っていた。
俺を見て、大きく頷き、茫然としたたぬきたちを振りむいた。
「怪我したものは、ここに残って。無事なものは前座敷で待機」
震える声で、たぬきたちに指示を出している。
「俺は、ドン・ドラドに合流する」
「お願いします!」
❄
戦況はどうだ?
ドン・ドラドが一番派手だ。槍を唸らせて狼を薙ぎ払う。当たった狼は木に激突して悲鳴を上げた。
一方で、ジョアンたちの方は苦戦していた。一匹の灰色狼がジョアンの注意を引き付け、他の狼がいたぶるように噛みついては離れている。
七匹いるはずの兄弟たぬきたちは、三匹しか見えず、ジョアンの助けにはなっていない。
灰色狼は、白銀の王の群れで二番目に強くしつこいやつだ。若いだけあって体力があり、追い立てるのにいつも苦労している。
やはり狼たちは、戦力を削ぐ作戦に出ている。
ドン・ドラドをおびき出して引きつける。宴会中のたぬきを襲い、戦力を削げば、次の狩りも楽ができる。
助けが必要なのは、ジョアンだ!
茂みに隠れながらジョアンの近くまで移動する。
灰色狼目掛けて、導線を短く加工した爆竹を投げた。
言葉にならぬ怒声を浴びせながらジョアンの前に立ちふさがり、灰色狼がひるんだところを全力で追いかける。
灰色狼たちは、いつも自分たちを困らせる人間が突然現れて、尻尾を巻いて逃げ出した。
予想した退路の一つに白銀の王が姿を現し、生き残った仲間が逃げるのを確認した。
最後に俺を見る。
俺も白銀の王を睨んだ。
白銀の王が丘の向こうに姿を消す。
「白銀の王が恐れるなんて、オズワルド、お前は一体何者だ?」
ドン・ドラドが俺を見下ろした。
周りにはぽこの兄弟たちが全員控えている。
俺はゆっくりたぬきの面を外した。
「俺はオズワルド。人間だ」
手の中で、たぬきの面の鈴が小さく鳴る。
「ジョアン! お前知っていただろう⁉」
狼が現れたときと同じくらい大きな怒声が里に響いた。