157話 ぽこの実家③
どうやらたぬきというのは、酒と珍しいもの、それに勝負ごとが好きらしい。
行儀よく飲んでいたのは最初の二、三口目迄で、その後は誰かれともなく喋り出し、俺とどちらが沢山飲めるか勝負を挑んでくる。
皆がそれぞれ好きなように話し、返事も待たずに次を話し出すもんだからうるさいったらない。
広葉樹の葉をまとめた冊子に、飲んだ杯数を記録していくが、注意していないと誤魔化し、指摘すると酔ったせいにする。そうして、酔えば酔う程化け術がはがれていく。
耳や尻尾を出すだけでなく、たぬきそのものになっても変わらず酒を飲み、肴を食らい、喋る。
「やぁ、参った! オズワルドさんは立派なたぬきだ」
「さすがぽこちゃんが惚れるだけはある」
「こんなに飲んでも尻尾一つ出さないのだから、大したもんだ」
呂律の回らぬ口で褒めてくれ、ようやく俺がたぬきだと誤解されていると気が付いた。
「これも食べてください」
料理を勧めてくれるのは、四男のミゲルだ。さっきから七人のぽこの兄たちが入れ替わりで酒や料理を持ってきてくれる。
ねっとりとした茶色い食べ物を手の甲に少量だけ付けて舐めるのを真似る。
しょっぱくてピリリと辛い。胡椒のようだが、香りは違う。
「酒にあいますね」
「そうでしょう⁉ 家の料理帳にあったのを見つけたはいいのですが、なかなかぽこのようにうまくは作れなくてね」
ぽこが一人で家を取り仕切っていたと言っていた。この規模の大宴会を開く家だから、今になってようやくその仕事量が想像できる。
「仮面なんて被って、本物の人間っぽくみせなくても、もう皆オズワルドさんの化けっぷりには感服していますよ」
ひそひそ声で教えてくれ、酒で上がった体温がまた上昇する。
たぬきの秘密を知った人間はどうなるって言っていただろう? 魔獣の餌にされるのだったか?
隠すわけにもいくまい。
例え魔獣の餌にされようと、ぽこを連れて逃げ出すくらいはできるだろう。
打ち明けようとしたら、ミゲルと俺の間に違うたぬきが入ってきた。
「ところで、オズワルドさんの毛の色は何色かな?」
今度はぽこの叔父たちとレナの父親が俺の背を叩きながら、座る。組んだ脚の間には酒瓶がある。
「は?」
「ほら、ぽこの色は薄いだろ? でも、あんたの色によっちゃあ、黒い子も産まれるかもしれんでな?」
「俺は人間なんで、毛色はわかりませんね」
「あぁ~、そういうのはもういいよ。わかっとるよ。あんたの化け術は一流じゃあ」
「どんなときも剥がれぬ胆力、男気ですなぁ!」
膝を叩いて笑い、酒臭い息を吐く。
そのとき、近くで狼の遠吠えが聞こえた。
途端に、人間姿だった数少ない者たちも、一斉にたぬき姿に戻ってしまった。
逃げ場を探して、それぞれが四方八方に走り出す。
一人用の食事机をひっくり返し、柱に激突して失神し、恐怖のあまり失神するたぬきたち。
侵入者を知らせる小さな鐘がけたたましく鳴っていたが、途中で止んだ。
「とまれぇ‼」
大声が耳に突き刺さる。
蜂の巣をつついたような騒ぎが、一瞬で止まった。
ドン・ドラドが立ち上がり、側近が壁にかかっていた槍をドン・ドラドに手渡した。
「戦えるやつはついて来い‼」
ドン・ドラドが廊下に出て窓を開けた。丘の上、三連の月を背にして大きな狼が一匹こちらを見ている。
アイスブルーの瞳が俺を突き刺した。
「白銀の王だ」
呟いた俺をドン・ドラドが横目で見た。
白銀の王、それは赤壁山を住処にする狼のボスだ。
ぽこと初めて出会ったとき、新人を困らせたのはこいつである。
ドン・ドラドは、窓の枠に脚をかけて飛び降りた。
下は池だ。
思わず身体を乗り出して行方を確かめれば、なかったはずの小さな船が揺れて、自走している。
ドン・ドラドか⁉
「乗るぞ!」
返事を待たず、ドン・ドラドの船に飛び降りた。勢いで白い水しぶきが立つ。
「やれるのか?」
船からドン・ドラドの声が聞こえる。
「あぁ、任せておけ」
陸に上がると、遅れて先刻挨拶を交わしたぽこの兄弟たちとジョアンが現れた。手には思い思いの武器が握られている。
三連の月に照らされて、丘の下の黄金の穂が揺れる。
不自然に揺な横揺れの先に、狼の群れが現れた。